混迷の真実、明瞭な虚栄 その6
ユミルの口から飛び出た疑心に満ちた言葉に、ミレイユは思わず動きを止める。
その顔をマジマジと見つめてみれば、若干の不機嫌さが察せられる。確認の意味で言った言葉というよりは、念押しのつもりだったように思える。
ミレイユからしてみれば、疑う余地のない話に思えた。
敢えて口にしていなかった事もあったろうし、事実そのことに気付いてもいたが、しかし一日の僅かな時間で全てを言えないのも事実だったろう。
それでも伝えるべき内容、訊くべき内容は聞けたと思う。
その上であの内容に大きな齟齬はなく、真摯に話し合いに応じてくれていたと感じていた。それがミレイユにとって不都合な内容であったのは確かだが、しかしそれを持って信じないという事にはならない。
ミレイユが返す言葉に困っていると、ユミルは近くから椅子を持ってきて対面するような位置へ座った。
アヴェリンは顔を顰めたが、どうやら単に邪魔しに来ただけではないと見て、二人の話を聞く事に徹するようにしたようだ。
ユミルが挑むような顔付きで腕を組んだのを皮切りに何事かを言おうとして、それより先にミレイユが気になった事を聞いてみる事にした。
「ルチアはどうした。一緒じゃないのか?」
「部屋にいるわよ。声を掛けたけど、どうもそういう気分じゃなかったみたいで」
「それは、そうだろうな……」
ミレイユ自身も相当なショックを受けている。
オミカゲ様の正体が自分自身だった事は良いとして、それが時の螺旋を描いてループしている事にも衝撃は受けたし、そして破滅を防ごうと奮闘している事にも言い様のない衝撃があった。
しかも一度は失敗した世界を体験し、それ故にその未来を作らせまいとして、考え得る対策を施してやって来た。
そして、その『やり直し』にルチアも己の人生を賭して付き合い、その寿命が尽きようとしている。見た目の変化が乏しいオミカゲ様と違い、一千華の容姿は大いに老いた女性となって対面した。
元気な姿に見えたものの、寿命と言われれば納得する他なく、だからこそ受けるショックも大きかったろう。
今は一人で居たいという、ルチアの気持ちも良く分かる。
大仰に溜め息を吐きたい衝動を飲み込み、吸った息をなるべく静かに吐いてからユミルへ向き合う。
それで、と口に出してから、ミレイユは小さく首を傾げた。
「……本気にしてるって言うのは、どういう意味だ? 私が騙されているとでも言うのか? 嘘を言っていたようには見えなかったが」
「まぁ、嘘は言ってないでしょうよ。螺旋を描く時の流れだとか、そういう検証しようがない部分についても、今は置いときましょう。――問題は、アンタがその気になってるか、ってコト」
ミレイユは首を傾けたまま、後頭部を人差し指でコリコリと掻く。
「あちらの世界に、再び殴り込む気があるのかって?」
「そうよ。まさかとは思うけど、一応ね。……昨日は一日引き籠もってたし、深刻に考え過ぎてるんじゃないかと不安になって」
「あの話を信じて、今度こそループを終わらせようと考えるかもって? ……考えない訳がないだろう。深刻にもなる」
疲れたように溜め息を吐けば、アヴェリンが労るようにミレイユの腕を撫でた。その手を重ねた後、優しくポンポンと叩けば気遣う仕草を残しながらも離れていく。
アヴェリンはユミルへ射抜くように見つめながら、不満を露わにして声を上げた。
「貴様こそ無神経過ぎるのではないか? 整理する時間とて十分持てたとは言えない。それをズケズケと……!」
「考えが固まる前に言うからこそ、意味があるワケ。いいから黙っておきなさいな、アタシは何もケチつけに来たんじゃないんだから」
お互いに喧嘩腰のような物言いだったが、先にユミルが真意を露わにした事で、アヴェリンもとりあえず矛先を収める。口出しをしないという意思表示の為か、ミレイユから一歩分横へ離れてベッドの端を軋ませた。
「まず大前提として言うんだけど――」
そう前置きした上で、ユミルはチラリと笑ってから続ける。
「アタシはね……アンタが何を考えようと、どう結論しようと、何処へ行くつもりだろうと、付いていく気でいるワケよ」
「そうなのか?」
「ええ、そっちの方が楽しそうだから」
笑みを深めて言った台詞に、ユミルらしいと肩を竦める。
娯楽に飢えているユミルだからこその意見だが、それを言うなら現代は娯楽に事欠かない。
楽しむというなら、金銭がなくては語れない。
それでも日本から外へ視野を広げれば、千年遊んでも飽きはしないだろう。
そこで唐突にユミルの笑みが消える。
「――でも、その上で言わせてもらう。アタシは反対よ。ここで暮らして戦いから身を置くのが目的だったんでしょう? そうすればいいじゃない」
「そういう訳にもいかないだろう。お前としては、こっちにいられる方がいいんだろうが……」
「ちょっとちょっと、そんな理由で引き止めると本気で思ってる? だとしたら、アンタの事ちょっと買い被り過ぎてたってコトになるんだけど」
不快に思っていると分かる雰囲気を、全身から吐き出してユミルは腕を組んだ。
それにはミレイユも苦笑して素直に謝罪した。気持ちが後ろ向きになっていたとはいえ、長年連れ添った仲間に掛けて良い言葉ではなかった。
「まぁね……、逃げるのも手だと思うのよね」
「逃げてどうなる。結局安全な地など、この地球上から無くなるぞ」
「本当のコト言ってるとは限らないでしょ。あの話に説得力があったのは確かだけど、それで裏付け取れないものを信じるのはどうかしらね」
ユミルが鼻に皺を寄せて言うのに対し、ミレイユは困ったように笑った。
「そうは言っても結界が展開されているのも事実なら、魔物が孔から出てきているのも事実だろう。それともユミルは、孔は召喚して出来たもので、自作自演でそう見せかけているだけだと主張するのか?」
「……あら、それは考えていなかったけれど。それもいいわね、採用よ」
そう言って指を差して笑い、今度はミレイユが鼻に皺を寄せる破目になった。
再び腕組みして鼻息荒く吐き出して、ユミルは続ける。
「大体ね、封印がこれからも維持できないっていうのも、どこまで信じていいか分からないでしょ?」
「何故だ? 一千華の姿を見て偽物だと思ったか? その口から出た言葉は信じられないと?」
「いいえ、オミカゲ様は未来のアンタだと思うし、一千華が未来のルチアの姿だという部分は信用するわよ。でも、だから結界は維持できないし、いずれ封じ込めにも失敗すると信じるのはどうかしらね」
確かにそこは、二人の口から出た言葉を信用するしかない部分だ。
ミレイユ達には結界術がどのように組まれ運用されているのか理解できないし、現代技術と融合された自動展開など、説明されたところで理解できないだろう。
見せられたところで何一つ理解できないとも考えてないが、それでも、だから疑うというには根拠が薄い気がした。
「そう言うからには、何か疑う根拠があるのか?」
「ルチアがさ……ああ、こっちのルチアね、そのルチアが協力するって申し出たでしょう?」
確かに言っていた。
他の誰が無理でも、同一の存在であるルチアだからこそ助けになれる、という主張には頷けるものがあった。しかし、それを一蹴されてしまった。一千華に及ばないのは事実だとしても、他の術士よりは効果的だろうと思うのだが、強く拒否されてしまったのだ。
小娘とまで言った拒否には、絶対に近づかせまい、という強い意思を感じた。
「その場しのぎにしかならないのが本当だとしても、拒む理由になるかと言えば疑問なのよね。だってそうでしょう? 少なくとも破綻するまで、結界の展開をやめるつもりはないみたいじゃないの」
「……まぁ、そうだな。先延ばしにしかならないにしろ、伸ばせる時間は増えそうなものだが」
「その
ユミルは大いに鼻を鳴らして、ツンと顎を突き出しては大いに顔を顰めた。
「選択肢を与えるような事を言って、最初から選べる選択肢を排除しているのよ。タイムリミットも近いと焦らすようにして、精神的余裕も削ごうとしている。冷静な判断をさせず、望む方向へ誘導しているようですらあるわ。信用できるかってのよ」
「そう言われるとな……」
ユミルの言い分には一理あるように思われた。
結界の延命が叶うというなら、ルチアの協力は拒むところではない筈だ。現在の術士とルチア、そこにどれほど効果の違いが出るのか分からないミレイユ達からすれば、そこで疑気が出るのは当然だろう。
だが、その差が微々たるものであるなら。あるいは、それでルチアの時間を多く拘束するというなら、どうせ移動は免れないなら、残り時間をせめて楽しむようにと勧めても不思議ではないように思える。
頭から信じるのではなく、疑う気持ちを持ち検討しようとするのは良い事だ。これが盛大な詐欺だとは、どう考えても思えないが、しかしそうした冷徹な思考もまた必要な事だと理解している。
だがユミルがそう言うなら、ミレイユとしても一つ言っておかねばならない事がある。
「お前が神嫌いで、だから相手の言う事を信じられないのは分かる。――だが、あれは私でもあるんだぞ」
「全く同じ顔で、同じ魔力波形を持ってて、同じ様な思考をするってだけでしょ?」
「……つまり、それは私じゃないか」
ユミルの言わんとしている事が分からず、ミレイユは眉を顰めた。
「同じ様な、と言ったのよ。つまり似ているってだけ。同じと似てるは、近いけれど別物よ。――良いこと? 千年の時の流れっていうのは、決して軽いものじゃない。別人にするには十分な時間なのよ」
「……そうかもしれないが」
「それにアイツは、まだ言っていない事がある。嘘か、あるいは隠し事……そういうのが。それが明らかにならない限り、信じるべきじゃないと思う」
頭ごなしに否定したい訳じゃない、信じるに足る全てを曝け出すまで信じるな。
ユミルはそう言いたいのだ。
確かにオミカゲ様が自分自身で、そして全てを託して任せたいというなら、嘘も隠し事もあってはならない事だろう。それで信用しろと言うのなら、むしろ疑心が増えるばかりだ。
ミレイユは納得したと、ユミルへ向けて何度も頷く。
感心して拍手すらしたい程だった。
そこへ、焦った表情を必死に押し隠した――あまり成功してはいない――咲桜が、しずしずと近付いて来ては見惚れるような一礼をしてきた。
例え焦る事態であっても、身体に染み込ませた礼儀というのは正常に発揮するらしい。
「オミカゲ様が、お部屋の前までいらしております。入室の許可を求めておりますが、如何致しますか?」
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