追逃走破 その4
小隊のリーダーは、それぞれ未だ年若い少年少女だった。
少女の方は先程の阿由葉とよく似た顔をしている。髪型も違うし目元に甘さが伺えるが、姉妹だと言われれば納得してしまう程には良く似ている。
少年の方はがっしりとした体格で、背も高く横にも広い。肥満という訳ではない、筋肉量に寄るものだろう。誰もが似たような姿形をしているが、この者が着ていると途端窮屈に見える。
その彼らをサポートするように、あとに続く三人が一拍の距離を置いて追従していた。小隊の中に一人は支援係がいるらしく、それぞれのリーダーを補助する魔術をかけている。
掛け終わった者は戦闘の邪魔をしないようにか横へ逸れて離脱していく。他の者はアヴェリンに向かって攻勢魔術を構え、あるいは妨害、能力低下の魔術を仕掛けていた。
――なるほど、良い連携が取れている。
アヴェリンは口の端に笑みを浮かべ、過小していた評価を上げる。小隊として動く以上、個人の能力よりも群として動く事を念頭に置いた戦闘設計。それが彼らの強みで、そして小隊同士を重ねて強敵へ挑むのが彼らの戦術だと理解した。
しかし、世の中にはどれだけ小手先を並べても無駄にする、圧倒的戦力というものが存在する。
一つ教育してやるつもりで、アヴェリンはまた一歩足を踏み出した。
少女の手には刀が握られているが、少年の手に武器はない。
代わりに大振りな籠手が装備されていた。拳から肘までを盾として用いるつもりらしく、その二つを眼前でかち合わせて盾とするつもりのようだ。
そして防御が叶えば、そこから攻勢に移るという算段なのだろう。
少女の方が一歩分遅れているのは、その連携の為か。
籠手と全身を防御に回し、その動きを止めたところを一刀で持って斬り落とす、そういう作戦であるのかもしれない。
「――面白い、止めてみろ」
アヴェリンは両手に力を込め、次いで足にも力を込める。
アスファルトは踏みやすいが、同時に脆くもある。込める力の分配を誤れば、簡単に足が突き抜け埋まってしまう。
アヴェリンは細心の注意を向けながら制御を続け、そして背後に意識を向ける。
言いつけ通り背中へ貼り付くように追い縋っているアキラを確認し、最後の一歩を踏み出した。
その足が最後にアスファルトを蹴り出す、その一瞬。少年が裂帛の気合と共に叫んだ。
「ここで必ず止めてみせる……ッ!」
アヴェリンの口の端に浮かんでいた笑みが、一際深くなる。
地を蹴る寸前だったその爪先が、蹴り込む衝撃と共に離れた。
――そして、直後に起こったのは爆発だった。
火薬のような火を伴う爆発ではない。
純然たる衝撃の爆発だった。踏み込みの瞬間、上げていた両手を広げ、鋏を閉じるかのように動かす。その瞬発的な前進と同時に起こったその動きが、更なる複雑な気流の乱れを生む。
それが衝撃の正体だった。
二人とその後ろに続いていた者たちは、悉くその衝撃に飲まれ吹き飛ばされていく。最も前方で盾役として動いた少年も、その一歩後ろで攻撃を計っていた少女も、全て丸ごと成すすべなく飛んだ。
そしてアキラもまた、巻き込まれて飛んでしまった。
少年少女たちの悲鳴に混じり、アキラの声も聞こえてくる。ぴったり貼り付けという指示を、最後の最後で臆して緩めてしまったに違いない。
足の蹴り込みが怖くて貼り付けないのも分からないではないが、そうでなくては後方に流れる衝撃波を、アキラもまた受ける事になってしまう。
その説明をする暇がなかったとはいえ、巻き込まれてしまったアキラを不甲斐なく思う。
覚悟あってアヴェリンの前に立った少年たちとは違い、アキラにとっては完全なる不意打ちだったろう。
少々足を緩めると、吹き飛ばされたアキラが丁度よい按配で、アヴェリンに向かって錐揉み回転しながら落ちてくる。
速度を調節して捕まえると、自分の肩にアキラを担いで、同じ様に地面へ墜落していく者達の音を聞きながら、そのまま走り去っていった。
アキラは気絶していなかったらしく、何歩も進む事なくうめき声を上げた。
聞くなり身体を持ち上げて、体制を立て直すに十分な時間を確保できるよう、高く放り投げる。放物線を描きつつ、空中で態勢を整えたアキラは不格好に着地して、何とかアヴェリンの後を着いて来た。
しかしただでは済ますまいと、恨み言まで一緒に着いてくる。
「何で嘘吐くんですか、思いっきり吹き飛ばされたじゃないですか」
「嘘など吐くものか。お前が私の背後に着いて来ないのが悪い」
「着いて行ってましたよ! でもあんなブーストダッシュされて、その直後まで寸分違わず着いて行ける訳ないじゃないですか!」
そう言われて、ああ、と納得した声を出してしまった。
横に着いたアキラが恨みがましい視線を向けてくる。言われてみれば、確かにアキラがアヴェリンの最高速度に着いて来れる筈もなかった。
出したのは一瞬だったとはいえ、その一瞬を取り残されたなら、その衝撃は避けられなかった筈だ。しかしアヴェリンの背後でもあった為に、その被害も最小限、こうして何事もなく走っていられる。
ならば問題ないという事だ。
アヴェリンは直前まで迫った結界の境を見て、アキラに目配せする。
アキラも今だけは恨み言を置いて、結界の前で立ち止まる。トットッ、と軽快なステップで足を止めると、念の為手を伸ばして問題なく通過できるか確認した。
ルチアを信用しない訳ではないが、もしも失敗してたら結界に阻まれて顔面を強打するでは済まない事態になる。
指先が問題なく沈み込み、手首まで差し込んだ辺りでアキラが声を掛けてきた。
「師匠、そこ車道ですから、そのまま出ると車と衝突するかもしれませんよ」
「……そうだな」
ここまで車道を走って来たのだから、当然、そのまま出ていけば車と
アキラに先導させる形で歩道まで移動し、そこから改めて結界を越えた。
結界から出ると、一気に喧騒が帰ってきた。
静寂の中にあったからこそ、その喧騒は耳に煩く思わず顔を顰めた。
歩道に突然現れた謎の二人組も周囲の人間は認知しておらず、ぶつかりそうになっているアキラを引き寄せて車道に出た。
こちらも常に安全という訳ではないが、歩道寄りを走っていれば、そうそう車が邪魔になる事もない。
アヴェリンは顎をしゃくって着いてくるように示した。
「すぐにでも追手が来るかもしれない。急ぐぞ、目的の埠頭まではこの道を進めばいいのか?」
「ええ、はい。大丈夫の筈です。ここからはスマホを見ながら道を伝えますので」
「ならば良い」
アキラがスマホを取り出すのを見て、アヴェリンは走り出す。慌ててアキラも着いてくるのだが、顔を歪めて既に息がバテ気味だった。
「だらしないぞ、まだそれほど走ってないだろう」
「そうは言ってもですね、僕はずっと全速力に近いペースで走ってて……」
「お前は一歩が小さい、細かく刻んで走りすぎる。もっと大股で……そうだな、筋力で走るんじゃなく、魔力を足に伝えて走るんだ」
言われるままに実践してみるアキラだったが、こちらは慣れない走法の為か、すぐにガタが来た。先程までは精々額に汗が浮く程だったのが、今では滝のように流している。
慣れない魔術制御はそれだけで重労働だから、鍛練不足によるものだろう。
「師匠、これキツいです……!」
「ああ、慣れればそちらの方が長く早く走れるし、運用次第じゃ先程の私のような使い方も出来るから覚えるべきだが……」アキラの顔色を窺い、顔をしかめる。「それは別の機会にした方が良さそうだな」
「そうでしょうね、絶対そっちの方がいいです……!」
しかし一度失ったスタミナを回復させるのは、今のアキラには難しい。アヴェリンを含めた他の面々は全速力で走った後でも、速度を緩めて走ればそれだけで回復出来るのだが、それを今のアキラに求めるのは酷かもしれない。
アヴェリンは万が一の為に常備している水薬を、個人空間から取り出してアキラに渡す。
「スタミナ回復の水薬だ。追いつかれる可能性を思えば、足を止めて休む事も出来ん。さっさと飲んでしまえ」
「あ、ありがとうございます」
優しさの裏に何かあると疑う表情で、アキラは水薬に口を付けた。
完全に疑う癖がついたアキラを疎ましく思うと共に、そのように育ててしまった自分に責があると自戒すべきか迷う。
そうしている間に、アキラは水薬を飲みきったようだ。
空になった瓶をポケットへ丁寧に仕舞いながら、劇的に回復した肉体に安堵の表情を見せている。それからスマホを確認しては、指を左に向けて交差点を曲がるよう指示してくる。
アヴェリンは車をまた一台追い抜きながら、その指示に素直に従い道路を曲がる。車なら一時停止するような場合でも、アヴェリンは飛び上がって街灯に手を回し、振り子の棒のように利用して制動しながら曲がっていく。
アキラも真似をして同じように速度を落とさず着いて来ているようだ。
再び二人が並んで走り始めた時、アキラは不安を滲ませた声音で言ってきた。
「今更だろうと思われても、何度だって言いたいんですけど、ヤクザなんて相手にして、本当に大丈夫のつもりなんでしょうか……」
「なんだ、相手は山賊や野盗の類いなんだろう?」
「似てますけど、同じじゃないですよ。手口は巧妙化していると思いますし、社会の中で生きる都合上、その都合の悪い事を仕掛けてきたりするって聞きます。斧持って襲ってくる訳じゃないんですよ」
沈んだ声をさせながら、しかしアキラも慣れたもので、横から突っ込んで来る車を飛び越えて走り続ける。
だが、そんな声を聞いても、アヴェリンの信頼は揺るがない。
「巧妙化というなら、こちらでも似たようなものだ。山賊だからといって山にばかりいないし、町中でも恐喝、暴力、拉致、好きな事をやっていた者たちもいる」
「それも勿論ありますけど、そうじゃないんです。反撃されたら、それを絶対許さない執拗さのようなものもあるんです。目を付けられちゃいけないし、付けられたらお仕舞みたいなものなんです」
「それならやはり、同様ではないか? 似たようなものだ、反撃して山賊一つ潰そうものなら、周囲の山賊全て敵に回したしな」
「既に回した経験あるんですか……」
アキラが呻いて眉根を寄せたのと同時、二人は車を飛び越え、信号を無視して前進していく。
「ああ、狩った数も増えたせいでな。山賊だけでなく野盗も含めて、私達を殺す為の連合を組んだ。縦へ横へと繋がりを増やして、最終的には百を超える同盟が出来上がっていたな」
「それで……どうしたんです」
「全て潰した」
事もなく、動物一匹狩ったような気楽さで口にした。
そのせいかどうか、アキラは引き攣った顔を更に歪める。アキラは良くこちらの常識を履き違えて畏怖するが、今日のところもそのようなものらしい。
実際これはアヴェリンにとっても誇らしい出来事で、山賊に身をやつしたとはいえ力量を持つ者どもは数多くいた。あの山賊狩りの毎日は、アヴェリンの人生を輝かしく彩っている。
「ユミルがいたからな。一度襲えば、そこから必ず次へ繋がった。山道と言わず、人里近い道の上でも襲われもした。だが必ず住処へ逆襲して、それを連日、繋がりを断ち切るまで続けた」
「連日……」
「眠る暇もないとはこの事かと思ったものだ」
「絶対違うと思います」
アキラの顔は相変わらず引き攣っていたが、アヴェリンにとってはどうでも良かった。
強敵も弱者も、等しく肉砕き、骨砕く事に邁進していた、あの日々を思い出す。
「泣きを入れ、詫びを入れる者も出たが、結果はいつも変わらん。甘い顔を見せれば付け上がる。ミレイ様はそれを良くご存知だ。周辺国も含め、数多くの山賊団がいなくなり、最終的には山賊やるなら先に首を捨てろと言われるまでになった」
「それ……師匠達の影響ですか」
「間違いなくそうだろう。お陰で治安は良くなったそうだぞ、私達の評判は……良くもあり悪くもありだな」
アキラは感嘆めいた溜め息を吐くと同時に、明らかに変人を見るような目でも見てきた。
アヴェリンは安心させるようにアキラへ頷く。
「だから安心しろ。敵に回すヤクザの数がどれだけ膨大だろうと、その首全て叩き潰してやる。もしミレイ様がそのように決めたなら、必ずそうなる」
「とんでもないこと聞いちゃったな……」
アキラが明らかな後悔の念を浮かべている時、前方に埠頭が見えてきた。
ここから取引現場となる倉庫とやらを探さねばならないのだが、その辺についての考えはまだ聞いていなかった。
だが先にユミルとの合流を急ごうと、アヴェリンは足を早めた。
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