顔見せと夕食会 その5

「私の方から名乗る必要はないだろう。名乗るといい」

「ハッ! 御子神様よりわざわざの御足運び、まこと恐悦至極に存じます。わたくし、由喜門家の当主の座を賜っております、藤十郎にございます。以後、お見知り置きお願いいたします」


 ミレイユはうん、と気のない返事をしただけだが、周りのテーブルからは羨望のような視線を受ける。まだ何処の家とも親密な関係を築いていないのに、真っ先に選ばれた家として羨む気持ちがあるのだろう。


 ミレイユとしては特別扱いするつもりはなく、そもそも何処かの家に偏って接するつもりもない。それ以前にどこの家とも仲良くするつもりもなかったが、周りはそう考えないのかもしれない。


 最初に声を掛ける家というのは、もう少し考えてから動くべきだった。

 今更考えても仕方がないので、後ろのアキラを紹介しようとしたが、その前に傍らに控えた少女を紹介された。


 手を横に差し出し、その手を取るような動きを見せつつ、少女を前に出す。


「どうか我が息女の紹介もさせて下さいませ。由喜門家が長女、紫都しづにございます」

「ご紹介に預かりました、紫都でございます。どうぞ、お見知り置き下さいますよう、お願い致します」


 まだ中学生のように見えるが、しかし立派な教育を受けているのだろう。見事な礼を見せた後、小首を傾げて笑みを浮かべた。そこまで見せるのが礼儀作法というものなのだろうな、という感想を抱きながら、ぞんざいに頷く。


 そのような態度であっても、そこに不満など欠片も感じさせず、今度は小さく一礼する。

 その顔を見つめて、そしてふと全身を上から下まで見つめる。見覚えがあると思ったが、あるのは顔ではなく魔力の方だ。

 こちらでは理力と呼ばないと煩そうだが、とにかくその魔力には覚えがある。


「……どこかで会ったか?」

「いえ、直接はなかったと思います」

「間接的には会ったと言いたいのか?」


 ミレイユの不機嫌に聞こえる声が叱責と思ったのか、紫都は慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ありません! あい、曖昧な表現は避けるべきでした……!」

「ちょっと待て」

「はい、申し開きもございま――」

「そうじゃない、落ち着け」


 ミレイユは二歩、三歩と近づき、腰を深く追った紫都の肩に手を当て、その身体をごく軽く押し上げる。


「私は普段から愛想の良い話し方じゃないからな。勘違いさせてしまったようだが……いや、今日は確かに不機嫌だが、それはお前たちとは関係がない」


 紫都は言われている言葉が耳に入っていないように、ミレイユの顔と触れられた肩とを見比べている。


「私は御子神という事になっているが、別に偉い訳じゃないからな。何かを為したという記憶もない。だから私に傅く必要はない。年の離れた友人程度に思って

おけ」

「お、恐れ多い事でございます……!」


 紫都の顔は引き攣って、声も裏返っていた。

 今にも顔を左右に振り出しそうな程だったが、最後に残った理性がそれを押し留めているようだった。

 ミレイユは触れた手の先から、より深く紫都の魔力を探知する。それで漸く、もしかしたらという予想が頭をよぎった。


「お前……紫都、結界の近くに居たりしたか?」

「は、はい、おりました。その際、理術を通して御子神様の姿を確認しております」

「ああ、そのせいか……」


 ミレイユは肩から手を離して元の位置に戻る。

 幾度か距離があるのに視線を感じた事もあった。勘違いとも思ったものだが、視線ではなく理術を通したという点で、ミレイユの探知を逃れたのだろう。


 元より優れた探知能力を持っている訳でもないので、それに特化した能力があるというなら、ミレイユの目を逃れた事にも納得できる。

 ミレイユは眉尻を下げて息を吐く。


「きっと何か、面倒をかけた事だろうな……」

「い、いえ……! 面倒という程では……っ」

「随分と好き勝手にやっていたからな。こちらにはこちらの事情があったにしろ、現場を色々と混乱させていたんじゃないのか。昨日の一件だけではなく、多くの辛抱をさせる事態になっていたのではないかと思う。許せよ」

「許すなどと……! 私などの為に、勿体ないお言葉でございます!」


 恐縮させるだけと知りながら、それでもミレイユは言わねばならない。本日の夕食会の本題は、実はそこにこそあるのだ。

 ミレイユは苦笑いをしつつ続ける。


「今日の顔見せ顔合わせなどと言うのは建前でな……。本当は挨拶周りに見せかけた謝罪周りだ」

「そのような……」

「自己満足のようでもあるがな、とりあえず迷惑をかけたという自覚もあるからな……」


 重ねて言ったミレイユの言葉には、流石にどう返して良いのか分からないようだった。

 頭を下げて謝罪するべきかと思っていたが、流石にそれをやると卒倒しかねないので自重しておく。これからまだ回る家があるというのに、頭を下げて回っていると知られたら、それこそ事件発生のように戦慄するだろう。


 自分の用事は済んだので、紫都には下がるよう申し付ける。明らかにホッとした顔をさせているのは減点だろうが、その気持ちは痛いほど分かった。

 テーブルの離れた位置まで移動したのを見届けると、後ろに控えているアキラを後ろ手で手招きする。


 ことの成り行きを静かに見守っていたアキラが、ミレイユの左斜め後ろにつくのを気配で感じると、当主の藤十郎へと顔を向ける。小さく手を向けてアキラを示すと、そちらも得心がいったような顔付きになった。


「連れてきて欲しいと言われていた、アキラだ」

「そんな……! こちらから伺いに参りましたものを! 大変、恐れ多いことをさせてしまいました。重ねて、お詫び申し上げます!」

「コトのついでだ、気にするな。さっきも言ったが、私は別に大人物という訳でもないからな」


 そうは言われても、はいそうですね、と頷ける筈もない。

 余計困らせていると分かって、とりあえず意識をアキラに向けさせた。


「同じ由喜門の名前だ。何かあるんじゃないかと思ったが、本人には思い当たる事がないらしい。もしその事で呼んだなら、話せる限りで教えてくれないか」

「勿論でございます、隠し立てする事ではございません。ただ、少々込み入った話にもなりますので、掻い摘んだ内容とさせて頂きたく……」

「勿論、構わない」


 ミレイユが頷いて見せると、藤十郎は安堵した表情をしてアキラへ顔を向けた。


「そのアキラという名の少年、実は我が兄の子――つまり私の甥に当たります」

「本家長子の息子なのか」


 ミレイユが視線を向ければ、本人も驚いた顔をしている。

 先程も、そして初めて会った時も、御由緒家とは関係がないと言っていた。たまたま名字が同じだけで、もしかしたら遠い祖先が傍流として分かれたのかもしれない、と。


 だが実際は、違った訳だ。

 ミレイユの予想通り、早逝したから伝えられなかったか、あるいは墓場までその事実を持っていくつもりだったのかは知らない。

 しかしアキラはこれで本家の血筋と知れた。他者より幾らか魔力総量が多かった理由も、これにあったのかと納得する。


「だが何故、今なんだ?」

「ハ……」


 ミレイユが気になったのはそこだった。

 藤十郎は言葉に窮する。

 ミレイユの訊いた内容を正確に把握するからこそ、そのように困った表情になるのだろう。甥というほど近しい関係なら、アキラの両親が死んだ時に役所も連絡くらいはしただろう。


 死亡届が出された時にでも、アキラは親に兄弟がいた事も知れた筈だ。今日まで沈黙を保っておいて、甥の立場が急変したから連絡を取ろうとしている、と思われても仕方ない。

 ――つまり、御子神に接近する為の道具として。


「今まで放置しておいて、今更接触しようとした理由は? 今更、甥の存在を知ったとは思えない。孤独な甥に助け舟を出すにしろ、もっと早いタイミングがあったんじゃないのか?」

「はい、支援というのなら、既に行っておりました」

「……なに?」

「誤解なさらないで下さい。何もわたくしは有利な立ち位置にいると気付いた甥に接近したい訳でも、それを利用して御子神様へお近づきになりたいと考えている訳ではないのです」


 ミレイユはその表情を伺って、嘘を言っている目ではないと判断した。

 てっきり他の御由緒家を出し抜く為に、利用するぐらいの事はするだろうと思っていたが、もしかすると早合点だったのかもしれない。


 ミレイユの知る限り、同列の貴族家があれば出し抜こう、蹴り落とそうと暗躍するものだし、より高い地位にあってもそれは変わらない。

 完全に資産や規模が同じ貴族家など存在しないので、それ故に出し抜き、あるいは出し抜かれまいと動くのだ。ここでもそれは変わらないと思っていたのだが――。


 ミレイユがアキラに視線を移すと、話を聞こうと前向きな姿勢を見せている。

 そもそもミレイユが出しゃばる問題でもないのだ。実際に一歩引いて、二人が話すに任せる事にした。


 アキラがそれに代わって一歩前に出て、藤十郎と目を合わせる。


「あの……初めまして。由喜門、暁と言います」

「うむ……。由喜門家当主、藤十郎だ。……君は兄とは似ていないな」


 藤十郎は少し寂しげに笑った後、小さく頭を下げた。


「今まで一人にさせてしまった事、申し訳ない。お詫び申し上げる」

「いえ、そんな……! そもそも最初から親族なんていないと思ってましたから、それで恨みとか思ってませんし!」

「ああ、取り決めもあったからね。そうも出来ない事情があった。だからせめてと、金銭的援助だけはさせて貰っていた」

「そんなもの貰った覚えは……。だって生活は国からの助成金……いや、もしかして」


 アキラは否定しようと首を振り、そして唐突に動きを止めた。手で口を覆うように当て、視線を下に向けて考え込む。

 しばしの沈黙に業を煮やし、ミレイユは我慢できずに声を掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る