追逃走破 その6

 結界を抜けると一気に喧騒が帰ってきて、自分の目の前を自動車が通り過ぎていった。

 それを目で追いながら、もしや間一髪というやつだったのでは、と思い直す。改めて自分の立つ位置を見てみれば、そこは車道の真ん中だった。隠蔽されたユミルの存在に気づかず、車が次々と通り過ぎていく。


 ユミルは車に注意しながら場所を移り、車道の端まで行くとスマホを取り出す。

 今は一先ず巻いたとはいえ、救出する小隊を一つ置いて、残りは追ってくるよう指示を出していても可怪しくはない。

 素早く現在位置を確認し、ユミルは走り出す。


 背後を振り返ってみても追ってくる様子はないが、結界の中の様子など分からない。今にも飛び出して来る可能性を考え、足に魔力を多く割いて埠頭を目指した。




 ユミルは埠頭の入り口に立ち、辺りを見渡した。

 日は暮れ初め、取引時間まで残り一時間といったところ。アヴェリン達が先に着いているのかどうか、ここからでは分からない。


 何しろ埠頭は広い。

 出入りに使われる道とて一つではなく、細かいルートを決めて走った訳でもなかった。ここにアヴェリンの姿が見えないからと、先に着いたと楽観は出来なかった。


 それよりも、何より優先すべきは取引場所を抑える事だ。

 そも取引を成立させない為に動く必要があり、そして単にメンツを潰したいという理由で妨害する。ハッキリ言って馬鹿らしい理由だと思うが、やってる事は楽しいので文句はなかった。


 取引場所はどこかの倉庫である事までは吐かせたが、更に詳細な場所は側近中の側近にしか伝えられていなかったらしく、それ以上はどうしようもなかった。


 ユミルは改めて辺りを見渡し、倉庫のある方へ目を向ける。同じような建物が並んでいるせいで、やけに分かり辛い。だからこそ、この場所を選んだのだろうが、いざ捜そうと思えば実に骨だった。


「まぁ、まさか近くに車を停めているなんて、馬鹿な真似をしているとは思えないしねぇ……」


 溜め息一つ吐くと、ユミルはとりあえず端から調べてみる事に決めた。




 探すといっても、まさか手あたり次第に入り口を開けていく訳にもいかない。

 そこでユミルは生命力を探知する魔術を使う事にした。術者の力量にも寄るが、ユミルならば半径五十メートル以内の生命なら、それをシルエットとして視界に映すことが出来る。


 これは文字通り、命あるものなら何でも反応してしまうので、虫やネズミなどの小さな生命までも反応してしまう。見たくないものまで見えてしまう可能性があるので、あまり使いたくない魔術なのだが、この際我儘も言ってられない。

 そして何より大きい利点として、これはどれほど分厚い壁だろうと、範囲にある者なら全て見えるという特性がある。


 壁の外、あるいは屋根の上からでも探すことが出来るので、非常に便利な反面、ワサワサと動く何かを見つけてしまう事になる。

 ユミルは覚悟を決め、魔術を制御し行使する。


「あーあ、ヤダヤダ……」


 そうすると、やはり想定していたような光景は見えるものの、予想よりもずっと少ない。倉庫内を清潔に保っているせいなのか、それともこれがこの世界の普通なのか判断に困った。


 倉庫内で動く影は幾つもある。

 何か搬入した物を片付けるような動きを見せるのは、倉庫内作業員だろう。これはヤクザとは違う気がする。


 ではどういう動きが適切なのか、と言われたら、何もせずに座っていたり立っていたりする影が該当するのかもしれない。しかし、倉庫内の仕事を知らないユミルとしては、それだけで判断して良いものか迷ってしまう。


 ユミルは握った拳に親指だけ立て、下唇に押し当てながら難しい顔で唸った。


「んー……。まぁ、まだ取引時間には余裕ある筈だし……」


 ユミルは跳躍して倉庫の屋根に乗ると、上から全て一通り全て調べていく。それらしい影は見えないが、かといって調べる倉庫の悉くに確認できないと、らしくない影すら怪しく思えてくる。


 まだ到着していないだけ、という可能性も勿論考慮していた。倉庫内ではなく、どこか別の場所に停めた車で時間まで時間を潰しているのかも。

 そうなると探すだけ無駄だと思うのだが、最後の一つまで調べたところで、不審な影を発見する事ができた。


 二人が壁際で休めの格好で直立し、少し離れて一人が同じ場所を行ったり来たりしている。

 時折苛立たしげに片手を振ったりしているのは、もしかしたら待ち時間まで落ち着けずにいるからなのかもしれない。


「これは……アタリかしらね?」


 ユミルが倉庫入り口に降り立つのと同時、ユミルの後ろを黒いバンが通り過ぎていく。こちらの馬車は馬を使わない代わり、とにかく種類が多く車種も分かり辛い。

 だが車の背面に両開きのドアが着いていて、そのガラス窓部分が鏡のようになっているのを不思議に思った。


 思っただけで、別にどうこう言うつもりもない。しかし、ああいう車種が倉庫で使われる車として妥当なのかは疑問に思った。


 ユミルは構わず倉庫の入り口に耳を当てる、中の会話が聞こえないかと期待したが、くぐもった音が聞こえるだけで判別するのは難しい。しかし何か怒鳴り散らしているのは理解できた。

 中にいるのが果たしてヤクザなのか、それとも新人教育でもしている最中なのか、判断する必要があった。


 音を拾う魔術があって、聞き耳を立てるには役に立つのだが、弱点もある。集音性が悪く、とにかく周囲の音を拡大させるので、騒がしい場所や大きな音が立つ場所では逆に聴き取れない。

 この場で使うというには、少々そぐわない魔術だった。


 とりあえず中に入って事実を確認してみようか、とユミルは黙考した。

 もし間違っていれば記憶を操作してしまえば済む話だ。しかし、それがヤクザであったなら、少し厄介な話になる。

 取引の邪魔をするというなら、双方が揃った時に狙うのが良い。一網打尽という言葉もある。


 しかし、ここでヤクザと鉢合わせしてしまうと、制圧は簡単でもその後の取引に齟齬が出るかもしれない。物品さえ確認出来れば、あるいは来たのが取引相手だと確認できれば、後はやはり奪うだけなのだから、そう難しく考える必要も――。


 そこまで考え、ユミルは突入する事を決定した。

 一応見える範囲で背後を窺い、アヴェリン達が来ていないか確認する。やはり姿が見えないが、ユミルのように倉庫の屋根を伝って来ているなら見える筈もない。


 左右へ素早く視線を巡らせ、やはり誰の姿も見えない事を再度確認すると、一つの準備の為に魔術を準備する。


「念には念を入れて、ね……」


 制御を終えて自身に向かって解き放つと、ユミルは倉庫の入り口を薄っすらと開いて、その間へ滑るように入り込んだ。


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