混迷の真実、明瞭な虚栄 その8

 ミレイユは思い切り顔を顰め、オミカゲ様を睨み付ける。厄介事、厄種だとは思っていたが、ここで更に畳み掛けられると、流石に文句の一つも言いたくなる。


「何で私なんだ。言っておくが一般人だった筈だぞ、私は!」

「そうとも、別にお前が特別優れていたから選ばれた訳ではない。部品としての役割を果たせれば誰でも良かったし、その中で上手く動いたのがそなたであった、というだけの話であろうな」

「意味が分からない……。そんな事があると思うか? あり得ない、あり得る筈がない」

「考える事から目を背けるな。――よいか、簡単な思考誘導である。しっかりと見据えておれば、なお見えないものではない」


 オミカゲ様に見つめられて、その赤い瞳から強い意志を向けられる。頭が痛いという程ではないが、無性に腹が立つような、貧乏揺すりをして顔を背けたくなるような気持ちが湧いてくる。

 これがつまり思考誘導なのだろう、と分かると、必死に歯を食いしばって見つめ返した。


 ぎりぎりと歯を食いしばり、意味もなく頭を掻いて荒い呼吸を繰り返す。そうしていると、自然と意識が明瞭になってきた。先程まで霞掛かりハッキリしなかった意識や、考えようとすると目を背けたくなる事実へも、思考するのが容易くなり始める。

 それを確かに認識できて、ミレイユは話の続きを促した。


「それで、私にそれを信じろというのか? 会談での話も信じきれないままに、今もこうして話す内容を信じろと?」

「そうさな、信じてもらう他ない」

「私を神の素体に入れる事が目的だって? マネキンに魂を入れて、動くようになったから成功だと喜んでいたとでも言うのか?」


 皮肉を存分に込めた内容だったが、オミカゲ様は単に首を横に振るばかりで応じて来ようとはしない。今の状態は我ながら皮肉にも全くキレがなかった。


「いいや、魂を入れれば動くのは誰であっても同じだったろうと思う。問題は、それを成長させ昇華させる事が出来るかどうかよ。器の中に収まれば成功ではなく、そこから開始なのだ」

「だが、何故それが分かる? 何故知っている? 神を作ることが目的だった? 信じるというには荒唐無稽だぞ」

「我が知っているのは、勝ちを確信した神によって御高説賜ったからである。あの時の顔、声、態度、今から思い出しても腸煮えくり返る思いよ……! だからそれより先に教えてしまおうと言う訳でな」


 オミカゲ様は握った拳をもう片方の手で包んでは握りしめる。

 みきみきと異音が鳴るが、そのような事より気になる事があった。オミカゲ様は一度は神々と対面し、そして勝ち誇った相手から事情を――情報を抜き取ったという事だろうか。


「そして、その隙を見事突かれて逃げられたという訳か。なんとも間抜けな話だな」

「獲物を前に舌舐めずり、勝ちを確信した時こそ最大の油断という事実を知らなかったのであろうよ。そういうところも実に神らしい、と言えるがな」


 皮肉と侮蔑と嘲笑が入り混じった感情を吐き出しながら、オミカゲ様は続けた。


「そなた自身もゲームの内容を知るからこそ、上手くやれていた自覚はあったろう。そして『機構』の効果を知るが故に、それを頼って現世への帰還を望んだ。そうであろう?」

「……そうだ」

「ゲームのエンディングへ到達するには、何の選択肢を選ぶのだった?」

「……『神になる』」

「ゲームのタイトルは?」

神人創造ゴッドバース……」

「神の誕生を促す為のもの、あのゲームはそういうものだった」


 馬鹿な、とミレイユは我知らず呟いていた。

 あちらの神々が現世に降り立ち、せかせかとゲームづくりに勤しんでいたとでも言うつもりなのか。そんな遠回りをしてまで行う理由がない。あまりに迂遠過ぎるし、見合った効果が出るとも思えない。ゲームを遊ばせれば神に至るなど、あまりにフザけた内容だと言わざるを得ない。


 ミレイユは自らの考えを吐露するように言うと、オミカゲ様は最もだというように頷いた。


「その考えは正しい。神は直接作った訳ではなく、その知識を一人の人間に与えただけだ」

「知識を……? つまり、あちらの世界の成り立ちだとか、種族やそれにまつわる歴史、魔術や魔力の事などを、か?」

「然様。与えられた人間は天啓のようなインスピレーションと感じた事だろう。それを狙った神は書物にしたためるとでも思っていたようだ。それが結果ゲームとなって世に流れたのは、予想外であったようだ」


 オミカゲ様は鼻を鳴らして顔を背けた。


「だが、その誤算は予想以上の結果を生んだようだな。単なる文章を情景として浮かび上がらせるより、映像表現として、そして遊びながら体得できるというのは大きなメリットであった」

「神々はそうまでして何を伝えたかったんだ?」

「あの世界の常識を始めとした全てをよ」


 ミレイユは訝しんで眉根を寄せる。

 当然、遊びのためのインスピレーションを与えたいが為でない事は理解できる。だがどちらにしろ迂遠である事には違いない。何が目的なのか、結局見えて来なかった。


 オミカゲ様は大いに顔を顰めながら、正面に向き直る。

 その両目がミレイユを居抜き、強い敵愾心を浴びながら言葉に耳を傾けた。


「最初は特に考えず、単純に魂を拉致して使っていたようである。しかし、それはすぐに悪手だと分かった」

「それは……、まぁ普通に悪手だろう。何をさせるにしろ、それで何もかも上手くいくか?」

「特に神へ昇華させる、というのが難関でな。多くは何も出来ず、何も成せぬまま死んだらしい」


 オミカゲ様が吐き捨てるように言って、ミレイユもまた唾棄するような思いで悪態を付いた。

 ミレイユが辿ってきた軌跡が神への昇華を意味するなら、それは普通無理難題を言い付けられるに等しい行為だ。やれと言われて出来るものではないし、肉体のスペックに頼ったところで多くは無理だ。


 日本と違いすぎる文化が、まず邪魔をするし、無法とも呼べる程に文化的成熟がなっていない。弱いものが悪く、奪われる方が悪い、という思想が広まっている世界で、現代合理主義の洗礼を受けた日本人が上手く生きていける筈もない。


「そこで考えたのが、旅のしおりを作る事だった。凡その道筋だとか、どういう魔物が分布しているか、どういう地理をしていて、どこに村や街があるか、といった内容のな」

「旅を円滑に進めて欲しかったという事か」

「然様。そうして作られたあのゲームが、つまり世界を渡り歩くチュートリアルとしての役割であり、そしてサバイバルガイドとなる事を担った、という訳であるな」

「魂を拉致し神の素体となる肉体を与え、補助輪付きで神に至ってもらう、それが神々の目的だと?」


 オミカゲ様は笑う。小馬鹿にしたような笑いだった。


「あれが補助輪と言えるほど、便利なものであったら良かったがな。だが然様、そのままではあまりに無駄玉を使ってしまうと嘆いた神の、次善の策ではあったのであろう」

「あの世界に適応し、やって行ける現代人というのは余りに希少だったろう。……いや、別に現代人に限らないのか? 十二の大神と六の小神……、神が造られているというのなら、この六の小神が……」


 オミカゲ様は溜め息と共に頷き、ミレイユの考えに同意した。


「日本人に限った話でもなく、更に言えば地球に限った話でもない。多くの惑星が拉致対象であり、そして菜園なのよ」

「菜園? 農場みたいな感覚か……家畜とすら見られていないのか。……家畜だとしても許せるものではないが」


 ミレイユは嫌悪感を乗せ、呪詛を絞り出すように吐き捨てた。


「あちらの神々からすれば、別にリスクを持ちながら狩り取るものではないのでな。樹の実をもぎ取るような気楽さで、人の魂を奪っていく」

「気に食わん。実に気に食わん……が、何故? 神を欲する理由も不明なら、何故わざわざ別の惑星から魂を搾取しようとする?」


 それだって楽な事ではない筈だ。下を向けば魂なんて幾らでもあるだろうに、遠くまで手を伸ばす理由などあるとは思えない。実際の労力など知らないが、星を飛び越え次元を飛び越え、その更に遠くまで手を伸ばすくらいなら、もっと簡単な方法がありそうなものだ。


 ミレイユの疑問はオミカゲ様にとっては想定済みだったらしく、その答えはすぐに帰ってきた。


「魂もまた一つの資源であるからよ。そして、神への昇華が叶う魂というのは恐ろしく少ないのだ。百や千程度の数で済むというなら犠牲の範囲内と許容できよう。だが、それで賄えない程に多量の魂を磨り潰すから、他から取ってきているのだろう」

「一の神魂を作ろうとして、それで億を失うから他から取ってこようと?」

「然様。樹の実が欲しくて樹を切り倒すようなもの、と言うておった。収穫できても見合わぬであろう。あるいは先が続かないと言いたかったのやもしれぬが、まぁどうでも良い」


 確かに神の理屈など、この際どうでも良かった。

 オミカゲ様にとってもミレイユにとっても、それは受け入れがたい事実として認識するだけだ。そして、その苦労の果てに出来上がった一つの神魂がミレイユと言う訳で、収穫の時に手から零れ落ちた果実を取り戻そうとしている。


 そして、幾つの魂を擦り潰そうと構わない、と思っているような神だ。

 取り戻せるなら何人犠牲になっても構わない、という論法なのだろう。大事なのは神魂なのであって、そこに暮らす人々など考慮の外なのだ。


 忌々しい気持ちで鼻を鳴らすと、オミカゲ様もまた大きく溜め息を吐いて肩を落とした。

 言うべき事を言い終えた、という表現のようにも見えたが、しかしミレイユにはそこから汲み取る思いに戸惑うものがある。


「神が私を狙う意味は分かった。今更アレコレ疑う気もないが……、それを話してどうしたかったんだ? 決意を固める手助けにしたかったか?」


 その真意がいまいち掴めず聞いたのだが、オミカゲ様は疲れたように手を左右に振る。


「それを期待せぬでもないがな。居丈高に宣う神々の面目を潰してやりたいという気持ちはあるが、……それはいい」

「お前の私怨に付き合う気はないぞ」

「無論である。どちらかと言えば、同じ目に遭わせたくないという気持ちの方が強いでな……。ともかく、これまでは未だ前座に過ぎぬ。本題は別にあるが、とにかく前提を知らねば理解できぬ事も多いのでな」


 ふぅん、と気のない返事をして、それから話の内容を思い出しては首を傾げる。


「それで……アヴェリン達を締め出す理由はあったか? 別に聞かれて困る内容でもなかったと思うが」

「知られて困るのは、そなたの前世となる部分である。真相を話すにはゲームとは何だ、御影豊とは何だと、面倒な説明が増えるであろう。そこまで詳細に話そうと思えば、前提となる説明が膨大になる」


 オミカゲ様の言い分には一理あった。

 別にこれまでのミレイユとしての人生を否定する訳ではないが、それ以前の人生を全く隠蔽しているような形になる。

 説明するには難しい事も含まれていて、そもそも何から説明すべきか悩む。

 それに今となっては、ミレイユとしての個が全てであり、かつて男として生きた人生は夢の中の出来事のような気もしている。

 尚のこと、自身の整理も付かぬまま説明できる事ではなかった。


「まぁ、それは確かに……。知られて困るというよりは、説明が難しいと言うべきかもしれないが」

「差に在ろう。あれらは――特にユミルは、気にし出すと口を挟まねば済まぬ性質であるしな。だから、席を外して貰っただけの話である」

「あぁ、それはな……」

「だから話したかったら好きにせよ。むしろ秘しておいて貰いたいのは、ここからなのでな……」


 オミカゲ様が意思の籠もった瞳でミレイユを射抜き、それから視線を下に向けて息を吐く。今更思い出したように茶へ口を付け、それから遠くへ思いを馳せるように上を向いた。

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