御影神宮 その6

 刀殿の中もやはり多くの参拝客で溢れていた。

 お互いの身体が触れ合うような有様で、時に優れた刀は別の神社に奉納される事もあるというから、ひと目見てみたいと思うのも当然だった。


 何しろ人の――鍛冶職人の手による一作ではない。神の手による一振りとなれば、どれほど貴重な品なのか分かろうと言うものだ。実際、神の打った刀は例外なく国宝指定されている。


 展示される刀は時期ごと、季節ごとに変わるというから常に同じものがある訳でもない。

 そして本日見られる刀は『打刀』と呼ばれる種類で、反りは浅く長さも六十センチを超える程度のものだった。


 それが展示品としてガラスケースに入れられて、近くで見られるようになっている。

 刃は上向きで、その両端に木材の支えに乗っているという刀身だけの展示だったが、柄や鞘がなくとも、その刀の素晴らしさは惚れ惚れするような出来栄えだった。


 ミレイユはそれをサングラスの奥から険しい瞳で見つめている。

 順路があって最初に神刀が見られるような作りで、それから建物を一周するように動いては、他の刀を見るような流れになっている。


 刀はその一振りだけではなく、他にも展示されている。

 それは神に力量を認められた刀鍛冶師の手によるもので、見事な出来栄えの刀が同じようにガラスケースに収められて展示されていた。


 アキラの目で見ただけでは、その出来栄えの良し悪しは分からない。

 だからアヴェリンに聞いてみようとして、その表情を見てぎょっとした。あまりにも真に迫った表情で、凝視するように刀を見つめている。


「師匠、これ……やっぱり凄いものなんですか?」

「そうだな……、実に見事だ。私は別に刀を専門にする訳ではないが、それを差し引いても、ここまでの出来は私には無理だ」

「それほどなんですか……」

「単純な刀作りだけで言えば、ミレイ様とて及ばんかもしれん。熱心を通り越して、狂人の領域だ。己の一生を刀の作成に捧げればこそ、為せる出来栄えだろう」


 唸るように品評して、アヴェリンは息を吐いた。重い溜め息は自らの敗北を悟った故か。

 しかしそもそも、彼女の本質は戦士だった筈なので、そこで負けを認めるのは恥とはならないと思う。むしろ、良いものは良いと認める度量は彼女の美徳かもしれない。


 刀の下には製作日と鍛冶師の名前が記されている。

 それを見れば、随分と最近打たれた一作のようだった。順路に従って見ていけば、新しいものばかりという訳でもない。古い年代のものも数多くあるから、むしろここに並べられる事を許された、あの一振りが特別なのかもしれなかった。


 後ろを振り返ってルチア達の様子を確認すると、アヴェリンやミレイユほど真剣に刀を見てはいなかった。興味深そうに見ている部分は同じなのだが、アヴェリンが唸るように見ているのに対し、服でも見ているような気楽さだった。


 ルチアに関しては戦士ですらないので、興味を惹かれないのも仕方がない。面白そうに見ているだけで十分という気がした。


 ひと通り巡って刀も見回り、最後に神刀の前までやってくる。それを横目に退殿するという順路なのだが、その刀を見るミレイユの眼差しは鋭かった。

 アヴェリンも見る目は鋭いと思ったが、それは職人として鍛冶師として感じ入った上での眼差しで、感嘆も含まれるものだった。


 しかしミレイユの眼差しは鋭いばかりで敵意のようなものまで伺える。

 それがどうにも不思議だった。


 人波に流されるまま外へ出て、参道から逸れた部分で立ち止まる。方々には休憩する為のスペースが用意されているので、こうして人混みから外れていても邪魔にはならない。


 少ないながら椅子も用意されていたが、それには座らず林を背にしてミレイユは立ち止まる。

 そしてアヴェリンに顔を向け、ユミルに目を向けた。


「……どう思った?」

「見事な出来栄えだと感心しましたが……そういう意味ではないですよね?」

「あれに魔術付与がされていたかどうか、それを聞きたいんでしょ?」


 ユミルの返答に、アキラはギョッとする。

 ミレイユは首肯し、その続きを待っているようだ。


 しかし付与がされているという事は、相手勢力が持つ武器は魔術秘具という事になり、そしてそれは間違いなくミレイユ達を害せる武器となる。

 マナがあり魔力があるなら、そうした道具や武器もあるのは想定できた事かもしれないが……もし事実としてあるなら、相当な脅威となる。

 アキラは焦る気持ちでミレイユ達が続ける話に耳を傾けた。


「直接触れて調べられれば確実だったけど、でもあれ、魔術秘具で間違いないでしょ」

「やはりそうか……」


 ミレイユはそう言って重い溜息をついた。

 懸念が現実となって、アキラは居ても立ってもいられず口を挟む。


「それって、やっぱり拙いんですよね? 相手に強力な武器があるという意味で……」

「……まぁ、そうなんだけど。ああして飾るって事は、もうお役御免になったか、もしくは型落ちしたから置いてるんでしょ?」

「型落ち、ですか?」

「だって、使える武器を飾ってどうするのよ」


 ユミルの言い分には一理あるように思えた。

 寝室の枕元に置いているとは訳が違う。使用すると思えばこそ、ああして大衆の目に晒すように置くような真似はしない。

 だが、あれが実戦に使うに値しない、あるいは折れる前に展示に回したというなら、話は変わってくる。


「実際……どうなんですか? 付与された武器って、あれ全部がそうなんですか?」

「触れられれば、それも確実に分かったんだけどねぇ」


 言いながらユミルが目線を向けた先にはルチアがいた。そのルチアも肩を竦めて両手を広げた。


「私が分かる範囲では神刀と呼ばれたアレだけでしたけど……。うーん、刀の出来はともかく、秘具としてはお粗末だったような」

「実際よく出来てはいたんだ」ミレイユが続けて言った。「刀の出来はな。しかしルチアの言うお粗末というのに同意はするが、意味合いが少々違う」

「それは?」

「粗末な腕しかなかったんじゃない、敢えて粗末な付与をしたんだ」


 ミレイユは確固とした自信を持って言ったようだが、アキラを含め、他の面々には理解不能だ。敢えて粗末な武器を作る理由が、果たしてあるだろうか。


「付与内容は斬りつけた相手の体力を奪うというもののようだが……」

「有用そうに思えますけど」

「それだけ聞けばな。しかし、実際に奪える量はごく少数、これなら付与する意味がない。この手の付与をするなら、一撃で相手の膝が崩れるような量を奪ってこそ意味がある」

「僅かな切り傷でも、続ければ相手は昏倒するという訳ですか」


 そうだ、とミレイユは頷く。

 続くミレイユの説明は、術式の解明に移った。アキラには専門的な用語が多すぎて理解できなかったが、どうやら力量不足の結果そうなったのではなく、最初からそのつもりで付与したというのが、ミレイユの論だ。


 ミレイユが言ったような内容を、魔術秘具として刀を作れたのにも関わらず、敢えて産廃とも言えるような武器を作った。しかもそれを、神刀として展示しているというのだ。やっていることが、どうにもチグハグな印象を与えた。


 だから、とミレイユは続ける。


「これはそもそも、分かる人間に見せる為のものだ。術式を検分されるのも計算の内だろう。それが何を意味するのかまでは分からないが……」

「検分ね……。でもそういうのって、触れずに奥まで見えるものじゃないでしょ?」

「普通ならな。表面から読み取れるものから類推するしかないんだが……、あれは私の術式に酷似している。だから分かった」


 ユミルは元より、ルチアの目もまた眼光鋭く細められた。

 それもまた何を意味するのかアキラには分からなかったが、油断できない状況なのだと思う事にした。

 ユミルが参道の奥、林の先に目を向けて、腕を組んで斜に構えた。


「……そう、似ているのね。アンタの術式に……ふぅん?」

「そういう偶然って、ある事なんですか?」


 アキラが聞いてみれば、即座に否定の身振りでミレイユが返した。


「全くないとは言わないが、偶然で片付けるには不自然な確率だ。しかも、ごく最近まで私はこの世界にいなかった。真似ようとして出来るものでもない」


 ミレイユが難しい顔で俯き、ルチアも不機嫌そうに周囲を見渡した。

 厳密な意味で、ここは敵地という訳ではない。しかし見るかも分からない展示物に、それとなくヒントのような物を置いていくというのなら、それはこれ一つという訳でもない気がした。


 もしかしたら、気づいていないだけで他にも何かあるのかもしれない。

 だがそうすると、相手の思惑は何かという話になる。ミレイユの術式を解析していると言いたいのなら、敵愾心を煽るか、警戒度を増やさせるだけだろう。


 現にこうして、ミレイユ達の雰囲気は一変している。

 最初は物見遊山のような雰囲気がどこかあったのに対して、今は周囲に対して油断なく視界を廻らせている。


 警戒させるのが目的だとは思えないから、何か別の理由があってやっていると想像も出来るのだが――。

 ミレイユを見ても、その理由までは流石に分からないようだった。

 不機嫌そうに鼻を鳴らして腕を組み、苛立たし気に足を踏み鳴らしている。


 しかし、いつまでもそうしているつもりもないようだった。

 つまらなそうに息を一つ吐くと、視界を外に向けて目に留めた物へ近づいていく。

 そこには剣道場への案内看板が立っていた。

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