御影神宮 その3
参拝者の人波に流されながら、境内入り口に辿り着く。ここまで来れば元より緩やかだった傾斜は更に緩くなり、殆ど平地と変わりない。
正面には歩行する者にとっては邪魔に感じる車止めがあり、石杭のようなものが四つ並んでいる。
その両端には木造の灯籠が置いてあった。夜ともなれば火が入り、足元を照らすと同時に、石杭を目立たせる役割があるのだろう。
そして、そこを超えればついに石鳥居が目前に見えてくる。
その神の御名と同じくする御影石を使った大鳥居は、四本の石柱を用いて造られ、高さ十メートル、幅十五メートルという巨大さを誇る。
この大鳥居は二本の円柱の上に、横に倒した円柱の貫のみを角形として乗せ、柱の外に突出させる特徴を持たせている。この形式は御影鳥居と称されていて、多くの神社で似たような形を用いられる雛形となった。
長い年月ここに在り続けただけに、その表面は風雨に曝され古ぼけた印象を受ける。ヒビが入っていてもおかしくなく思えるが、これもご威徳の賜物か、損傷している気配はない。
「見事なものだ」
ミレイユが鳥居を見上げて呟くのを、アキラは隣で聞いていた。
誰もが鳥居の中央を避けて入っていくなか、ミレイユ達は柱の傍で立ち止まった。これは何もミレイユ達だけがマナー違反という訳でもなく、多くの人がその大鳥居の近くで記念撮影などに勤しんでいるので、ミレイユ達だけが流れを無視して迷惑をかけているという訳でもなかった。
ミレイユがそうしているように、鳥居をひと撫でしていく人も多い。
アキラも真似してみたくなって、冷たい感触を返す石柱を撫でる。
「しかしこれだけ大きな石柱だと、地震で倒れたり割れて落ちてきたりしないか不安になるな」
「そうですね。地震大国にも関わらず、ここまで無事なのは奇跡です。もしかしたら要石も関係しているかもしれません」
アキラが悪戯っぽく笑うと、その単語を聞き咎めたユミルが口を挟んだ。
「何よ、それ? 石が何か関係あるの?」
「その昔、オミカゲ様が安置したという石の事で、地震を抑えると言われています」
「石を置いただけで、ねぇ……?」
ユミルが小馬鹿にするよう、アキラへ流し目を送った。
外国人でも可怪しく聞こえるぐらいなので、別世界からやってきたユミルからすれば胡乱もいいところなのだろう。その反応は別に不思議でもない。
「特に昔は、地震はナマズが起こすと考えられていて、地中に住む巨大ナマズが身動ぎするせいで地面が震えると信じられていました。そのナマズを巨大な石で圧し潰して身動きできないようにしたのが、要石だと言われているんですよ」
「ナマズが何で地震と繋がるのよ。起こすんだったらモグラでしょ」
「はい?」
「……ん?」
アキラは思わず眉根を寄せて聞き返したが、ユミルにはその反応こそが不可解なようだった。お互いに首を傾げるような形で顔を突き合わせ、それでミレイユが笑って答えた。
「あちらの世界じゃ地震はモグラが起こすと考えられている」
「ああ、そうなんですね」
「いや、考えられているというか、実際に起こすのがモグラだ」
「……は?」
アキラは思わず目を丸くしたが、ミレイユは笑みを深くして続けた。
「お前が想像するモグラとは大きさが違う。別に害を成そうとするつもりはなくとも、家ほどの巨体で地面を動かれると、その上で暮らす人々にとっては大きな振動として伝わる。時に成長しすぎたモグラは存在だけで害となるから、小さくとも見つければ殺す事が推奨されている」
「民家ぐらいの巨大モグラですか……」
「実際にそこまで大きくなる事は稀だが、地中の岩盤に当たって、それでも掘り進もうとした結果、地上に住む者達にとってはそれが大きな振動として伝わってしまう。家が倒壊する事もあるから十分な獣害だ。嫌われて当然とも言える」
「ですねぇ……」
地震が身近な災害として認識している日本人としては、そこについては十分理解できた。もし地震の発生を獣害のように討伐と共に減らせるというなら、専門の職業が作られ活躍するに違いない。
そこにルチアが顔を小さく突き出して、ミレイユの顔を伺ってきた。
「いつまでも入り口に居ていいんですか?」
「そうだったな、思わず口を出してしまったが、ここで長居していても仕方ない」
ミレイユが言って、アヴェリンを伴い人波に紛れるように間へ入った。そして鳥居を
それと同時にミレイユは歩き出し、どうしたのかとその背を追って、そして小さな違和感がその身を走った。
空気が違うと感じ、同時によく知る感覚だと思った。
まるで箱庭に入った時のような、
そう思ってハッとする。
これだったのか、と理解した。この世にないとされているマナが、こうも誰もが入れる場所に充満しているというのは明らかに異常だ。アキラも毎年ここに来ているが、このような異常に気づいた事はなかった。
あるいは、これは蓋がしてある身体では、感じ取れない事なのかもしれない。
一度大鳥居を過ぎると、参道の奥まで石畳が続くが、その両端に敷かれた砂利の外は雑木林が立ち並んでいる。時に杉や松などが見えるので、その溢れる緑に空気が美味しいと、一般人の感覚では紛れてしまうのかもしれない。
実際空気は清涼で、思わず深呼吸したくなるような爽やかさがある。
アキラは戸惑ってどう訊いたものか迷ったが、アヴェリンとは逆隣に並んでミレイユと共に歩く。
「ミレイユ様、これって……」
「……予想できて然るべきだったな。電線を介して結界を作っている連中だ、魔力を電力で生み出しているのかと思っていたが……。そもそもマナの生成地があったとはな」
「それってマズい感じですか?」
どうだろうな、とミレイユは首を横に振った。
「相手の本拠地がマナに溢れているというのは脅威に思えるが、別にそれで特別私達が不利になる訳でもない」
「そう……ですかね?」
「私達に出来る事が、相手にも出来るというだけだ。あちらの世界じゃそれが普通だったんだから、別に問題にはならない」
ミレイユは余裕の口振りだが、しかしそれは制限なく魔力を使った攻撃や
しかしミレイユは、それに予想がついているだろうに、まるで頓着した様子を見せない。自分なら奇襲があったところでどうにでも出来る、とでも思っている口振りだった。
そして実際、どうにか出来る自信があるのだろう。経験を積み重ねた、強者故の余裕がそこにはあった。
ちらりとアヴェリンを盗み見る。
もし襲撃があっても、彼女は自身を盾にすることを躊躇わないだろう。いざとなれば捨て身で守ると断言できる者と、それを信頼する者がいる。そしてそれに対処するだけの能力が、二人には間違いなくあるのだ。
それに何も対処に回るのはこの二人だけでなく、ルチアとユミルもいる。
アキラはこの二人の実力を知らないが――アヴェリンも底を見たとは言えないが――、しかし行動を共にする事を許されているという時点で、その実力も窺えようというものだ。
その二人もまた、二人にしか出来ない、しかし二人にならば出来る事を成すのだろう。
アキラが気付けたぐらいだから、この二人が神宮内のマナに気づけなかった筈がない。それだというのに二人の表情に気負いはなかった。
自分達ならば、どのような問題も解決できると欠片も疑っていない。例え他の誰かが無理だと判断しても、自分達だけは例外だと思っているような余裕ぶりだった。
そこまでの姿を見せられたら、アキラも一人で緊張しているのが馬鹿らしい。
何かあればその対処に動けないのは唯一アキラだけ、という問題はあるものの、周囲に気を配りすぎるのも問題だ。
仮に襲撃があるにしろ、どうせ気付くのが一番遅いのはアキラだという確信もそれを手伝った。
「まぁ、僕が考えても仕方ない事ではありますか……」
「そうだな、成るようにしか成らない」
ミレイユが肩を竦めて、アキラは苦笑した。
そうは言っても、何とかしてしまうのだろうという安心感がある。
参道入り口すぐには境内見取り図があって、そこからは両端に等間隔で立つ石灯籠が見える。そしてその更に奥には、聳える楼門が視界に入った。既に境内とはいえ、ここからが本番だという気持ちになってくる。
楼門の両端まで、びっしりと木々が生い茂っているせいもあり、門の奥まで見通す事はできない。
その楼門までの中間辺り右手側に、小さな神社が目に入った。
赤い漆が塗られた鳥居が四つと多くあるものの、その規模は神社共々小さなものだ。足を止めて参拝する人もいるので、ミレイユも気になって止まったようだ。
見ればそこが稲荷神社だと分かり、御影神宮に置かれた末社なのだろう。
「私は神社に詳しくないが、そういえば神社内に別の社を置くのは良くあるよな?」
「ですね。メインで祀る神様と縁深い神様の社を置くのは、良くある事みたいです」
ミレイユは鳥居の横へずれて、通行する人の邪魔にならない位置へ移動した。鳥居の先まで行ってみるつもりはないらしい。
鳥居の前に安置された、石像のお稲荷さんの頭を撫でながら更に疑問を投げかけてくる。
「ということは、オミカゲ様とやらは稲荷と縁深いという事か?」
「直接的となると、ちょっと違う気もしますけど……僕も詳しい事は知りません」
ただ、と前置きしてからアキラは続ける。
「オミカゲ様は雷神様ですから……、雷はイナヅマとも言いまして」
「ああ、稲の妻と書くからか……。雷が鳴ると稲がよく育つなんて言われるしな」
「ですね。だから稲を象徴する稲荷神と縁が深いという事で、こうして関連付けられたのかと思います」
「なるほどな……」
ミレイユは興味深そうに稲荷神社を見渡し、それから稲荷像から手を離した。
その様子を眺めながら、アキラは嬉しく思うと共に意外にも思う。今までは興味を示さないどころか無視するような有様で、オミカゲ様に対して触れないようにしていた節さえあった。
しかし大鳥居からこちら、今は積極的に知ろうとしている。
「それはな、今日はオミカゲを知る為、深く知る足がかりとする為に来ているんだしな」
「……僕、口に出してました?」
「いや、顔に書いていた」
ミレイユは微笑むように言って歩き出した。アヴェリンがそれに続き、ルチア達もそれに続く。アキラの横を通り過ぎる際、ユミルが含み笑いで頬を撫でていく。
アキラは自分でも改めて頬を撫でながら、置いていかれないよう慌ててその背を追いかけた。
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