御影会談 その8
「ただ誤算があったとすれば、子が魔力をあまり引き継がなかった事よ。これは直子であっても代を経ても変わらぬ問題で、個人差はあっても我の一割程度、多くとも二割しか届かない」
「混血とはいえ――いや、むしろ混血だからこそ、なのか。水が合わない、とでも言うべきか……」
ミレイユが難しい顔で呟くと、オミカゲ様は頷き同意を示す。
「そういう事なのであろうよ。本来は母体の半分の魔力を引き継ぐ筈だが、この世界の人間との混血では魔力が上手く引き継がれない」
「誤算というのも分かるが。……しかし、魔力の有無は魔物と戦う上で重要だ」
「無論そうだ。引き継がなかったよりマシと思うべきかもしれぬな」
オミカゲ様は小さく息を吐いて気持ちを落ち着けてから、話を続ける。
「そうして我の知る、剣術を始めとした様々な技術を伝えた」
「……あぁ、もしかすると、あの神格にあった鍛冶神、刀工神やらもそういう話か? やたらと多い神徳も伝えた技術が、そのまま今のオミカゲ神を形作ったと……」
オミカゲ様は含み笑いをしながら頷いた。
「然様である。そして魔力持ちには理術を与え、それを鍛える方法を教えた。そなたにも覚えがあろう? この世に魔術書などは存在せぬが、我らならば体得した術を与えられる」
言われてミレイユも首肯でもって答える。
本来なら長い年月をその習得に当て研鑽を持って身に着ける魔術だが、ミレイユならば使えるようにさせる事だけは出来る。
とはいえ、基礎技術がなければ扱えないのは誰でも同じで、例えば内向魔術しか磨いていないアキラに何か使えるようにさせたところで、その瞬間から扱えるようになる訳ではない。
武器を与えれば振るうだけはできるのと同じ理屈で、それを技術として扱えるかどうかは別、という話だ。
習得時間の短縮になるのは間違いないが、本来はその行程も体得に至る筋道として重要なので安易に使って良い力ではない。
しかしこの世界に、そうした魔術書がないとなれば、体得する順番が逆となるのは否めない。まず習得し、そして使いながら練度を上げていく、という方法で会得していくしかないのだろう。
オミカゲ様は納得の色を示すミレイユを、頷き見やって話を続けた。
「そうして時代を経て、近代では電気を用いた自動化によって、孔の発生と同時に封じ込める事すら可能になるまでになった」
「あの結界か……」
苦々しく思う部分がありつつも、良く出来たシステムだとは思う。
何より魔物を外で自由にさせない、という一点に置いて有効に働いている。
御由緒家を筆頭とした魔力持ちが、いつでも近辺にいるとは限らないのだから、特に情報発達した現代では、目撃されるより早く封じ込めるのは絶対条件だろう。
電気が生まれる前の時代、つまり産業革命以前は迷信が多く残っていた時代だから、対処に遅れても問題にならなかったと予想がつく。
鬼が出た、妖かしが悪さをした、という話は全国に幾つもあるが、その内の幾つかは本物が混じっていたりしたのかもしれない。
そして、それが許されていた時代でもある。
「我が何処より早く電気を実現化させたのは、国民に便利なものを提供したいからではなかった。魔物による被害は確実に減るから、そういう意味では恩恵もあったろうが、本当の意味で実現させた背景には、孔を封じる理由があったからよ」
「つまり、封じ込めには成功していると見ていいんだろう? 弱い魔物ばかりなところを見れば、孔の拡大は防げている訳だ。滅びは回避出来ていると見ていいんじゃないのか」
ミレイユの指摘は至極真っ当なものだと思えたが、しかしオミカゲ様は首を横に振る。そこには諦観にも似た雰囲気すら感じられた。
「これまでは確かに成功していたな。即座に封印する事で座標の特定を防いでいた」
「座標……、特定……?」
単語の意味は分かっても、意味するものが何かまでは理解不能だった。
首を傾げたミレイユに、困ったような顔をしたオミカゲ様が言う。
「これは今までの経過を見てそうと判断したものであって、真実かどうかは別だと先に断っておく」
それは最初から、全ての真理や正解を知っている訳ではないと言われていたので、頷いて先を促す。
「あちらもな、正確な場所の特定は出来ていないと思うのよ。つまり、逃げ込んだミレイユがどこにいるのかをな。何しろ次元を超えた先の相手だ。絞り込むのにも限界がある、という事ではないかと思う」
「だからある程度、孔の位置にブレが出来るし、そうと特定出来てないから孔を広げる段階に入っていないと?」
「そうであろうと思うておる。弓の遠当てのようなものかもしれぬがな。中心に当てればいいと分かっていても、毎回正確に狙える訳でもない、という具合に」
納得できるような出来ないような話だった。
ともかく、この部分は推論に過ぎないのだろうから、深くは聞かない。そこにケチを付けたところで意味はないのだ。
「なるほど。そして、命中しても結界で隠されてしまう訳か。座標というのはこの事で、当てた場所が見えなくなってしまう、と考えていいのか?」
「恐らくな。孔を広げるにも同じ場所に命中させる必要があるとすれば、その場所が見えず拡げられない、そういう話ではないかと思うておる。最初は針のように小さな孔に、そこへ少し太い針で貫く。すこし拡がった孔に、また少し太い針で貫いていく。そうして孔を拡大していくつもりだったのではないかとな」
ふぅん、と気のない返事をしながら顔を上げ、オミカゲ様へと顔を向ける。
「その針の役目が魔物と言うことか? あるいは、開いた穴を少しでも押し広げる為の役割かもしれないが。……まぁ、推論に推論を重ねても仕方がない」
「ここは想像するしかない故な。しかし千年の間、拡大を防げていた以上、間違いなく結界の有用性は証明されておる」
それは確かな事だと思うので、ミレイユも頷く。
しかしそこで、オミカゲ様の表情が曇った。
「だが、その結界も既に長くない。存続が危ぶまれておる」
「何故だ。電力を用いて自動化された結界なんじゃないのか。電力だけで……だけじゃない、そうだな? 信仰心を魔力に変換していた筈だな? 足りてないのか?」
少し考えてみれば妥当に思える。そもそも電力によって作られた結界ではなく、魔力によって作られた結界だ。電力はあくまで補佐的役割で、それこそ自動展開させる為のものだと推測できる。
結界の生成に必要なのは、むしろ魔力であり、そしてマナだ。
「……おや、知っておったのか。マナと魔力を循環させ、増幅させる為の宗教であり神社である。霊地の上に神社を建てるのもそれの為。それは結界の為であり、怪我の治療の為であり、病気平癒の為であり、そして理術付与された武具を作る為でもある」
それに、と一度言葉を切ってからオミカゲ様は続けた。
「武神、剣神として神格は、野に開く強者を探すのに役に立った」
「剣術道場は今も盛んなようだな。私が知っている剣道など、道場を持てない程に下火になっていたものだったが……」
「それもまた信仰心の獲得と兵の選定に役立つものだ」
その一言を聞いて、かつてアキラから聞いた、ある単語を思い出した。
夏の終わりだったか、それとも秋の事だったか。とにかく、オミカゲ様による御前試合が執り行われると聞いた。
そこで優勝すれば栄誉だけでなく、より拓けた未来が約束されるとか言っていた気がする。細部は違うかもしれないが、つまりこの御前試合が御由緒家以外の有力な魔力持ちを探す手助けになっていたのだろう。
「……全ては、魔物を倒す為に、か。それらの事を民は知る由もないとはいえ、信仰する代わりに見返りがあるとなれば、喜んで拝めて貰えると」
「拝めて貰うのは手段であって目的ではないがな。願う力というものは馬鹿にならないエネルギーとなる。私は神として君臨したいのではない、民を護る為のシステムとして必要だから、その座にあるのよ」
オミカゲ様が真実の神として君臨しているのかどうか、そんな事は些細な問題なのかもしれない。
恩恵を授かる民、そしてそこから感謝や願いという力を受け取り、別の力へ変換し、それを用いて魔物という脅威から護っている。
それを見れば搾取という訳でもなく、むしろよくやっているとすら思う。
お互いに益があり、そして両者に不満がないというのなら、それはそれでいいのだろう。
だが、肝心な部分をまだ聞いていない。
「上手くやれているというのなら……つまり、魔力不足から結界が崩壊する訳ではないのか?」
「然様。……寿命である」
「寿命……結界に?」
ミレイユは胡乱げな視線をオミカゲ様へ向けた。
結界は確かに長時間持続させるのは難しい。とはいえ、この寿命の意味は、それとは異なるだろう。毎回作っては消しを繰り返す結界に、機械的な摩耗がある訳でもない。
電柱や電線にはあるだろうが、それこそ交換すれば済む話だ。
だが寿命というからには、その結界システムの根幹部分に寿命があるという事だろう。
交換も修理も出来ない、何かの部分に。
ミレイユが何かに察した視線を向けると、オミカゲ様もまた、それへ理解の色を示して頷く。
「結界の生成は全て、たった一人が担っておる。結界の術式の基礎構築から始まり、その運用に関するノウハウ。その全てを」
「その者の寿命が尽きるから、結界が崩壊すると? 代替わりすればいいだけじゃないのか? 今までそうしてきたのだろう?」
千年の時間があったなら、代替わりがあって当然だ。
その時代によって術者の良し悪しはあったにしろ、しかし脈々と受け継がれて来た事でもある筈だ。一人の寿命で途切れる緩い地盤を構築してきたとは思えなかった。
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