御影の意思 その3
目的地に到着したらしく、護送車が停止すると共に警務官らしき人物に促されつつ降車した。手錠がない事実に気付いていたようだが、顔を顰めただけで何も言わない。
ユミルが手錠の輪を指先で回転させて遊ぶのを見て、彼らは更に顔を歪めた。通り過ぎざま手錠を返却されて、警務官同士、渋い顔のまま向き合わせた。
その様子を見ながら、囚人に対する態度ではないと改めて思った。
車内で自由にさせている時点でおかしいと思ってはいたが、ここまで来ると扱いが良いという問題ではない。明らかに何事かに対する配慮が見える。
それが果たして何なのか、今のミレイユには想像しか出来ないが、悪意から発せられるものでない事は確実だろう。
顔を上げれば、目の前にあるのは背の高いビルだった。
そして同時に気づく。この地の霊脈を利用し、ビルを建てたという事を。
神宮のように強力なものではない。しかし敷地の面積を思えば大き過ぎないのが逆に良いのかもしれない。
マナの生成もされているようだが、同時に抑圧されるような奇妙な感覚もある。どうにも不思議な感覚だった。
ミレイユは近くにいたルチアに目配せして、近くに寄るように言った。
「……この奇妙な感覚、覚えはあるか?」
「ないですね。何かあるのは分かりますけど、それが何かまでは……。警戒しておきます」
頼むぞ、と肩を叩いて自らも警戒すべく視線を巡らせる。
ルチアはそれからビルの屋上付近へ目を向けたり、あるいは塀の隅へと目を向けたが、その表情からは困惑が見え隠れするだけで、判明する部分はないようだった。
塀の背は高く、ビル周辺を四角形に囲み、その内側には庭木などが植えられている。殺風景な雰囲気を見せまいとしているが、あまり成功しているようには見えない。
ビルへ出入りする為の入り口には横引型の鉄柵があって、近くに警備員が常駐する為の小屋もある。
総じて物々しい雰囲気が漂っているが、建物の中に入れば、予算が潤沢にあるのだと分かる程に内装は整えられていた。
清潔感も感じさせる染み一つない白い壁紙、室内にも関わらず多く見える観葉植物や調度品、それらが調和して嫌味のない高級感すら漂わせていた。
時折壁にかかって見える絵画も、それに一役買っているようだ。
前後を四人、合計八人の警務官に挟まれて、ミレイユ達は通路を歩く。
途中すれ違う者たちからはギョッとした視線を向けられた。その視線の意味は分からないが、何一つ拘束なく歩いている事に疑問を感じたからかもしれない。
随分長く歩かされ、着いた先は待合室のような場所だった。
広い室内には椅子が四つ並んだあと間隔を開け、また四つの椅子が並んでいる。それが後ろに四セット並んでいた。室内の四隅には観葉植物が置かれていたがそれだけで、他には何もない殺風景な部屋だ。
そしてそこから鉤型に曲がる通路が一本見えている。
その先に何があるかは分からないが、恐らく取調室のようなものがあるのだろう。
ミレイユを残して全員そこに座らされたが、アヴェリンが強硬に反対する姿勢を見せた。その腕に縋り付くようにアキラが手を取ったが、すぐにその手は振り解かれる。
「――ミレイ様!」
「アヴェリン、大丈夫だから落ち着け。ちょっと話してくるだけだ。……恐らく、順番に話を聞こうとするだろう。……が、何も言わなくていい」
「分かりました……」
アヴェリンの顔には不満がありありと浮かんでいたが、ミレイユからの命令とあれば頷くしかない。ミレイユは通路の向こうへ促されるまま歩き、曲がった先でドアの開いた一室に通された。
部屋は他にもあったが、今は扉が閉まっている。
映画なんかでも見た事がある。取調室の中を監視したり、音声の録音機材や撮影した動画が、その場ですぐ確認できるような部屋になっているのだ。
中の部屋は粗末な机と対面するように置かれた一対の椅子、あとは荷物置きにでも使うつもりなのか、隅に腰掛けられる程度の高さのある小テーブルが置いてあった。
ミレイユは出口が見える方――奥側の方にある椅子に座らされた。
左側に視線を向けると、予想したとおり大型のマジックミラーが設置してある。こちらからは単なる鏡としか映らないが、待機している誰かは今も監視をしているらしい。
ミレイユには気配から、その中に一名いる事が分かる。
椅子に腰掛けたものの、尻の座りが非常に悪い。
パイプ椅子のような粗悪なものには、最近とんと縁がなかったせいで、その固さには辟易する思いだった。
何度か尻の位置を調整し、椅子の場所も調整して机から少々離した位置で足を組む。
目の前に立つ、ここまでミレイユを連れてきた男は、それを見て顔を顰めた。
「……自分の立場が分かってないのか? 足を組むな、帽子を取れ。サングラスもだ」
「おや、てっきり何か忖度されているのだと思っていた。ならば言わせてもらうが、……今更か?」
男はそれに返事を寄越さず机を回り込み、帽子を掴み取ろうとした。
しかしその前に、ミレイユは素早く制御して魔力を練る。手の平を振るう動きをする時には魔術は完成していて、男を腕ごと吹き飛ばした。
「――な、あがっ!?」
もんどり打って倒れ、男は驚愕に目を見開く。
その態度を見て、ミレイユはおや、と首を傾げる。魔力も魔術をも知っている身であろうに、まさか何の抵抗もしないと思っていたのだろうか。
それとも、ここまで従順にしていたから、何か勘違いさせてしまったか。
魔術的制約を受けている訳でも、封じる為の何かをされた訳でもない。一切の武器を取り上げず、放置していたに等しい行為だ。
あくまで取り上げる手段がないから仕方なくそうしていたのだと思っていたのだが、まさか抵抗が想定外だとでも言うつもりか。
だが、そうであるなら都合がいい。
ミレイユは更に腕を振るって男を吹き飛ばし、部屋の出入り口まで押し戻した。明らかに恐怖で引き攣った表情を見せながら顔を向けてくる。
「阿由葉を呼べ。御由緒家と呼ばれてる、あいつだ。他の者を呼べば、同じ目に遭わせる」
「わ、わか……っ!」
全てを言い切る前に、何度も頷いて男は部屋を出ていった。
慌ただしく靴が廊下を叩く音が聞こえては遠ざかっていく。
ミレイユは腕を組んで顎を下げ、小さく溜め息を吐いて結希乃が来るのを待ち続けた。
長い時間を待たされると思っていたが、目的の結希乃は十分程度でやってきた。
マジックミラーの向こう側に、知った魔力反応の感知ができる。見えてはいないが反応に向けて指を向け、それから向きを反転させてチョイチョイと指を前後に動かす。
それで顔を正面に――出入り口へと向けて待っていると、即座にやってきて姿を見せた。
結希乃以外にもう一人、生霧会のビルでも見た男性が入ってきた。
この者は何をする気も言う気もないらしく、入り口傍の壁際に寄って腕を組んで待機に入ってしまった。刑事ドラマでも取り調べをする際には必ず二人でいるものだし、ここでもそういうものなのかもしれない。
緊張した表情を滲ませ、結希乃は対面に座る。動きの一つ一つを見ても平常通りに動こうとしていると分かるが、ミレイユからすればその緊張度合いがどの程度か判別できる。
椅子に座った結希乃は、帽子について何も言わない。一度他の者が通った道だ、変に刺激したくなかったのだろう。
しばしの沈黙が続く。
聞きたい事があるから取調室に入れているのだろうに、結希乃からは一向に聞こうという気配がない。
何か心理的な作戦でもあるのか、と思ったところで、ようやく結希乃が口を開いた。
「それで……貴女は何者なのです?」
「……随分つまらない事を聞くんだな。それがここまで引っ張ってきて、最初にする質問なのか?」
これには結希乃も言葉に窮したようだった。
一度視線を外に向け、考えあぐねるように眉に皺を寄せる。即座に別の質問が来ないというのも仕方ないのかもしれない。そもそもミレイユがここに呼んだのだ。
取り調べをする専門の人間もいただろうし、そこに畑違いの者を呼んだ訳だ。もしかしたら、マジックミラーの向こう側でその辺りの詳しい遣り取りがあったものを、ミレイユが機会を奪ってしまったのかもしれない。
――考える時間が必要か。
そう思って、ミレイユは雑談程度の気持ちで、こちらから話を振ってみる事にした。
「先程、お前が来る前の事だが、一人の男をちょっと小突いてやった。やけに怯えていたが、あれはどういう事だ? 私のことを知らない訳でもないんだろう?」
「私はその事を存じませんけれど、もし理力を使ったというなら、怯えられても仕方ありません。この敷地内ではある種の圧があって、行使する事ができませんの」
「理力……、それに圧、ね」
魔力とは違うものか、それとも単に呼び方に違いがあるだけか。
ミレイユは単に呼び方の違いだと判断した。今も結希乃から感知できる力は、ミレイユ達が魔力と呼ぶものと同質のものだ。似ているだけ、という訳でもなく、全くの同質である。
単に言語の違いから来るものだろう、とミレイユは思い、それから圧について聞いてみた。
「圧とは何だ?」
「そのままの意味です。気圧や水圧、そのようなものと同じで、ここでは理力が強く押さえつけされます。行使する事が叶わない程に」
「ならば、その圧が足りないんだろう。……が、強くしすぎてもお前たちの生活にも影響が出るか?」
「ご慧眼ですわ。これでも私達には十分抑圧されているという感覚です。怯えられるのも、当然かと……」
結希乃は笑顔だが、その額に汗がうっすらと浮かんでいた。
ミレイユに暴れるつもりはないが、もし力を奮う事に躊躇しなければ、ここにいる全員は大変な危機に陥る事になる。
いや、既に危機を感じているのか。
不興を買うな、と彼女は警告されたという。この状況をミレイユがどう受け止めるかで、全ては一変する。力を振るえるミレイユと、抑圧されたままでいる者たち。本来なら敷地内でみだりに使用しない為に用意されたのだろう処置が、完全に裏目に出ている形だ。
或いは、今こうしている間にも、その処置の解除をしているのかもしれない。
ミレイユにその気はないなど安心させる台詞を言っても、だれも本心から安心しないだろう。ここは気づかない振りをしたまま会話を続けた方が良さそうだった。
結希乃は外していた視線をミレイユに戻す。
「こちらからも、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「元よりここはそういう場だろう」
結希乃は困ったように笑い、そして続けた。
「ええ、ではお聞きしますが……何故、私を呼ばれたのでしょう?」
「理由は幾つかある」
「是非、その幾つかを教えて頂ければ……」
「一つは単純、お前が気に入ったからだ。どうせ取り調べを受けるなら、お前のような者からの方が面白い」
ミレイユの返答は完全に予想外だったようで、抑えた感情からも渋いものが現れるのを感じた。
気に入られたと言われて素直に喜べない、むしろ嫌だと、結希乃は微笑の奥から言っていた。
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