学園の転入生 その5
翌日、期待と不安を胸に、アキラは鷲森の後を付いて教室へと案内されていた。
教室の数は多いが、逆に空き教室も多い。一クラス三十人というのは、高校に相当する施設としても少なく思うが、特殊技能を持つ者しか入学できないとなると、少なすぎるという事もないのかもしれない。
校舎自体は古臭さを感じないので建て直されたりしたのだろうが、その時には今ほど生徒数が少なくなかったのかもしれなかった。
理力総量が一定数を超えるか、超えると期待できる者でなければ入学できない、と漣は言った。志願者を募れば解決する問題でもない以上、必要人数に届かないのは仕方のない事なのだろう。
アキラが転入するクラスは二年二組だと聞いている。
廊下を歩く先に、そのプレートが見えてきて緊張感も増してきた。単に転入するだけでも緊張は程々にあるものだろうが、向かう先は男子が一人もいないのだ。その事実を受け止めなければ、嫌にも気持ちは重くなる。
昨日の男子会での悲喜こもごもを思えば、そう楽しい事にならなそうなのは想像が付く。女性だらけの環境としても、向かう先は実力主義社会だ。男子は女子を守るもの、という考えが古いのは分かっているが、それでもアキラは守れる力を身に着けたかった。
それをこの先発揮できなければ、きっと愉快な学生生活にはならないだろう。
鷲森が先に教室へ入り、騒然といていた話し声がピタリと止む。
アキラは教室の外で室内から見えない位置で待機していた。鷲森に呼ばれてから入室する段取りで、そこで自己紹介してもらって朝のHRが始まるという進行らしい。
待っている間に、それ程でもなかった筈の鼓動が暴れだす。早鐘のように打ち付けられるのを感じ始めたとき、教室内からアキラを呼ぶ声がした。
意を決して扉を横へスライドさせて中に入る。
視線を向けないようにしながらも、女子からの刺さる視線は痛いほど感じていた。ちらと見た限りでは本当に女子しかいない。もしかしたらという、一縷の望みも絶たれ、苦いものを飲み込みながら教壇に立った。
横から鷲森の声が掛かる。
「それでは、自己紹介してくれ」
「はい。……由喜門、暁です。不慣れな部分でご迷惑おかけする事もあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします!」
アキラが頭を下げると、ぱらぱらと拍手が起きる。刺さるような視線は更に増し、顔を上げると多くの顔がアキラを見ていた。
呆然としたように見る者、挑戦的な視線を向ける者、しきりに髪をいじって身なりを整えようとする者と、反応は様々だ。しかし悪意めいたものは一つもない。誰もが好意的に見ている訳ではないが、クラスへ迎え入れようという意気込みだけは伝わってきた。
「質問は後で、各自で行うように。名前から分かるだろうが、御由緒の一家だ。粗雑な扱いは控えろ。暫くは何も分からず不便するだろうから、その世話役として阿由葉を付ける」
鷲森はそう言って、中心近くの座席に座る一人の女生徒へ視線を向けた。
「構わないか?」
「勿論です、お任せください」
「何を言うにしろ、言われるにしろ、同じ御由緒家ならやり易いだろう。そういう事だから、由喜門も困った事があれば阿由葉を頼れ。無論、私に言うでも構わない」
「分かりました」
「では、後ろの空いてる席に着け」
言われるままに空いてる席を探すと、中央付近にそれがあった。
相変わらず刺すような視線の間を、縫うように歩いて席に座る。居心地の悪さと座り心地の悪さに意味はないと分かっていても、居た堪れない気持ちになった。
先程紹介してくれた阿由葉が前の席で、少し救われた気持ちになる。
同じ御由緒家と言っても、アキラにとっては遥か頭上にいるような人だ。昨日知り合った二人も、思い返せば気安く付き合いやすい人柄だったから、御由緒家といって緊張する必要はないのかもしれない。だが、それはそれで初対面の人に対する礼儀は弁えなくてはならない。
アキラが前を向いて鷲森の続きを待っていると、周囲の浮ついた空気を諫めるように声を張り上げた。
「気持ちは分からんでもないが、お前らもう少し現状に対して理解に努めろ。今この学園に、御子神様がご来臨なされている。お前達の不甲斐なさを憂いたオミカゲ様が、ご指導遣わせてくださった。粗相がないのは当然として、男子がいるというだけの事で、浮ついた気持ちを御前に持っていくつもりか?」
鷲森の指摘は効果
「御子神様は既に当学園へご来臨されている。最初の授業は理力測定だ、HRが終われば準備しろ。他のクラスとも合同で行うから、下手に遅れたりしないように。以上だ」
鷲森にも準備があるのだろう。言うだけ言うと、キビキビとした動きで教室から出ていく。その後ろを守るように生徒達の顔が動き、扉が閉まってから五秒、しっかりと待機する。
シンと沈黙が教室に降り、そうかと思えば、堰を切ったように誰もがアキラに殺到した。
「ねぇねぇ、どこから来たの?」
「彼女いる?」
「やだ、髪超キレー!」
「メッチャ王子様。ヤバイ、すごいヤバイ」
「御子神様の弟子って本当?」
「ほら、やっぱり筋肉結構あるって! 細マッチョかもこれ!」
アキラを取り囲んで、一斉に質問攻めを敢行してくる。
さっきの鷲森の叱責と、殊勝な態度は何だったのか。
誰も彼も遠慮なしに髪や頭を撫でたり、腕に手を回して肉付きを確かめたりしている。昨日の話ではいない存在として扱われている、という談もあったが、これでは完全に珍獣扱いだ。
あるいはペットの方かもしれない。
力で押し返す事も引き剥がす事もできず、アキラは困惑するままに周囲を見回す。
「えぇーっと……、あの……」
「やだ、めちゃ可愛い!」
「照れてる! 顔赤いし!」
「やっぱり理力は支援系?」
「SNSやってる? 交換しない?」
「――ちょっと待ちなさい! 待ちなさーい!!」
取り囲んでいる人の間を掻き分けるようにして、一人の女子がやって来た。それは先程、世話役として任じられた阿由葉で、強い抵抗が出来ないアキラから強制的に女子を引き剥がしていく。
「ヤダ、ちょっと……!」
「やだじゃないでしょう! 転入生の事より、今は最初の授業に集中なさい! 御子神様への不忠や不敬は、決して許されるものではありませんからね!」
御由緒家の阿由葉が言う事は、そう簡単に無視できる事ではないらしい。そもそも注意したばかりというのに、今のような凶行に走るというのが恐ろしい。
あるいは、オミカゲ様とは別の存在だからという理由で、少し侮る部分があるのかもしれない。御子神といえど、別の一柱という認識は間違ったものではないだろうが、だからといって不遜な態度を見せられるものではないだろう。
どうにも予想していたものとは違いすぎる展開に目を白黒させていると、阿由葉は纏わり付いていた女子全てを引き剥がし終えた。
手を大袈裟と思えるほど左右へ振り、女子たちを遠ざけると荒く息を吐いた。
両手を腰に当て、威嚇するように睨み付けると、未だ未練がましく残っていた女子も散って行った。最後に盛大な溜め息を吐いてから、阿由葉はアキラに向き直って微笑む。
「ごめんなさいね、このクラスはちょっと……元気過ぎるみたいで」
「いえ、大丈夫です。助けてくれて、ありがとうございました」
アキラが笑顔と共に手を差し出すと、阿由葉は時が止まったかのように動きを止めた。
やってる事の意図が掴めないのか、それとも握手を求めるのは不敬だったのか。アキラが手を引っ込めようとしたところで、素早い動きで掌を握られた。
その動きは、まるで捕食しようとする蛇のようで、柔軟であると同時に切り込むような鋭さがある。
「阿由葉、七生よ。このクラスで委員長もしているの。一人のクラスメイトとして、御由緒家抜きで仲良くしてくれると嬉しいわ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。畏れ多い気持ちもありますけど、そう言ってくれると助かります。分からない事ばかりで、たった一人の男はやり難いでしょうけど、言ってくれれば改善しますから」
女子校は男女共学とはまた違った不文律があると言う。
厳密にはこの学園は女子校とは違うが、生徒の比率を考えると似たようなものだろう。女子だけの教室では、色々と男子が邪魔してしまう事もあるかもしれない。
そう思っていると、七生はもう片方の手で、アキラの手を包み込むようにして握った。そして、そのまま動かない。いや、より正確にはアキラの手を揉むように動かしているような気がする。
気がする、というか、手の甲を擦るようになれば、流石に気の所為では済まされない。
「あの……?」
「あぁ、ごめんなさい。……あなたの手、剣士の手ね。それも相当鍛えてる」
慌てたように手を離し、七生はその感触をどう感じたのか、自分の掌を揉みながら小さく頭を下げた。
アキラも握手した瞬間、掌の皮が厚く、また剣ダコが出来ているの感じていた。アキラが気付いたくらいだから、彼女にも同様に感じた部分があるだろう。
恐らく、彼女は内向術士として近接戦闘を得意としている。
内向と外向、この学園でその比率がどうなのかは知らないが、同種の人間だと分かって悪い気はしない。もし、どちらかを下に見るような風潮があるなら悲しいが、それでも仲間がいると分かれば嬉しいものだ。別にライバルとして、蹴落とそうという腹積もりでもない筈だ。
「楽しくなりそうね。……私に付いて来られる剣士って、あまりいないの。あなたはそうでないと期待するわ」
「え、えぇ……。期待に沿えれるように頑張ります」
アキラとしては、その全力をぶつけた所で良い勝負が出来るとは思えないが、ここで情けない返事も出来ない。結果として勝てないまでも、最初から侮られるような真似は慎むべきだと、昨日の男子会で知った。
結局、下に見られる事になろうとも、失望の訪れは遅い方が良い。
「一時間目は第二運動場で行われる予定よ。着替えたら移動するけど、まずは女子の方が先ね。気にしないなら、その間にトイレで着替えてもいいけど」
「あぁ……、それならトイレで済ませます」
「ごめんなさいね、それじゃあ出て貰える?」
七生に促されるまま、アキラは運動着を手に取って外に出た。
トイレに向かいながら、今はもう学園内にいるというミレイユを思う。普段から鍛錬を見られる機会が多いとはいえ、こうして誰かと比較して見られるのは始めての事だ。
不甲斐ない場面を見せてしまうと、恥というだけでなく失望されてしまうかもしれない。彼ら彼女らがどの程度の実力か、アキラにはよく分からない。
とにかく全力で向かうだけだと意気込み、アキラはトイレの扉に手を掛けた。
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