学園の転入生 その3

 漣と凱人の表情は、痛いものを堪えるかのように歪んでいた。

 周りで話を聞いていた他の生徒も、あれだけ騒がしくしていたというのに、今では固唾をのんで見守っている。その一変した空気に、アキラは思わず身を固くして動揺した。


「一体、何があったんです……? そんな……何か深刻な事が?」

「いや……」


 漣は堪えていたものを吐き出すように重い息をついた。


「言ったろ、単純だ。……女子の人数が多いってだけのな」

「えーっと……。それだけ? 単に男女比率のバランスが、異常に悪いってだけですか?」

「お前……!」漣は声を荒らげかけたが、すんでの所で留まる。「――いや、知らないってだけだよな。責める事ぁできねぇ」


 次いで同情するような表情でアキラを見て、儚げに笑う。

 場の空気は最悪で、お通夜のような雰囲気だった。誰もが表情を暗くして、たまにコップに口を付けるぐらいで、声を出す人はどこにもいない。


 アキラもその気配に気圧されて、何も言えずにいた。

 だが単純な事だと言う割に、その雰囲気は余りに深刻だとしか感じられなかった。本当に単純なだけなら、もっと明るく笑い飛ばす筈だ。


 それにこの場で騒いでいたのは、誰もが陽気で人当たりも良さそうな人達だった。

 女子が多いとなると、それだけで浮かれて騒いでも良さそうなのに、それもない。異常とすら思える事態だが、つまりそれこそが原因なのかもしれない。


 凱人が労るような眼差しでアキラを見て、それから顎を擦りながら口を開く。


「その比率というのが問題でな。一学年は三クラスあって、そして一クラス三十人の女子に対し、男子は一人という割合だ。今まで七人だったから、女子しかいないクラスもあったりしたが……まぁ、そこは問題じゃない」

「つまりクラスの中にゃ、自分しか男がいないって状態になるんだよ……」


 疲れたように溜め息を吐く姿には哀愁が漂うようだった。他の生徒も似たようなもので、そこには負の感情しか表れていないように見える。

 さきほど自己紹介してくれた田中が、その哀愁へ追随するように自虐的な笑みを浮かべた。


「いや、なんつーの? 最初はさ、気恥ずかしさもあったけど、同時に期待しちゃうような部分もあってさ……。女の中に男一人だし? ……ほら、分かるだろ?」

「あぁ……な? ハーレム状態、みたいな?」


 他の男子が頷いて、他からも似たような同意が上がった。腕を組んで、したり顔で頷く姿が周りで幾つも起こり、そして唐突に肩を落とした。


「でも、身の置き場がないんだよな……」

「そう、完全にアウェー。俺なんて置物だよ、全然いない存在と変わんないもん」

「やっぱ、どこでもそんなもんだよな……」


 アキラは恐ろしいものを見るように、周囲の愚痴とも嘆きとも取れない言葉を聞き、幻想は幻想に過ぎないのだと悟った。珍獣扱いでもなく、落ち度もないのに、いない存在として扱われるのは辛いだろう。


 それとも、モテ男子ともなると話は変わってくるのだろうか。

 御由緒家の二人は家柄を鼻にかけるような性格に見えないし、実際名家として敬われる存在でもある。見目も良いし、それこそクラスではハーレム状態を築いていそうに見えた。


「その……お二人もそんな感じで?」


 そんな事はないですよね、という期待を込めて聞いてみた。

 漣と凱人の二人すらそのような態度を取られるなら、この学園はちょっとした地獄だ。牢獄で過ごしているかのような――あるいはその方がマシのような生活を送る事になる。


「まぁ、そうだな……。俺たち二人はまだマシだと思うぜ。……まだ、な。無視される事はないし、敬意を持って扱われるっていうのは間違いない。というか、そこについては単純に積み重ねてきた歴史があるからな」

「護国守護、という歴史ですか」

「そうだな。だからまぁ、御由緒家の真の役割や鬼の知識を深めるに当たって、敬意を向けざるを得なくなる。問題は別にあって……女尊男卑っていうか、女性優位っていうか、そういう気風が強いんだよな」


 元より日本国はオミカゲ様という女神を擁しているだけあって、女性の権利が世界に比べて大きい。女性の参政権が早い段階からあったり、男性を一段上に見るような風潮は元よりなかった。

 だから、この学園において女性比率が多いとなれば、立場が大きくなるのは避けられないように思う。


「鬼退治ってのは実力社会だ。弱い奴が上に立って、権勢を持って伸し上がるっていうのは理屈に合わねぇ。強いってのは、事この学園にとっちゃ絶対の正義なのさ」

「あぁ……、性差の問題でまりょ――理力は女性の方が多いっていう、その理屈ですか」

「そうだ。筋力や体力なんてのは、理力を扱える者からすりゃ何の指針にもなりゃしねぇ。それは分かってるだろ?」

「……えぇ、それはもう痛いほど分かります」


 アキラが実感を如実に込めて言うと、若干気圧されたかのように漣は頷いた。


「お、おぉ……。ま、そんな訳だ。俺と凱人は男にしちゃ随分多い方で、同じ御由緒家の女たちにも引けを取らねぇ。だが、こっちの一般組は最も強い理力持ちでも、女組の平均ってとこだ」

「格差があるのは仕方ない」


 凱人が真面目な顔で諭すように言う。


「俺たち御由緒家が、その格差の権化のようなものだからな。努力で覆せない壁というものは、実際ある。だが――だからこそ俺たちは、その格差に腐らず己の力を高める努力をせねばならない」

「ここにいるのは、全員がその力量ありと認められた奴らだ。理力っていうのは、単に潜在的に多ければスカウトされるって訳じゃねぇ。当然、その力を振るうのに人格も求められる。こいつらはそれをクリアした奴らだ。頼りにしていい」


 アキラは改めて面々の顔を見回す。

 そこには認められた事に対する自負と誇りがあった。選ばれた事は間違いない名誉だろう。それは間違いない。ただ、ちょっと思い描いていた学園生活と違った、というだけだ。


「でも、それでここまで人数の差が出るものですか。単純に女性は男性の倍だという話は聞いた事がありますが、それなら女性の数はもっと少ないとか、あるいは男性はもっと多くても良い気がしますが」

「そこは単純に合格ラインの差だ。そのラインを越えられなきゃ、鬼と相対しても戦える基準を満たさねぇ。男じゃ特に才能ある者じゃなければ、その基準に届かないのさ。だが、その基準も女子ならまぁ、そこそこ見つかるってだけで」


 それにしては少なすぎるような気がしたし、校舎の規模に対して女子の数も少ない気がする。どんぶり勘定で小さいより大きい方が良い、として今の大きさで建設したのだろうか。

 そんな事を考えていると、凱人が重苦しく口を開いた。


「女子の方も悪気あってのものじゃないと思う。普通校じゃ運動が出来ない男子がいても、まぁそういう人もいるってだけで終わるが、ここじゃそうはいかない。自身の死と直結しかねない問題だ。だからそう……より近い表現だと、失望って事になるんだろう」

「そうかもなぁ……」


 漣が首筋を掻きながら苦い顔で同意した。


「女は守るもの、守られて当然なんて考えてないだろうけど、だからといって頼りがいのない男ってのも嫌なもんなんじゃねぇか。一度下に見えちまうと、その気持ちが失望になっちまうのかも」

「でも二人は例外として認められてるんですよね? なんというか、よく他の男子から恨み買いませんね?」


 アキラのあけすけな物言いに、漣は呆れを含んだ苦笑で応えた。言ってしまってから失言だと気付いたが後の祭り。恐る恐る凱人の方へ窺ったが、そちらからも怒気のようなものは発していなかった。


「よくもまぁ、そう聞き辛い事ズバッと言うよな」

「す、すみません……!」

「ま、でも、別に俺たちは一般組からはそれなりってだけで、同じ御由緒家からはアタリ強いからな。逆に御由緒家から一般組は優しい扱いだ。……だろ?」


 漣が首を巡らせて聞けば、他の面々は幾度も頷いて同意する。


「むしろ守られてるんじゃないかな。悪い態度を取った人には積極的に注意してくれるし。いや、悪いって言っても、攻撃を受けきれなかった俺が悪いって部分もあるから、一方的に悪者だって言う訳でもないんだけど」

「あぁ、それな……。他の女子なら今の受けられるとか知ってると、そういう態度、結構顔に出るからな……」


 確かにそれはキツい。

 明らかに劣っていると感じたものを、取り直し出来る回数にも限度がある。アキラからすれば、アヴェリンとの格差は圧倒的だと端から認めていたから問題ではなかったが、同年代で同時期で鍛錬を始めた相手となると、なかなか難しいかもしれない。


「同じアタリがキツいって言っても、一般組と御由緒家とじゃ話が違うしな。一般組は学園だけの話だろうけど、こっちは実家帰っても言われるんだぞ。お家同士の付き合いでもネチネチ言われたりするしよ。冗談じゃねぇっての」

「余りそう言う内向きの事を外で言うな。この話が漏れたら、また家の恥だの何だのと言われるぞ」

「それはマズイ。――な、お前ら。俺たち一蓮托生、地獄の底まで一緒だもんな!?」

「お、おう」


 理力があろうと、御由緒家には御由緒家なりの苦労がある。

 それを知ってる彼らからすると、一般組の女子から一定の敬意を向けられるくらい、どうという事はないのかもしれない。むしろ同情の方が強い気がする。

 アキラは彼らの視線から、そういった憐憫の眼差しを読み取った。


「……で、その地獄に今日から仲間入りするから、こうして盛大な歓迎をしてやろうって話になった訳だ!」


 言いながら、漣はアキラの肩に腕を回した。

 がっちりと力強く組まれた肩からは、とても逃げ出せそうもない。


「転入組っていうのは、そうそうないからよ。俺たちも期待してんだ。出来るヤツが入ってくれりゃ、ちっとは気持ちが楽になる」

「おお、そのとおり! 俺たちは数が少ないし、団結しなきゃな! いがみ合うなんて馬鹿のすることだ」


 他の男子も口々に言い合って、中身を減らした紙コップにジュースを注いでいく。空気も幾らか弛緩して柔らかくなった事を皮切りに、適当にお菓子や食べ物を手に取り始める。


「暗い話はやめにしようや、まずは乾杯! 新たに苦楽を共にする仲間に対して! ――かんぱい!」

「かんぱーい!!」


 それぞれが紙コップを控えめに打ち合わせ、盛大に傾けて喉を見せつつ呷る。

 半ば自暴自棄で無理やりテンションを上げていく様な有様だったが、彼らにはそれが何より必要らしい。そうまでしなくてはいけない生活を送り始めると思うと、アキラとしても相当な苦労を想像してしまう。だが、今だけは忘れようと思った。

 アキラもコップを漣と凱人と打ち合わせ、コップに波々と注がれたジュースを口に入れた。

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