魔力と鍛練 その9

 談話室から出てすぐ左手にある裏口から中庭へ出た。

 その中央付近に相変わらず左右から拘束されているアキラが、ぐったりとした表情でミレイユとルチアの登場を待っている。まるで死刑を宣告された囚人のような有様だが、何度も言うように殺すつもりで連れてきた訳ではない。


 アキラの前まで辿り着いたミレイユに、ユミルが軽い口調であたりを見回し、そして最後に頭上へ視線を向けた。


「飛ばすのはいいとして、ちょっと狭すぎない? すぐぶつかるんじゃないかしら」

「そこは大丈夫、確認済だ」

「ちょっと待って。確認済みってどういう意味? 使ったコトあるとか言わないわよね?」


 ミレイユは自分の失言に舌打ちしたくなった。

 事実と認めると後々面倒臭い。特にアヴェリンからは執拗に責められるだろう。ミレイユは平静を装って続ける。


「……勿論、違う。単に事実として知っているというだけだ」

「そう、ならいいけど」


 その遣り取りが不穏なものに聞こえたらしいアキラが、拘束されて動けないながらも首を廻らして問うてくる。


「狭すぎるってどういう意味ですか? まるでそうは見えませんけど」

「ああ、言ってなかったか……」


 ミレイユは邸宅とその周辺をぐるりと囲む林を、見える範囲で指差しながら説明した。


「この空間は見た目よりもずっと狭い。林で幾らか閉塞感を作っているが、そこより更に外へ進むと見えない壁で阻まれる。地平線まで実際に続いてる訳ではなく……言ってみれば背景はハリボテだ」

「とてもそうは見えませんけど……」

「今度、機会があれば手を伸ばしながら歩いてみるといい。言ってる意味が分かるだろう」


 ミレイユがそう言えば、アキラもとりあえず納得した様子を見せた。

 実際、四方については明確に壁があるが、上空方面について果ては確認できなかった。それは初めて訪れ、この何もない空間に邸宅を作る際に確認している。

 四方に制限をつけ、しかし上空には無いというのは違和感を生じさせるが、それは別にどうでも良かった。

 むしろ、今から行うのに丁度良く、外で行うより安全という意味で重宝する。


 ミレイユが右手に緑色の光を集約させたのを見て、アキラの顔色が悪くなった。

 拳を握り込むようにして力を込めて、光の明滅が安定すると、それを地面に放出する。着弾と同時に魔法陣が広がり、幾科学模様と魔術文字が複雑に織りなす円形が直径五メートルという大きさで出現した。

 陣の色は橙色に薄っすらと輝き、時折脈動するように光が陣に描かれた模様に沿って流れていく。


 アキラはそれを呆然とした仕草で見つめ、流れていく光を目で追っては感嘆していた。

 指をパチンと鳴らして注意を向け、ミレイユは陣の中心を指差す。


「念の為、基礎的な事を説明する。今のお前には関係ないが、知っておくというのは大切だ。知識は時に自分とは無関係でも役に立つ。その基礎的な事を……ルチア、説明してやれ」


 ミレイユが半円を描くよう、ルチアからアキラへ大きく指を振るってから腕を組んだ。

 端的に基礎だけだ、と注意だけして、アキラと共に説明を聞く構えだった。

 もはや逃げられないと悟ったアキラは、その説明を聞く為姿勢を正す。それに合わせて二人の拘束も解けた。


「基礎と言っても……、まぁ分かりました。魔術には実に多様な種類がありますが、それを行使方法に大別すると、たった三つに分ける事ができます」

「たった三つ……」

「即ち――、接触、放出、設置です」


 今一ピンと来てないのは仕方ないかもしれない。そもそも数多く魔術の種類を見せた訳でもなく、見たことあるのは手の先から光が飛んだりする部分だろう。

 どれがどれだと、具体的に説明されている訳でもなく、また身近に使われた魔術がその分類全て登場した訳でもない。

 今ここで説明させたのは単なるついで、気分のようなもので、どうせなら知っておけと思っただけに過ぎない。


 もう少し具体的な説明が必要か、とルチアから催促するような視線が来たので頷いてやる。


「発動方法と言い換えても良いでしょう。接触した時初めて効果が発揮するもの、放出された時点で発動するもの、そして設置も接触した時点で発動するのは同じものの、陣がある間は術者が離れても発動するというメリットがあります」

「放出っていうのは分かりやすいと思います。僕のイメージする魔法っていうのは、大抵の場合手の平とか杖の先から飛ぶものですし」


 ルチアは頷く。自らが所有する身の丈に近い大きさの杖を取り出して、その杖先を地面に立てた。


「実際には、それほど意識して使う事はありません。ただ相手が使う時、それを意識する必要があるでしょう。光が収束し、杖先に氷刃が作られた時、これは飛ばして相手にぶつける魔術だと思いますか?」

「……だと思います。そこから射出されたとしても不思議じゃないというか……」

「いいえ、これは既に発動した魔術なので接触発動という分類になります。つまり飛びません」


 ルチアは言った通りに杖先に氷刃を生み出し、それを振るって近接用に使う魔術だと見せる。しかしそれに疑問を感じたようだ。アキラはそれを見ながら首を傾げる。


「その状態から飛ばしたりしないんですか?」

「しないし、出来ないです。魔術の応用というのは簡単ではないので、発想があるからと実行できるものではありません。それをするぐらいなら、今の魔術を解除するかして、改めて放出発動で別の魔術を使います」

「なるほど……」


 言ったとおり次に氷を消して、杖先を上に向ける。光が収縮し、消えたと同時に上空へ氷刃が飛んで行った。その様を見送っていたアキラに、ルチアが杖先を地面に叩く事で意識を向けさせる。


「……発動する瞬間、あるいはその直前に違いがあります。分かりました?」

「なんとなく、ですけど……。光が消えて、氷が出た時の状態が大事、という感じですかね……?」

「まぁ、そう思ってもらって結構です。その見えている光というのが、つまり魔術制御している状態、という事になります。光が消えれば制御に成功して魔術を発動した瞬間、だからその後の現象次第でどういう魔術か見極められます」


 アキラは数度、うんうんと頷く。アキラなりにルチアの言葉を咀嚼して取り込もうとしているようだ。

 しかし実際、敵はこのように分かり易く魔術を使ってくれはしない。使うとすれば、それと理解している相手を動揺させたり、フェイントをする為に敢えて見せる場合だ。

 高度な魔術士同士の戦いは化かし合いで、どういう魔術を使っているか悟らせない工夫を幾つも講じて来る。相手を不利に、自分を有利に事を運ぼうとするのは当然だ。

 だから、その一つとして魔術制御が生まれた。

 そして今はその制御をどれだけ高度に扱えるかが、良い魔術士かの基準になっている。


 ルチアはアキラの様子を伺って、本当に理解しているか訝しんだが、結局それ以上の追求をする気はないようだった。次に足元の陣を杖の頭で指す。


「最後に設置です。これの見極めは必要ありません。触れたら発動する、そういう種類のものです。一度陣を発動させれば、それに触れた全員が魔術の影響を受ける事になりますし、どれだけ離れていても、術士が近くにいる必要なく発動します」

「え、じゃあ既に僕も含めて全員、何かの魔術を受けているんですか?」


 そう言って、飛び退くように魔法陣から足を離したが、その程度の距離で魔法陣からは出られていないし、そもそも全員が受けている時点で危険はないと判断できそうなものだ。

 ルチアは頷いて続ける。


「陣に入る事さえできれば、その収納人数全員が発動の対象です。例えば全員を一度に傷の治療するのに使えますし、罠のように見えづらい場所に設置して発動させる事で一網打尽にできます」

「色々な使い方が出来そうですね」

「そうですよ、だから非常に高度で難関です。これだけの幅を持つ魔法陣を、息を吐くように使うなんて事、普通はしませんので勘違いしないでください」


 いっそ非難するような視線を、ミレイユに向けてくる。アキラも実感はないだろうに、呆れに近い表情を向けてきた。

 当のミレイユは肩を竦めて苦笑する。組んでいた腕を解いて、ルチアに礼を述べた。


「ああ、詳しい説明痛み入るな。最後に余計な一言がなければ、なお良かったが」

「あら、とても素直な感想だったでしょう? アキラが勘違いしないように釘を差してあげたんですよ」


 ミレイユはまたも肩を竦めて複雑な表情で眉根を上げた。

 色々と説明して貰ったが、別にそれが本題ではない。そもそも、これはアキラに飛行術を使う為に用意した場なのだ。

 ミレイユは改めて一歩前に出て、そして足元の魔法陣に指を向けた。


「いいか、これは落葉の陣という。どれほど速く落ちて来ようと、まるで葉が地面に落ちるように緩やかな着地をするようになる」

「……あ、じゃあこれ落下防止というか……事故防止の為にあるんですね」

「そうだ。最初から、こうして置いておけば、お前も安心して飛べるだろう」

「それはまぁ、ありがたいと思いますけど……そもそも飛ばないという選択肢は?」


 そこで一度、ミレイユは考えるような仕草を見せた。腕を組んで顔を上に向け、地面を爪先で何度か叩く。そして向き直った時に見せた答えは否だった。


「お前が魔術に対する一種の憧れを抱く気持ち、よく分かる。今も鍛練しながら魔術を鍛えて、自分はやれるつもりになっているだろう。だから、憧れだけで手を出した者の末路、その一つを身を以て味わえ」

「いや、そんなの! なんかでっち上げ臭いというか、無理矢理すぎやしませんか! 別に言って理解できない奴じゃないですし! 甘く見るなと一喝されたら素直に従いますよ!」


 アキラの必死な抗弁には、流石にアヴェリンも同意できる部分があったようだ。済まなそうな表情をミレイユに向けるだけで非難するような事までは口にしないが、しかし止めたいと考えているような表情でもあった。


「なるほど、確かにそうだ。お前は言って理解できないほど馬鹿でもないし、理解する努力ができる奴だな」

「はい、言われた事なら頑張って理解できるよう努力します! これからだってそうですし、僕に外向魔術が向かないというなら、それに従います!」

「……うん。まぁ、お前に外向が向かないか結論を下すには、まだ早いと思うが。しかしそうだな、今は内向を鍛える事に努力すべきだな。外向に転用するにも魔力の鍛練は共通する部分だし」

「はい、師匠の言うこと聞いて、鋭意努力します!」


 アキラは力強く宣言する。胸の前に片手を上げて、宣誓するようですらあった。

 その表情は決然としていて晴れやかで、そして何より乗り切った、逃げ切ったという感情が見え透いていた。

 何の打算もなくそれを言えていたら、ミレイユも評価していたのだが、逃げ切る口上として述べたのなら、お仕置きが必要という事になる。


 アヴェリンに視線を向ければ、アキラに呆れた表情を見せていた。額を掻いて、どうしたものかと考えている。ユミルは早くやれという目をミレイユに向け、顎を動かし催促していた。

 ここまで来ると、最早やらないという選択肢はない。


 ミレイユは数歩足を進めて、アキラの肩を叩いた。

 にこりと笑みを浮かべ、アキラの表情も綻んで肩から力が抜ける。それが切っ掛けだった。肩に置かれた手から光が漏れる。それも僅か一秒にも満たない僅かな時間だったが、顔の直ぐ側で起こった光にアキラが気づかぬ筈もなかった。

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