第四章
御影の意志 その1
ミレイユは周囲を取り囲む兵達と、そこから一歩踏み出し宣言した女性――結希乃を見据えた。遠くには車の走行音こそ聞こえるが、住民達の気配はない。
その走行音すら遠く、兵達の後ろに野次馬すら見えない事から、何かしら大規模な規制が働いているのだろう、と予想が付いた。
今は武器を突き出し威嚇しているだけだが、ミレイユの行動次第では結界の展開も視野に入れているだろう。
そこまで考え、そして結希乃からの返答に満足したミレイユは大儀そうに頷いた。
「お前の顔を立てよう。一先ず、言うことを聞こうじゃないか」
ユミルが持っていた神刀はミレイユが顎をしゃくる事で、ぞんざいな手付きで返された。投げ捨てるような渡し方に憤慨する様子を見せたものの、ユミルは元よりミレイユも頓着しない。
ミレイユ達の手首には手錠をされ、用意されていた護送車へと入れられた。
大きめのバンのような形で、車両塗色は市販車のまま、道を走っていてもそうと目立たないように配慮されているらしかった。
窓は外から覗かれるのを防ぐためスモークフィルムが張られていて、逃走防止用の鉄格子まで付いている。運転席と後部座席が金網で物理的に遮断されており、そこへ押し込まれるように全員が乗り込んだ。
「まるで犯罪者の扱いだな」
「ミレイユ様……まるで、じゃないです。完全に犯罪者です」
アキラは悲嘆に暮れながら、力なく状況の訂正をしてきた。そのような元気があるのなら、どれだけ悲壮な表情を見せていても、案外精神的には参っていないのかもしれない。
「そうか……。だが、たかが執行妨害くらいで、こんなに厚い警備をするものかな」
狭い窓から見える範囲では、護送車の前後のみならず、左右まで白バイまでが包囲している。逃げ出そうと思えば訳もないと、あの結希乃が理解してない筈もないので、あくまでポーズに過ぎないのだろうが、税金の無駄遣いと思えてならない。
「執行妨害だけじゃないからですよ。多分、町中での暴走行為もカウントに入ってます」
「なるほど、確かにヘルメットはしてなかったな」
「違います、そこじゃないです」
自分の苦言も理解されないと見て、アキラはウンザリした顔で溜め息を吐いた。
そこへ鎖に繋がれた自分の両腕を、顎先まで持ち上げたユミルが言う。
「でもまぁ、この手錠は邪魔よね」
「そうだな。大体ミレイ様に手錠を掛けるなど、あまりに不敬だ。我慢ならん」
言うや否や、アヴェリンは自らの手錠を両手を外に開くだけであっさりと砕き、ミレイユの手首にある手錠も外してしまった。
鍵などないので、輪の部分を紙のように引き千切って壊すと、丁寧に取り外して解放した。それを見たユミルやルチアも真似をして、早々に手錠を無力化してしまう。
ただしそこには個性が現れていて、アヴェリンが力づくならユミルはまるで手品のように、するりと手錠から腕を引き抜いた。ルチアは魔術によって解錠して手錠を外す。
まるで手袋を外すかのようなアッサリとした仕草だったが、それを見たアキラは顔を青くさせた。
「ちょちょちょ、何してるんですか! 駄目ですよ、着けたままにしておかないと!」
「何故だ。そもそもこんな紙細工で、拘束しておけると思っているから馬鹿を見るのだ。不壊の付与もせず、何故私たちを拘束し続けられると思っているのかが、むしろ疑問だ」
「そうよねぇ。少なくとも大人しくしてやってるだけ、喜んでおいてもらわないと」
アヴェリンの怒りを含んだ指摘に同調して、ユミルまでも嘲りを含んだ言い方で運転席の方へ顔を向けた。アキラは青い顔で口をへの字にさせて黙り込んでしまう。何を言っても無意味だと悟ったらしい。
そこへユミルが顔の向きをミレイユに戻して聞いてきた。
「別に文句を言いたいワケじゃないけど、どうして素直に捕まったのよ? 何か意味があるなら知っておきたいわね」
「ミレイ様のお気が済むようにされれば宜しいかと思いますが、何かお考えあって助力できる事があれば教えていただけたらと思います」
「考えがなければ、あの場から姿を消していれば済む話でしたものね。私も気になります」
全員から好奇の視線を向けられて、ミレイユは困ったように笑った。
アキラもまた縋るように視線を向けて来るが、それは大いに理解できる。彼にとっては前科者になるかどうかの瀬戸際だ。
そして前科持ちでなくとも逮捕歴があれば、まともな職にはつけなくなる。それを考えれば、他の者はともかくアキラについては配慮しなくてはならないだろう。
他の者にある余裕の表情も、手錠から見て分かるとおり、自分たちを拘束し続けられるとは微塵も考えていない為にあるものだ。付き合うだけ付き合って、無理だと判断すれば実力行使で逃げれば良いと考えている。
それぞれの視線を受けながら、ミレイユは小さく首を傾げ、考えを整理しながら口を開いた。
「オミカゲとやらに会えないかと思ってな……」
「オミカゲ様に……?」アキラが怪訝に言った。「捕まっても会えないと思いますけど。いや、捕まってなくても会えないとは思いますが……」
「そうだろうな、奥宮を見に行った時も外の警備は厳重そうに見えた。当然、中の警備はそれ以上で、侵入する事も容易ではない」
「あの時、そんなこと考えてたんですか……」
アキラは呆れと怯え、その両方を表情に乗せて呻くように呟く。
そこへ被せるように、外した手錠を弄びながらユミルが言った。
「試してみないと分からないけど、無理ってコトもないと思うのよねぇ」
「仮に可能だとしても止めて下さい。不敬ってレベルじゃないです」
アキラは必死の形相だった。ユミルに詰め寄り、血走った目を向けている。予想以上の迫力に、ユミルも思わず頷いた。
「まぁ、いいけど。別にこの子も、やれとは言わないでしょうし」
「それって、やれと言われたらやるって意味ですか?」
「そりゃそうでしょ、やれと言われたらやるわよ」
「何でですか、おかしいでしょ……。そこは断固として断ってくださいよ」
「……それで?」ルチアが小さく咳払いをした。「どうして捕まる事でオミカゲ様とやらに会えると思ったんですか?」
脱線が酷くなってきたところでルチアが話の水を向けて、それにミレイユも乗っかる事にした。
「あの阿由葉結希乃という奴がな、勅を持って動いたと言っていたろう」
「そうね、大宮司という誰かから貰ったらしいわね」
「因みに、その大宮司というのは何者なんだ?」
ミレイユがアキラに顔を向け、それで全員の視線が集中する。
アキラはその視線の圧に怯えながら、あまり詳しくないんですけど、と前置きした上で続けた。
「御影昇日大社っていう大きな神社がありまして、そこの宮司様の筈です」
「神宮とはまた違うのか?」
アヴェリンが聞くと、アキラは難しい顔で頷いた。
「ええ、神社の格とか奉る神様によって、その名前が変わるんです。神宮というのは神様が住む場所とか、そういう意味があって、大社は何とといいますか……企業の本社みたいな意味です。つまり、他の数ある御影神社の代表で、他神社から比べて最も格式高い神社、みたいな……」
「どうも歯切れが悪いが……ふむ、数が増えれば代表が必要になるのも当然か」
「ええ、つまり全国にある御影神社にも宮司様がいて、そしてその代表が大宮司様という事です」
なるほど、とミレイユが頷き、腕を組んで目を瞑った。
「そして、その大宮司は神の威を借りて勅を出せるという訳か」
「そうだと思います。もちろんオミカゲ様の威を借り受ける訳ですから、簡単に使える訳ないと思います。オミカゲ様は不正や不義を許しませんので、私利私欲で使うなんてないと思いますし……」
「ふぅん……?」
ユミルが疑わしい視線を向けたが、それ以上言う事はなかった。
ミレイユもまた疑わしく思うが、敢えて口にしない。続けてアキラに聞いてみる。
「それで、その大宮司の名前は?」
「……いやぁ、知りません。というか普通、宮司様の名前にまで興味持たないですし……」
「まぁ、それもそうか……」
その返答にはミレイユも納得したが、しかしアキラは、ただ……、と言葉を濁して続けた。
「とても長生きしている女性の方だそうです。オミカゲ様の不老長寿の加護を得ているという話も聞きます。ただ、正確な年齢は誰も知らないそうです」
「正確な年齢も知らずに、どうして長生きだと分かるんでしょうね?」
ルチアは疑問の中に冷笑を浮かべて言うと、アキラも困ったように笑った。
「そこは……まぁ、多分百年とか生きてるところから、色々尾ヒレがついた話になったんじゃないでしょうか」
「誰も正確なところは知らないのに?」
「ある程度ゴシップ的なところありますから。ただやっぱり、金も地位もある人は不老不死に興味を持つみたいで、日本と言わず世界からも接触を受けるという話もあります」
「結局、それもゴシップの範囲を抜けないんでしょ?」
「それも、えぇ……そうなんですけど」
ユミルが言うと、アキラはそれにも困った笑顔で頷いた。
長らく病もなく健康で、怪我も早く治ってしまうという権能がオミカゲにあるというのは事実だ。それ故に、そこから更に踏み込んで不老不死になる方法があると考えるのは、むしろ当然の流れのように思える。
神と接触できないなら、それに最も近い人物に会いたいと思うのも、また自然な事なのだろう。
しかし、仮に長命になる手段があるにしろ、その秘密を漏らすとは思えない。不正や不義を嫌うという神の大宮司というなら、尚の事だろう。
そこでまた、ルチアが話の流れを戻してくれる。
「それで結局、その大宮司がどうかしたんですか?」
「いや、大宮司自体は問題じゃない。阿由葉は勅を受け取ったと言っていたろう、それも二回。しかも二度目は神からの勅だと、はっきり断言していた」
「……そういえば、そうでしたね」
「神との対面は、常人には無理だというような話も聞いたわね」
ルチアが頷き、ユミルも同意して補足するように言葉を足した。
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