対立 その4

 会計が済むまで店の外で待っている事にしたのだが、しかしこれは少々外聞が悪かったかもしれない。単純に外見だけの話で見れば、まるで中学生に集る大人の構図になってしまう。

 いつだったかルチアに会計を任せてから、すっかりルチアに財布を預ける事が定着してしまったが、これは見直すべきかもしれない。


 あちらの世界では、会計の多くはミレイユが行っていたので、それに直せればいいとは思う。

 しかし、とアヴェリンへそうと分からないよう視線を向ける。


 現状のようにミレイユが上に君臨して命令を下すような体制を好ましく思っている彼女からすれば、ミレイユが会計を進んで行うのは拒否されるかもしれない。

 そんな事をツラツラと考えていると、ルチアが店から出てきた。


「お待たせしました」

「いいや。じゃあ、行こうか」


 ミレイユが道の先を示して歩き出す。

 いつもの定位置、右斜め後ろにアヴェリンが着き、その隣にルチアが並ぶ。そしてその後ろにユミルとアキラが続いた。


 そうして歩き始めてすぐ、そういえば、とルチアがミレイユに声を掛けた。


「相手側から接触があれば、とか言ってたじゃないですか。あれってどこまで本気だったんですか?」

「どこまで? どういう意味だ?」

「つまり、話し合いをして対等な条件を引き出すつもりだったのか、それとも武威にものを言わせた交渉をするつもりだったのか、って事です」


 アキラが引き攣った笑い声を出した。冗談を言っただけ、自分は何も知らないという声だ。実際、神の御膝下でするような話ではない。


「相手の出方次第だが、対等というのは有り得ない」

「あら、そうなんですね。波風立てたくないっていうのは、お互いの見識だと思ってましたけど」

「それは確かだが、今回オミカゲはカードを一枚切ってきた。……実際には二枚かな。見つかる前提で伏せ札を置いて、見つからなくてもそれでいい、という思惑で用意していた」

「あぁ……、八房さんと刀ですか」


 ミレイユは頷く。

 実は他にも用意していたものがあったのだろうと思う。見つかる前提で用意していた伏せ札が、本当に一枚だけと考えるのも愚かだろう。

 しかしそもそも見つからなくてもいいという考えだから、機会があれは――あるいは作って見せる用意もあるかもしれない。


「ちゃんと八房様にも様付けして下さいよ……」

「あら、ごめんなさい」


 思わず出たアキラの苦言にも、ルチアは殊勝な態度で小さく頭を下げた。

 相手がどういうものであるにしろ、信仰に対して真摯に向き合う人を貶すような振る舞いは正しい行いとは言えない。


「まぁ、それはともかく、これで相手の事がだいぶ知れた」

「……知れましたかね?」


 この言葉はミレイユを除く全員の総意だろう。

 何を知っているのか、何を知る事が出来たのか、それを知りたいと思っているに違いないが、証拠もなしに言い出せば頭の可笑しい人だと思われるだろう。

 特にアキラからの強い反発は大いに予想できた。


 それでという訳でもなかったが、ミレイユはルチアへ声を掛ける。


「オミカゲが真実の意味で神であるかどうか、お前はどう思う」

「そうですね……分からないというのが本音ですが、少なくとも私達の知る神とは違うのかな、と」

「うん……」


 ミレイユは続きを促すように手を振った。


「世界が違えば神も違うと言えばそれまでですし、本来マナのない世界にマナの生成地を作っている辺り、神らしい事をしようとはしてますが……」

「でも、違うとも考えてるワケ?」


 ユミルが口を挟んで、ルチアは頷きと共に顔を向けた。


「それは、まぁ……。やってる事を見れば熱心に信仰を集めているように見えるんですけど、でもそれなら余りに神威が希薄なんですよね」

「あ、それアタシも思った」


 ユミルが人差し指を向け、隣のアキラは慌てたように話に混ざる。


「それ、どういう意味ですか。オミカゲ様の体調が悪いとか、そういう……!」

「馬鹿ね。神の不調なんてあったらアンタ……いや、そうよね、有り得るのよね」


 鼻で笑い飛ばそうとしたユミルだったが、自分で言った言葉に何か思いついた事があるようだった。腕を組んでは片方を顎下まで持ってきて、返した手の甲に乗せて考え込む。


「信仰を自分の神威に変えてないのかしら。本来有り得ないけど、そもそもこの世にマナはないんだから……」

「何が分かったんです?」

「ちょっと黙って。……そうよ、電線を伝う魔力も、変換されるマナがないと不可能じゃないの。それをもし全土に渡って使っているなら……」


 ルチアはその推論に同意した。


「そうです、使っているのは病気や怪我の治癒も同様でしょうから、決して電線に回すものだけじゃないでしょう。あるいは、マナの循環を擬似的に行っている……?」

「信仰という願いの力は、神を強め、神威を高める。神はその為に信仰を集めるものでしょ? それをせずに、集めた信仰を世に還元している、のかしらね……?」

「でも何のために? どんな利益があるんでしょう? 得もなしにやりませんよね、そんなこと」


 ルチアが疑問をそのまま声に出して、ミレイユの方へ伺うように顔を戻した。

 しかしミレイユは、おそらく正解を掴んでいながら返事をしない。ただ肩を竦めるに留めた。

 そこに我慢できなくなったアキラが声を被せる。


「じゃあ、オミカゲ様は私利私欲で信仰を集めている訳じゃないんですね?」

「仮に毎日あれ程の信仰を集めているなら、あの程度の神威しかないのは不自然です。千年ぐらい前からいる神なんでしょう? 今の態勢を整えるのに何年掛かったかしらないけど、仮に百年前と仮定しても低すぎます」

「ある程度、使えば減るようなものだから、単純に時間で考えるのも危険だけどね。だけど、それを差し引いても低すぎるのは同意するわ」


 じゃあ、とアキラの顔が晴れやかに変わる。


「民を思っての行いと思っていいんですか? 捧げられた信仰を世の病気や怪我を治す為に、巡り巡って使われていると」


 アキラが顔を輝かせ安堵した仕草、ミレイユの横顔を覗き込む。


「ミレイユ様はこれを知っていたんですか? だから信じていろと言ってくれたんですね? だったらそうと言ってくれたら良かったのに……!」

「そのとおりだと、お前を安心させてやれたら良かったんだが。そうとだけも言えない」


 え、とアキラの顔が曇った。


「巡り巡って信仰の力を使い、癒やしているのは信仰を得る為だ。つまり撒き餌だ。本来の使い道は電線に通す魔力の方だろう。そして、それの利用方法は……」

「結界……」

「うん。ここで最初の問題に返ってくる。果たして結界の使い道は、魔物を封じる為か、それとも蠱毒の為か」

「……どっちなんです」

「そこまで私が知るか」


 アキラが情けない顔をして、情けない声を喉の奥から漏らした。

 ミレイユは顔を横に向けて笑う。


「結局、色々考えたところで最初に立ち返っただけに過ぎなかった。だからお前も、今のところは最初のままの気持ちでいろ。……仮に後悔するにしろ、そう悪い事にはならないんじゃないのか」

「一体、何を知ってるんです? 何が分かったんですか?」

「何一つ証拠を見せられないから、言ったところで信憑性がない。教えた所で何故と訊かれても答えられない、私が聞きたいくらいだ。だがこれは、私だから、私でなければ分からない類いの問題だ。……気を持たせる事を言ってすまないが、今はこれしか言えない」


 アキラの表情は明らかに不満を見せていたが、それをアヴェリンが側頭部を殴る事で正された。


「何を不貞腐れた顔をしておるか。お前には何一つ知る権利がないと言われた訳ではないし、本来ならそう言われて当然だと理解しろ。証拠がなくて無理というなら、見つかれば開示してくれるという事だ。感謝して頭を下げるところだぞ、ここは」


 アキラは愕然とした表情でミレイユを見つめる。ミレイユは再びちらりと横顔を見せて、小さく頷いた。


「すみません、また僕は馬鹿な事を言って……!」

「私の言い方も悪かった。どうも素直に物を言うのが苦手でな」

「ミレイ様が謝る事ではありません。汲み取って話を聞けない、こいつが悪いのです」


 アヴェリンが断固として言って、アキラへ威嚇するよう眉間に皺を寄せた。

 アキラは恐縮しきり、それで一歩下がって下を向く。そのやり取りに小さく笑ってミレイユもまた視線を前に戻した。


 さて、と明るい声を出してルチアがポンと手を叩く。

 重苦しかった空気を切り替えたかったので、これには正直助かった。


 ミレイユはルチアの方に顔を向けて、どうした、と聞いてみる。

 ルチアは明るい表情を崩さぬまま、笑みを浮かべて問いかけてきた。


「ところで、後を尾行いて来てる人達、どうするんですか?」

「予定が出来たって言ってたの、アレのコトなんでしょ?」


 ユミルも理解の色を示し頭を向ける仕草をしたのを見て、アキラがギョッとした様子で顔を上げる。


「いま僕たち、誰かに追われてるんですか……!?」

「そのぐらいの事、気配で分かれ。お前ももう、素人じゃないだろうが」


 アヴェリンから鋭い叱責を向けられ、アキラは眉を八の字に落とす。抗議めいた声を出しながら、肩を小さく窄めた。


「でも、そういう技術は教えてもらってないじゃないですか……」

「敵意ぐらい敏感に察知できずにどうする。分からん方が疑問だ」


 アヴェリンの理屈は強者の理屈で、それではアキラに伝わるまい。

 とはいえ、今回の相手は明らかに敵意を見せつつも、怯えも滲ませるという不自然さだ。だから、その程度の違和感には気づいて欲しいとも思う。


「攻撃が伴うようなら、アキラも少しはマシに察知するだろうさ。……しかも、相手は素人だ。その程度、本来なら相手にしてやる必要すらないが……」

「そうよね」ユミルが首肯して腕を組む。「つまり神宮からの関係者というワケでもないんでしょ?」

「そう思う。神宮関係なら、あの程度の小物を使う必要はないし、逆にそうでないなら敵意を持って尾行される理由が見つからない」

「あの騒動で私達を見た野次馬という線も、それで消える訳ですね」


 ルチアが理解を示して頷いて、それでアキラは尚のこと落ち着かない様子で左右を見渡した。


「だったら、その……逃げるのが一番なんじゃないかと。一度騒動起こした訳ですし、そのすぐ傍でまた……というのもどうかと思いますし」

「お前は何故そうも弱腰なのだ……」


 アヴェリンが呆れを滲ませた声音で言えば、アキラは反発するように声を上げた。


「ここが神様のお膝元だからですよ……! そんな場所で暴力沙汰なんて、どうにかしてます」

「なにも暴力行為を働くとは言ってないだろう」

「――あ、そうなんですか?」


 明らかにホッとした様子を見せたアキラに、ミレイユが安心させるように声を掛けた。


「相手が何もしないなら、こちらから何かする事はない……多分」

「多分? いま多分って言いました?」

「次の路地を曲るぞ。中道に入って、来た奴を締め上げる」

「何でです? 話を聞くだけなんですよね? 締め上げる必要あります?」


 アキラの必死の説得は誰の耳にも届かなかった。

 ミレイユの指示で言うとおり路地を曲がり、そして来た者たちを正面から見据えた。

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