学園の転入生 その2

 その生徒の提案に、鷲森はあっさりと頷いて気安く声を掛けた。


「構わないが、あまり騒ぐなよ」

「勿論です、ちょっとした……単なるですから。それなりに自重しますよ」

「羽目を外し過ぎないようにな」


 お互いに、既に了解を取り終えているかのようなやり取りだった。

 アキラは、生徒の睨み付けるような視線を受けながら肩を落とす。これがどういう意味か分からないほど、アキラは鈍くもない。


 一種の可愛がり、伝統行事だとでも言うのだろう。

 後から入って来た人間を、上下関係を教え込む為に徹底的に扱くというアレだ。大抵は運動部などの全員対自分という構図で、勝てないようになっている。


 鷲森が黙認するというなら、寮内の掟の一つとして認知されている事で、助けを求めても手を差し伸べてはくれないだろう。そもそもが鬼と戦う為の戦闘訓練学校だ。ここで泣き言を言うようでは期待できない、という側面もあるのかもしれない。


 アキラは覚悟を決めて身体に力を入れる。

 入口付近に置きっ放しだった鞄を、奥へと押しやり扉を閉める。そのタイミングで鷲森が振り返ってきて、何事かと思ったら部屋の鍵を手渡してきた。


「失くした場合、即座に申し出るように。合鍵を作り直すが、その際は自腹になるから気を付けなさい」

「了解です……」


 アキラは受け取った鍵をポケットに捩じ込む。

 これから起こる事を理解しているだろうに、それについて言及するつもりも、助言するつもりもないようだった。

 鷲森はそれが済むと興味を失ったかのように背中を向けて、来た道を戻っていく。恨めしい気持ちが視線に出ていたのか、男子生徒はアキラと目が合うとニヤリと笑った。


 自己紹介はした方がいいのかと思っていると、その生徒も背を向けて歩きだしてしまう。逃げてもろくな事にはならないと分かるので、アキラも黙ってついて行った。

 階段を降りて玄関の見える所まで帰ってくると、その道を直進して大きな扉の前で止まる。生徒は振り返ってアキラを見ると、道を譲って親指で扉を示した。


「ほら、お前が先に入れよ」

「何しようって言うんです?」

「大方、予想ついてるんだろ? わざわざ言わせるなよ、早く行けって」


 鼻に皺を寄せて、威嚇するように言われれば、その先を言わなくても確かに予想が着く。扉に手を掛けた時、ちらりと上を見てみれば、白いプレートに食堂室と書かれていた。

 そのまま押し拡げるように扉を開くと、複数の破裂音がアキラの耳を叩いた。


「ようこそ転入生! ようこそ!」

「歓迎するよ、転入生! ホント嬉しい、仲間がまた一人増えた!!」


 破裂音はクラッカーで、一拍遅れて紙吹雪が舞い散り、アキラの頭に幾つもの紙の帯が掛かった。それを呆然と見ながら、満面の笑みを浮かべて歓迎の意を表している生徒たちを見る。


「え、これ……何です?」

「何って、歓迎会さ! そう言われなかったか?」


 先頭に立つ、一際大きな身体をした、優しそうな男子生徒が代表して答えた。背後では指笛でピューピューと音が鳴っていたり、ヤケにテンションの高い歓声が上がる。

 確かに言っていた。ちょっとした歓迎会だと。後ろを振り向いて確認すると、悪戯が成功した事に、会心の笑みを浮かべた男が親指を立てていた。


 アキラは喉の奥でうめき声を上げる。顔は盛大に引き攣っていただろうし、不快に思う仕草も見えていただろうが、その生徒は歓声を上げながら食堂へ入っていく。


「イェー! すっかり騙されてやがった!」

「よくやった! お前を選んだかいがあったな!」

「こいつ、睨み付けたらマジで悪人面だからな!」

「褒めてんのか、それ!」

「褒めてるよ!」


 仲間に迎え入れられ、その背や肩をバンバンと叩かれながら、誰もが笑顔でアキラを見ている。ジュースの入った紙コップを受け取ったその生徒は、アキラに向かって乾杯するように紙コップを掲げた。


 アキラが固まっていると、あれよあれよという間に引き入れられ、手にはジュースの入ったコップを持たされる。頭にはパーティ帽子、首からはハワイで見るような花飾りの首輪を幾つも通され、されるがままにされていく。


 そうしている内に、先程の大柄な男がコップを手にして全員の前に立った。


「さ、皆に飲み物は行き渡ったか? ……よぉーし、いいだろう。それじゃあ始めようじゃないか。新たな転入生、新たな地獄の道連れ相手を祝して、乾杯!」

『かんぱーい!!』


 誰もが笑顔でコップを打ち付け合う。アキラも誘われるがままに打ち付けて、皆が流し込むように飲むのを確認してから口を付けた。


 よく辺りを見渡してみれば、中央には長テーブルを幾つも重ねて作った大テーブルがあって、その上にはパーティオードブルのような料理や、コンビニで買えるようなお菓子が幾つも並んでいる。

 一人がそれを紙皿に適当な盛り付けをして、アキラの前までやって来た。


「はい、どうぞ。俺、田中裕也ね。隣の部屋だし、何かあったら相談してよ」

「あ、あぁ……、ありがとう。由喜門暁です。えーっと、新入生には、いつもこんな歓迎してるんですか?」

「何で敬語? タメでいいって! 同い年でしょ、きっと。俺二年だし、一般枠だからさ」

「うん、二年だけど……一般枠? 軍学校みたいな場所って聞いたから、もっと厳格なところかと思ってた」


 アキラがしどろもどろに言うと、その言葉を噛み締めるように何度も頷いて理解を示した。


「いや、分かるよ。実際授業じゃそんな感じだと思うし。普通の学校のように思ってると痛い目みるかな。怪我の絶えない、明るい学校ですって感じ」

「あんまり脅かしてやるなよ。きっと不安がってるだろう」


 そう言ってチキンに齧りついて笑うのは、乾杯の音頭を取った生徒だった。


「俺は由衛凱人。同じ御由緒家だし、会場でも会ったよな。そっちは緊張で他人の顔を見る余裕などなかったろうが」

「え、えぇ、あのときは本当に余裕なくて……」

「それが普通だろうさ。一般枠っていうのは、つまりスカウトして入って来たって事さ。御由緒家みたいに小さい頃から入学が決まっていた奴らとは違うって意味。ほら、そこの――」


 凱人が先程の目つきの悪い生徒を指差し、それに気づいた男が気軽な調子で近づいてくる。


「――漣も同じ御由緒家だ」

「よぉ、さっきは悪かったな。でも俺のアイディアじゃないぜ? 皆がやれって言うからやったんだ」

「いえ、そこはもう怒ってませんよ」

「なんだ、同じ御由緒家だろ、敬語なんてやめろよ」

「いや、僕は御由緒家といっても、ちょっと事情が違うっていうか……」


 アキラが気不味くなって曖昧に言葉を濁すと、漣は鼻で笑ってジュースを飲んだ。


「関係あるか、そんなもん。お前の理力を見れば、どんな実力があるか大体分かる。そこんとこから見るとよ、お前相当やれるだろ?」

「いや、どうなんでしょう……」


 謙遜ではなく純粋に疑問なので、その質問には答えられなかった。

 アキラは常に転がされていたので、実力的な部分に自信はない。むしろ才能がないと何度となく言われてきたので、一般止まりだと思っているくらいだった。


「期待して貰って心苦しいですけど、そんなでもないと思います」

「そうかねぇ……。まぁ、その辺はいいさ。結局才能がモノを言う世界だし、それは努力だけじゃ覆せないものだしな。だから格差はあってもそれを当然とし、上の者はそれを示さなきゃならねぇ」

「自分が強いと誇示するって事ですか?」


 アキラの言った台詞が意外だったのか、単に無知だと憤ったのか。眉を上げて凝視するようにアキラを見ると、漣は手を振って答えた。


「いいや、上の者は下を守るって事を示すんだよ。力持つ者の責任を示すのさ。強さは威張るためにあるんじゃない、守るためにあるものだ。御由緒家はそれを示し続けてきたし、だから尊敬される。オミカゲ様の教えでもある」

「そうなんですね……」


 妙に感心して辺りを見回した時、アキラはようやくその違和感に気づいた。今までは余裕もなく、クラッカーの音や紙吹雪で混乱し、まともに周りが見えてなかった。

 コップを渡された時点でそれに気づいても良さそうなものだが、呆けた頭では考える事すら出来ていなかったという証左だろう。


「あの……、この歓迎会は内々の、ごく身近な人だけ招いたものなんですか? つまり、御由緒家に連なる人だけ、みたいな」

「……あん?」


 漣が怪訝に眉を寄せ、凱人もその周囲にいた者、似たような反応を見せる。

 ここにいるのは全部で七人だ。アキラを含めても八人しかいない。歓迎の意を示すのに人数が揃わない事を文句言うつもりもないが、寮生全員を集めているとも思えなかった。


 漣たちの反応を見て、全員が参加するものでも、都合が付かない者もいるのだろうと思い直した時、凱人がようやく得心がいったように頷いた。


「ああ、いやいや、違う。これで全員だ。寮生は全員参加しているし、我が校の男子は総計七名だ……いや、だった、というべきだな」

「たったの……七名? あれだけ大きな学校なのに?」


 グラウンドは広く、また複数用意された上、校舎も三階建てでアキラの知る他の高校と遜色ない大きさだった。在学中の学生は千人ぐらい居たはずだから、この学園でも同様の規模の生徒がいるのだと頭から思い込んでいた。


 しかし男子生徒がこれしかいないというなら、女子生徒はどうなるのだろう。この場にいないのは何か理由があるのかもしれないが、もしかしたら山間部にあるが故に、廃校寸前にでもなっていたりするのだろうか。


 アキラの顔を見てから、漣は苦い顔をしながら凱人へ目配せする。

 お互いに何か意思の疎通があったらしく、頷き合ってからアキラへ顔を戻した。


「勘違いしてるみたいだから、しっかり言っておかないとな。別に複雑な理由がある訳じゃねぇ」

「……そう、実に単純な話だ。お前への熱烈な歓迎もそれを因としている」


 二人の深刻そうな表情に、アキラは思わず喉を鳴らして二人の言葉を待った。

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