対立 その5

 路地内は民家の連なる道だった。車が二台、ギリギリで通れるだけの幅しかないが、建物の高さも二階建て、暗い雰囲気はない。視界を遮るようなものもないので、入る者も出る者も良く見える。

 まだ陽も高く、影も路地の半分程しか覆っていない。鳥の鳴き声もなく、車の走行音も遠く、不気味なほどに静かに思えた。


 そこへ、男達が足音を忍ばせ――実際はそのつもりで足音を立てながら路地内に入って来て、そして待ち構えるミレイユ達に動揺して動きを止めた。

 そこからもまた素人臭さが伺える。


 最も先頭にいるのは柄シャツを着た痩せ型の男で、怯えた様子を見せつつも歩幅を落として近づいてくる。

 男達の数は五人、履いてる物はスラックスのように見えるが、その上に着てるシャツは誰も色が違う。大抵は単色で、より派手な色を使うには地位が必要とでも言っているかのようだった。


 お互いの距離が五メートルまで近づいたところで、男達は足を止めた。後ろに控えている男達ほど血気盛んのように見受けられるが、それとは反対に柄シャツの男の顔色は青かった。

 男が口を開く前に、ミレイユが先制して口を開く。


「……それで? 私達に何の御用かな。サインが欲しいなら色紙を出せ。だが握手はなしだ」

「いや、そうじゃねぇ……」


 汗をコメカミから垂らして、呻くように言った男に、ユミルは呆れた声で見下した。


「ユーモアのない男ね」

「こっちに余裕もないんでね……。あんたらに話がある」

「そうでしょうとも。じゃなきゃ、今頃アタシが全員にサインしてるところよ」


 小馬鹿にして肩を竦めたユミルに、アヴェリンが顔だけ向けて叱責した。


「いいから黙ってろ。手早く済ませたいだろう」

「ま、そうね」


 素直に頷いて、ユミルは敢えて一歩下がって見せた。ここからは口出ししない、という意思表示だろう。それを横目で窺いながら、ミレイユは帽子を下げたまま、顎をしゃくって続きを促した。


「病院送りにされた男の話だ」

「ああ、また、その手の話か……。お前も、お前らも、その意趣返しに来たという話か? だったら少しばかり人数が足りないんじゃないのか」


 十倍揃えたところでミレイユ達を止める事はできないだろうが、やる気だけは伝わる。しかし男の怯えた表情は、最初から挑むことを無謀と捉えているようにも見えた。

 ならば、暴力的手段での報復が狙いではないのか――。


「ああ、下手にあんたらに手を出しちゃマズいのは分かってる。神宮相手に喧嘩売る馬鹿はいねぇ。だが、あんたらが病院に送ったのはウチのボスの息子だ。分かるだろ? 泣き寝入り出来ねぇのよ、こっちも」

「神宮云々はよく分からんが、なるほど。あの調子に乗ってた馬鹿は、ヤクザの子か」

「ああ……まぁ、そうだよ。だから、こっちもやる事やらなきゃ面子が立たねぇ」


 ユミルが鼻で笑い何かを言おうとして、アヴェリンが鋭く視線を向ける。それで結局何も言わず、咳を一つ零した。


「だから着いて来て、詫びの一つもさせようってな。治療費出せだの慰謝料よこせだの、そうやって大金要求するのが普通なんだぜ? ヤクザ怒らせたら、そんなモンじゃ済まねぇって分かるだろ? 素直に着いてきてくんねぇかな」

「なるほど……」


 ミレイユは相手に分かりやすいよう、大きく二度頷いた。太もも辺りを指で叩いていた手を、胸の下まで持ち上げて腕を組む。

 考える素振りを見せつつ、大きく息を吐いた。


「下らない。素直に泣き寝入りしてれば良いものを……」

「だから、そんなん出来ねぇって――」

「いい加減、煩わしいぞ……!」


 男が更に言い募ろうとして、ミレイユが苛立ちを声に乗せた瞬間の事だった。

 アヴェリンが弾かれたように移動して、柄シャツの男を殴り飛ばす。ボールのように横へ飛んで行く様を、他の男達が呆然と見ていた。


 そして、それが全ての男達の命運を分けた。

 殆ど一瞬の出来事で、たった腕の一振りとしか見えない動きで男達が薙ぎ倒されてしまう。全員が昏倒して、それをアヴェリンが詰まらなそうに鼻で息を飛ばした。


「アヴェリンにリードを買ってやるべきですよね」


 最初から静かに見守っていたルチアがボソリと言って、ユミルも笑う。

 

「ホントにね。なんでそこで殴りに行くのよ」

「ミレイ様をお心を煩わせたのだぞ、必要な事だろうが」

「いや、でも何もしないって話だったじゃないですか……!」


 アキラが大袈裟に手を広げ、動揺も露わにアヴェリンとミレイユを交互に見る。

 しかしアヴェリンの態度は変わらない。ミレイユの傍に戻りながら、吐き捨てるように言った。


「このような俗物どもに従ってやる必要がどこにある。ミレイ様のお怒りも、最もというものだ」

「でも……ヤクザなんですよ!? 手を出しちゃいけない相手ですよ! 絶対面倒な事になります! 一度やったのにまだ懲りないんですか!」

「確かにアイツらは物の道理よりも、己の面子を通す事を優先する。面倒になったのは、確かに馬鹿息子を殴り倒したせいだろうが……」


 アキラは何度も首を上下させて頷いている。どうしたらいいのかと、軽いパニック症状を引き起こしているようだ。しかし、ヤクザの意味を知らないユミルは、そんなアキラの様子を不思議に見ながら首を傾げた。


「大体、そのヤクザって何なの? こいつら殴り倒したら、一体なにが拙いのよ?」

「そうだな……」ミレイユは考える仕草を見せてから、顔を向ける。「同一じゃないし、例えとして適切でもないが、山賊団のようなものだ。暴力をちらつかせて、弱いやつから金品を巻き上げるような……」

「ああ、なんだ……」

「じゃあ、話は簡単ですね」


 話を聞いたユミル達は明らかに安堵した仕草を見せた。アヴェリンは安堵以外にも落胆した仕草を見せたが、しかしそれを見たアキラは何に対して安堵しているのか分からず困惑している。


「あの、なんで皆さん、そんな……じゃあ問題なし、って顔してるんですか? 山賊みたいな奴らだったとして、何か上手くやる方法とか知ってるんですか?」

「……ん? いや、山賊と同じようなものなら、対処もよく心得ているというだけだ。奴らは確かに面倒だし、自分達より強い相手か分からず襲ってくる馬鹿だ。しかし、全員始末すれば解決する」

「始末……? 始末ってどういう意味です? 僕が知ってる始末とは違う意味だといいんですけど」


 アキラは話の端向きが変わってきた事を敏感に察知して、アヴェリンとミレイユを見比べている。アヴェリンはそれに事もなげに答えた。


「全て首を落とすという意味だ。奴らは金を溜め込んでいる事も多いからな、時にそれが一財産となる事も――」

「いやいやいや、ちょっと待って下さいよ! それマズいです、絶対マズいやつです、それは!」

「えぇ? だって、そっちの方が手っ取り早いでしょ? 逃したところで別の場所で同じ事するだけだし。心を入れ替えて、なんて期待するだけ無駄な人種よ」

「それはそうかもしれませんけど、でも駄目なんです! そういう事しちゃいけないんですよ! ここは日本で、法治国家なんですから、仮に死刑に値しても、それを僕らが勝手にやっていい理由にはならないんです」


 アキラの熱弁に気圧された訳ではないだろうが、ユミルは頷くだけは頷いた。アキラの主張がどうであれ、ミレイユがどう判断するかに掛かっている。それを良く知る面々は、視線をミレイユに集中させた。

 全員の視線を受け取って、戻ってきたアヴェリンと場所を交代する。全員の前に立って視線を合わせ、腕を組んだまま簡潔に告げた。


「方針を伝える。これから、こいつらの事務所に向かう」


 ミレイユが男達を親指で示せば、アキラが頭を抱え、それ以外が首肯を返した。


「だが、殺しも強奪も無しだ。散々に暴れて面子を潰せ。誰に手を出したか、続ければどうなるか、馬鹿どもにしっかりと教育してやれ」

「マジか……」


 アキラは頭を抱えたまま、唸るように声を出した。

 アヴェリンは意欲的ではあるものの、強者と出会えぬと悟って不満顔を見せる。


「では、これからすぐに?」

「ああ、そのつもりだ。――ユミル、あの先頭にいた柄シャツから情報を聞き出せ。事務所の場所、構成人数、他に拠点はあるのか、詫びをさせるというのが本気だったかどうかまで、全て聞き出せ」

「了解よ」


 気安く頷くのを見て、次にルチアへ視線を向けた。


「少しわざとらしく、大袈裟に動く。後を追って来る者がいるか、いたとしてどこまで接近するか、接触する意図があるかどうか、警戒を頼む」

「ああ、単なる憂さ晴らしじゃないんですね。というより、次いでだから利用して相手の出方を伺おうって事ですか」


 頷いて見せると、ルチアは多いに納得した表情でまず簡単な探査魔術を起動した。

 それを見ながら次にアキラとアヴェリンを交互に見る。


「情報を抜き出す間に、あれらを片付けておけ。道の端に寄せる程度でいい、通行する車の邪魔にならないようにな」

「了解です……」

「ハッ! むしろ言われる前にしておくべき事でした、申し訳ありません!」


 アヴェリンは腰を曲げて丁寧に謝罪したが、ミレイユは気にするな、と左右に手を振る。

 ユミルが柄シャツの方に向かい、アヴェリン達が残りの男たちへ向かって歩く。

 それを見ながら腕組を問いて、両手を腰に当てる。天を仰いでから暫し、大きく息を吸ってから溜め息を吐いた。

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