混迷の真実、明瞭な虚栄 その10

 その事には覚えがある。

 最初の依頼は小さなものだった。実力はあったとはいえ、まだ眠っているものも多く、それらは経験によって花開いていったが、任される仕事は小さなものだった。

 出来るかどうか分からないなら、小さい事から始めさせるのは当然の事。


 しかし使えると分かれば、頼りにされるのもまた当然だった。

 そして最終的には大規模討伐への依頼を任されるに至り、そして一つの国家との戦争、民族の救済へと、雪だるま式に巻き込まれる規模が大きくなった。


 まるでゲームのように大事件が起きて巻き込まれるな、と当時は思っていたし、ゲーム世界に入り込んでいたとさえ思っていたから、その事について深く疑問に思わなかった。

 しかし、それが素体と魂を適合させ、昇華させる為の段取りだったとするなら納得できる。


 対処できる問題を一つ解決する度、一段上げて解決させる。そのサイクルを強いられていただけなのだ。そして民族の救済を為せる程になったとき、感謝以外にも尊崇を向けられるようにもなっていった。


 そこまで考え、まさか、という気持ちが去来する。

 神の素体として完成した者が、信仰めいた感謝を向けられるという事は――。


 ミレイユの確信めいた表情を見たオミカゲ様は、神妙に頷いた。


「そう……、信仰を得る毎に神へ近付く。昇華されてしまえば世界を越えられない。あの世界に根ざしてしまい囚われる事になる」

「何て面倒な……!」


 厄介な事になっている、というのが正直な感想だった。

 確かにこれは解決能力が枷になっていると言っても過言ではない。生活の為に小銭を稼ぐ程度なら良いとしても、それは神々が許さないだろう。

 何かしら、ミレイユではなければ解決出来ない厄介事を用意してくる。それこそ、無視すれば何万もの人が死ぬような類の……。


「我も人の事は言えないが、そなたは依頼を受けたり、厄介事を引き受け解決していく事に疑問を抱かなかったろう。……何故だ?」

「何故と言われても、そういうものだから、としか言いようがない。あの世界での生活は、基本的依頼を受けて解決した報酬で――」

「それが間違いだ。ゲームでそうやって遊んでいたから、それをなぞっていただけだろう?」


 言われて思わず言葉に詰まり、眉を顰めた。

 言い訳は喉から出ず、だからその指摘が図星だと認めるしかなかった。


「咎めている訳ではない。そもそも、その肉体には思考誘導が為されている。依頼があれば引き受け解決するような、より大きな難問に立ち向かおうとする意思がな……。事前にゲームをプレイしていた事も、それを後押しする結果となっておっただろう。前向きに解決しようと動く違和感を、打ち消す役割を果たしていた部分もある」

「全て、掌の上か……。そこまでするか……」


 呆れた気持ちと嫌悪感を纏めて追い出すように息を吐き捨て、そうしてオミカゲ様へ目を向ける。この際だから聞いてみたかった。

 そこまでするか、というのなら、オミカゲ様の行動もまた常軌を逸している。


 ――執念。

 その一言で片付けようと思っていたが、それだけで千年もやれていけるものだろうか。親しい友、我が子との別れ、多くの別離を経験した事だろう。

 その度に置いていかれる気持ちになったのではないか。唯一、一千華が居てくれた事は救いになったろうが、それでも千年同じ思いを抱き、進み続けるのは尋常な事ではない。


「聞かせてくれ、何でお前はそこまでやれるんだ? やり直そうと考えたのも、その手段があったからという理由も分からないではない。だが、千年もの間それを思い続けるのは異常に思える。それとも、神になれば違うのか?」

「全ては次へ託す為。あの破滅を防ぐ為……」


 気高い理由だが、それだけとも思えなかった。本当にそうなのか、という疑問すら湧いてくる。自分に置き直して考えてみても、その思いだけで動けるとは思えなかった。


「本当にそれだけか?」

「そうさな……自らの失敗が己一人の責で担えるならば、ここまで思う事はなかったかもしれぬ。しかし、失敗の引き換えが人類滅亡の危機となると、仕方ないで済ませられる問題ではなかろうよ」

「それは、確かにそうだが……」

「あちらでは何度もやってきた事であろう。世界を救うのは初めての事でもなし。何よりそういう意思を持たせたのは奴らの方である」


 ミレイユは皮肉げに笑う。

 皮肉というなら、これ以上の皮肉はない。


「なるほど、大きな問題を解決するよう動く意思……。確かにな」

「だが、本当にそれだけで動ければ良かったのだが……。理由は他にもある」


 ミレイユの皮肉気な笑みに、同じく笑みで返した後、その人差し指を目尻に当てた。

 赤く輝く宝石のような瞳だった。髪と同じく、ミレイユと違う部位の一つだ。


「この色を見て、何か思い当たる事はないか?」

「何だ、赤い瞳は神性を意味するとでも……? ――いや、待て」


 その瞳の色には覚えがある。ユミルと良く似た色だった。

 そして、かつてアキラに言った言葉を思い出す。

 ――ユミルの眷属となれば、彼女と同じ色の瞳になる。


 そして眷属になったなら、その命令には絶対服従という制約がつくことも。

 ミレイユはまさか、という思いで見つめ返すと、オミカゲ様は理解の色を認めて幾度か頷いた。


「この感情を忘れないように、とな。折れず曲がらず、進み続けろと。ユミルに頼んで命じて貰った」

「諦めず投げ出さない為にか? 何故そこまで? お前が――私が、そこまでやらないといけないのか?」

「それはお前が決めろ。だが我は決して破滅の未来を受け入れられなかったし、神々の身勝手さも許せなかった。叶うならこの手で報いを与えたかった。だが無理だった。――でも。それでも、諦める事だけはしたくなかった。この気持ちだけは前周ミレイユも同じであったろう。故に我は送還されたのだし、奴はあの地獄のような世界でも生き続けていたのだろう」


 次へ託す――。

 その為にそれだけの事が出来るのか、とミレイユは憂鬱な気持ちになった。それだけの暗い気持ちを抱き続け、それでも尚足を止めないでいられるのは言う程簡単じゃない。


「そうか、だからか……」

「決意はあった、我はやると決めたら必ずやる。しかし怖いのは、この気持が摩耗してしまう事だった。千年の長さはそれを思い直せるには十分な時間。それに、気懸かりな部分は他にもあった」

「……寿命か」

「然様。神へ昇華すれば無縁であるが、その昇華までに何年かかるのか、それが問題であった。十年か、あるいは二十年か。もしかすると、先に老衰する可能性もある。全てが順調に行くとは思っておらなんだ。千年……、民の心に新たな信仰を芽生えさせるには十分な時間とはいえ、その時代には既に仏教が広まっておったが故に」


 ミレイユもその推測には納得がいって首肯した。

 当時、寺社勢力は大きな権力を持っていた。宗教として敬われるだけでなく、葬儀を盾に取った脅迫も多かったのだ。私腹を肥やす生臭坊主というのも珍しい存在ではなく、埋葬を許さないというだけで民は言いなりになるしかなかった。


 そこに神が顕現したとして、傷や病を治してみせたら民は喜ぶだろうが、寺社勢力は黙っていない。既得権益を犯すものを、全力で排斥しようと動くのは目に見える。


「実際にな、我も昔は仏敵と呼ばれ、人心を乱す魔女と指弾されておったのよ」

「信じられんな……」

「見た目も少々、奇抜であったのも拍車を掛けた。我に近づけばバチが当たるとして、寺社は接触禁止令を出した程であった」

「だがまぁ、今こうしている以上は、その戦いに勝利したんだな」


 オミカゲ様は小さく首を傾けて、やはり小さく笑みを浮かべた。


「ここまで話せば、そなたも分かってくれるだろう。何故、我がこうまでして頼みにするのか」

「復讐か……」

「それもある。もはや我には手が届かないが、その為の道を敷くことで報いを与えられるなら、そうする」


 ミレイユは重い溜息を落とした。

 自分の事だ、その気持ちは良く分かる。ミレイユは拉致されたのだ。魂だけを抜き取られ、モルモットのような扱いを受けた。その過程全てが煩わしいかと言えば、決してそうではないのも事実だ。アヴェリン達との出会いを代わりに得られたというなら、それだけの価値もある。


 だが同時に、神々の蛮行が決して看過し得ないのもまた事実だった。


「我の負債を負わせるのが、誰か他人ならこんな願いはしない。……これほど辛く、険しい道をな。だが、そなただから――自分自身だから頼むのだ。やり遂げてくれ、他のミレイユが出来なかった事を、そなたが終わらせてくれ……!」


 ミレイユは即座に返事が出来ない。

 分かった任せろ、と気楽に請け負えたらどんなに良いだろう。しかし、これは竜退治ほど楽な戦いではない。失敗すれば、自分もまた次のミレイユの為の布石として生きねばならない。そうかと思えば二の足を踏む。


 それが唯一の方法だと思えないが、代替案がないのなら、次善の策としてそうせざるを得なくなる。かといって断ったところで世の破滅だ。オミカゲ様はそれを座して待ったりはしないだろう。


「因みに、断った場合は……?」

「……それを我の口から言わせる気か?」


 その剣呑な眼差しから全てを察した。

 強硬策に出るつもりでいるのだろう。かつて自分がやられたように、強制送還するつもりだ。


「……あぁ、ろくでもない目に遭う事だけは分かった」

「ここまで丁寧に説明して説得してるのは、我の手であの三人を傷つけたくないからだ。殺してしまうような事態になって欲しくないからだ」

「私達四人を相手取って、打ち負かす自信があるのか。かつて自分がやられたから、自分にだって出来る筈だって?」


 ミレイユが挑発するような物言いをすると、オミカゲ様は毅然とした態度で頷いた。


「それだけの準備をしてきた。何も千年間を信仰の獲得に心血を注いで来た訳ではないぞ。対策とて十分に用意しておる。――ここが何故マナの生成地となっているか分かるか」

「専門じゃないから分からんが……、その対策の一環に関わっているとするなら……」


 ミレイユは口に出しながら考えて、そして嫌な予感を覚えた。

 かつてルチアは言っていなかったか。ここがマナの生成地であると同時に、マナの集積地であると。それを電池のように使用して、何かに利用していると推測していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る