学園の転入生 その4
オードブル類もお菓子も、そこそこに片付け終わった後の事だった。
それぞれ仲の良い相手と自然と雑談し始めて、まだ仲の良いと言える相手のいないアキラが取り残される形になってしまった。
そこに漣と話していた凱人が気付き、アキラの傍までやって来る。
「まったく、こいつの歓迎会だってのに、一人にさせてどうすんだ」
「いや、別に気にしてませんよ。それだけ気さくに話したい相手がいたって事じゃないですか」
「懐の広いこって。……ま、お前がいいなら構わねぇけどよ。けど歓迎してるのはポーズじゃねぇぜ、特にアイツらからすれば、仲間は一人でも多い方が心強いだろうしな」
苦労を分かち合える相手というなら分かるが、これは少し意味合いが違うように思える。どちらかというスケープゴートに出来る相手は、多い方が良いといった意味に思えた。
アキラが苦笑していると、重い口調で凱人が言う。
「……男女の格差は広がるばかり、一般組も気が気じゃないっていうのが本音だろう。努力を怠る者たちじゃないが、それでもな……」
「理力持ちも少なくなるばかっりだとかで、オミカゲ様もお嘆きだと聞く。だから今回の事は、渡りに船ではあったんじゃねぇのか。御子神様は、我らに新たな扉を開いて下さった」
漣が遠くを見つめるように言うと、凱人もそれに頷く。
「御子神様から授けられた制御法は衝撃だった。まるで世界が変わって見えたものだ。我が家に代々伝わる制御法は、一体何だったのか思う程だった」
「新しい理術にしてもそうだ。あの制御法を知らずにいたら、まともに運用できる気がしねぇ。今も毎日あの時の感覚を忘れねぇように鍛錬してるけどよ……校舎すら吹っ飛ばし兼ねねぇ威力ってのは、正直手に余るぜ」
泣き言のような発言に、凱人は諫めるように肩を叩いた。
「だが、それなしで今後の鬼と戦うのは難しいだろう。俺も全力を尽くすし、お前だけを頼みにするつもりはないが……しかし今までの理術同様、使い熟して貰わねばならん」
「……だな」
二人だけが分かり会える内容に、アキラは置いてけぼりを食らう。話に入っていけないので、それを漫然と見つめていると、その視線に気付いた凱人が困ったように笑った。
「すまない。……お前に聞かせるような話じゃなかったかもしれないな」
「えーと……、何がですか? 聞いちゃいけないって意味ですか?」
「いや、そうじゃなく……。何も聞いていないのか?」
アキラは言っている意味が分からず首を傾げた。
ミレイユが御由緒家に制御法を教えたという話も初耳だし、そもそもあの人達は秘密主義なところがあって、アヴェリンの弟子という立ち位置でも知らされない事は多い。
「俺達が御子神様の薫陶を受けたっていう話さ。その御手から直接、ご指導くださった……」
「――え、直接!?」
アキラでさえ、解説のようなものを受けた事はあるが、指導を受けた事はない。
そもそもアヴェリンに任せるという話だから、それを横から奪うような行いは出来なかったろう。彼女への信頼を裏切る行為になるし、任せると言った以上、ミレイユは声を掛けても簡単な説明程度、助言に留まる内容しか話してくれなかった。
そこにはアヴェリンの役目を奪うべきではない、という思いがあったように思う。
それをしかと理解しているから、ミレイユはアキラに対して、いっそドライと思える対応が多かった。だが、二人は手ずから教えを受けたのだ。
それに嫉妬しないと言ったら嘘になる。
アキラの表情を見て、二人は何かを悟ったようだ。互いに顔を見合わせて、それから困惑を隠せず問いかける。
「お前、御子神様の弟子なんだろ? ……違うのか?」
「いや、違っ……いや、どうなんだろ。全く違うとも言えないような……」
アキラは咄嗟に否定しようとして、思い留まる。
アキラの戦闘技術の師匠は、間違いなくアヴェリンだ。武器の振るい方、攻撃の躱し方、間合いの取り方など、元は剣術道場で身に着けたものをベースとしているとはいえ、そこから実戦で戦える形に直してくれたのはアヴェリンだ。
制御方法についてはアヴェリンだけでなく、ルチアであったりユミルの助言もあり、そしてミレイユからの助言もあった。そして何より、この身に魔力を宿せるよう取り計らってくれたのはミレイユだ。
身内と認めてくれたのもミレイユで、箱庭への出入りを許可してくれたのも彼女だ。
それを思えば、師匠や先生といえる程でなくとも、それに準じた存在ではある気がする。それをどのように呼べば良いのかアキラには思い付かないが、全くの関係なしでもないのだ。
考え込んでしまったアキラの肩を小突くように叩くと、続きを促すように顎をしゃくった。
「……で、実際どうなのよ? 弟子じゃねぇの? 俺はてっきりそうだとばかり……」
「いや、そもそも、どこから弟子って話が出てきたんですか」
「だってお前、夕食会の時、御子神様と一緒に入室してきたじゃねぇか。その後も、御子神様近くの客間を出入りしてたりしたんだろ?」
「それだけじゃないぞ。金髪の戦士と一緒に走っていたのを見ているし、あの事件とその裁判でも一緒だったんだ。身内だとしても毛色が違いすぎるし、じゃあ恐らく弟子なんだろう、と勝手に思っていた」
「……まぁ、それが自然だよな?」
漣と凱人が互いに目配せして頷く。
その憶測だか推測だかを聞くと、アキラとしても納得せざるを得ない。むしろ見事な類推だと感心したくらいだが、その実アキラはミレイユに取っては付き人程度の存在でしかない。
それを素直に口にするのは心苦しい。
かと言って嘘も言えないし、言いたくない。そこでアキラは嘘とも真とも言えない、微妙なところで有耶無耶にする事を決意した。
「弟子というか……弟子未満、弟子見習いといったところで……。まだ認めて貰えてない、みたいな感じかな……」
「あぁ、そうなのか……。ま、分かるぜ。御子神様に認めて貰うなんて簡単じゃねぇだろ。目を掛けて貰えるだけでも、有り難いと思わなきゃならんのだろうな」
それはそのとおりだと思うので、アキラは神妙に頷く。
そうしていると、後ろから三人の話を聞き付けた他の男子が顔を覗かせてきた。
「御子神様って、凄い力与えてくれたりするらしいけど、本当なの?」
「凄い力ってお前……、オミカゲ様から神前信与の儀で、理術授けられてんだろ」
「いや、それは勿論そうだけど、漣や凱人みたいにさ……! 今までより凄い術、授けてくれたりするんでしょ?」
確かにミレイユは超常の存在で、その力を推し量る事は出来ない。オミカゲ様以外、他の誰にも出来ない事とは思うが、都合よく恵みを与えてくれる神のように思われるのも嫌だった。
アキラは不満を滲ませた声音で反論する。
「その二人みたいって言うのは分からないけど、都合よく力は与えてくれないと思うな。ミレ……御子神様は、努力しない人とか楽して頂き、みたいな人のこと嫌うから」
アキラはそう口にしながら、かつて安易にユミルの眷属になった場合の末路を思い返していた。ミレイユ自身は慈悲を見せていたが、ユミルがその気なら確実に人生を狂わされていただろう。そして、その落差はともかく報いを受けて当然のような物言いもしていた。
漣もまた、その気楽過ぎる発言に眉根を寄せる。
「こいつの言うとおりだ。楽して簡単に授けられるなんて思うなよ。あくまで基礎力あってのものだって俺たちも言われたんだ。あくまで制御法の手本を示されるだけだ。……まぁ、それが相当ブッ飛んでるだが」
「どういうこと……?」
「制御を御子神様に奪われるのさ。それを強制的に動かされる……まぁ、ちょっとした恐怖だったな。自分の意志とは別に、腕や足を動かされるような……。しかも滅茶苦茶、高速で動かされる。下手すりゃ、自分の身体が千切れ飛ぶんじゃないかってレベルでな」
漣が顔を青くさせると、それにつられる様に凱人も顔色を変えた。
二人の様子を見れば、尋常じゃない目に遭ったのは予想でき、胸を高鳴らせるようにしていた男子は軒並み意気消沈している。
一種の近道ではあるのだろうが、自身の体が千切れ飛ぶリスクを負ってまでやりたくない。
アキラも相当スパルタな目に遭っていたという自覚があったが、それに比べれば骨が折れたかのような痛みは、まだ温情があるのかもしれなかった。
そこまで考えて、ふと首を捻る。
骨を折れる様な痛みと、四肢が千切れ飛ぶ様な感覚、果たしてどちらがマシだろう。どちらも経験したくない痛みには違いない、と敢えて答えを選ばず、無意味な妄想を止めた。
「それまでの努力とか研鑽とか、そういうのも木っ端微塵にされるしな。勿論、それまで積み上げてきた努力があればこその制御力向上だろうが……女子との格差が縮まるなんて幻想は抱かない方がいいぞ」
「まぁ、そりゃ……。仮に並べたんだとしても、そこでまた突き放されるだろ。男子にだけ施すっていうのも有り得ないだろうしな……」
誰かが項垂れるように言って、同意の声があちこちから上がった。
「どの道、それまでの努力に実が結ぶのは確かだ。土地をしっかり耕せていたヤツは、今まで芽吹いてなかった種も生やしてくれるって事だろうさ。――何にしても御子神様に、不甲斐ない真似だけは見せねぇようにしないとな!」
『おう!』
威勢の良い返事が男子全員から返ってきて、漣も機嫌良さそうに頷くと、それからアキラへ顔を向けた。
「明日、ご来臨なさるんだろ? 何か気をつける事とかあるか?」
「いや、どうだろ……。真面目にやってれば、即座の結果が出なくても寛容に見て貰えると思うけど……。でも多分、手抜きは嫌うと思う。すぐバレるよ、薄皮一枚残した余力すら見抜くから」
「……そこまでしなきゃいけねぇの?」
「血反吐を吐く位は当然だと思うけど……」
アキラが腕を組んで斜め上へ視線を向けた事で、それが冗談の類だと思ったようだ。周りの男子は元より、漣や凱人も苦くはあっても笑顔を見せて笑っている。
それが冗談だと思えるのは幸いだ、と慈愛に満ちた視線を向ける。
毎日通う事はない、忙しくなる、という様な事を言っていたので、頻繁な顔出しはないだろう。しかしミレイユが顔を見せる日は、地獄特訓の日となる筈だ。
アキラの視線は、不安を煽るには十分過ぎる効果を発揮したらしく、今日はもうこれ以上パーティを続ける気力も失せたようだ。
凱人が音頭を取って片付けを始めると、誰もがテキパキと役割を割り振って動いていく。アキラは本日だけは賓客扱いという事で、見ているだけで済んだ。
全ての片付けが終わり、解散となったところで、漣と凱人がアキラの前に立った。
「ま、何にしてもヨロシクな。俺の事は漣でいいぜ、名字は……ちょっと堅苦しいだろ?」
「俺もそれで頼む。家名は誇らしいが、変な緊張感が出るからな」
「あ、うん……勿論。俺の事もアキラでいいよ」
それぞれが握手を交わして、一度だけ拳を打ち付ける。
対等な仲間というのは良いものだ。アキラは気持ちが上向いていくのを感じた。
彼らとの友情が深い絆になり、互いを尊重できる仲に成れたら良い。そんな事を考えながら、肩を揃えて多目的ホールを出る。
明日から本格的に、新たな生活が始まる。
幸先の良いスタートを感じながら、アキラは自室へと帰って行った。
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