魔力と鍛練 その6

 何を言うべきか頭を悩ませ、結局飾った言葉では意味もないだろうと、事実の通りを口に出した。


「私はそういった魔力で苦労した覚えはないから、お前に役立つ助言は出来ない。それしかないと他が言うなら受け入れろ」

「う、ぐぅ……!」


 アキラは胸を撃ち抜かれたように手で抑え、それから悲壮感を滲ませて呻くように言った。


「いいですよね、才能ある人って……。きっと、ミレイユ様は何でも出来て、剣も出来て魔術も出来たんですよね? 多分、誰もが頼るような人だったんでしょう? 羨ましいです……」

「……人は、自分にないものを求めるものだからな」


 ミレイユの無理解で突き放すような一言は、アキラの自尊心を傷つけたようだった。普段ならそこで終わる会話が、アキラの恨めしそうな一言で続く。


「でも、ミレイユ様が他に求めるものなんてないでしょう? 何も羨むものがない人生って、すごく恵まれてますよ」

「貴様が知ったようにミレイ様を語るな」


 今度は平手ではなく拳でアキラの頭を殴りつける。

 痛みに顔を歪めてミレイユを見る目は、明らかに嫉妬と羨望が渦巻いていた。無いものが有るものを求める、ごく自然的な目だった。

 ミレイユはそれを不躾だとは思わない。むしろ、アキラはいい子過ぎると思っていたので、その心の内が少しでも見れて安心した程だった。


 アキラから即座の謝罪が返ってこない事に、アヴェリンが激昂しようとした時だった。

 ミレイユが手を挙げてアヴェリンを視線と共に黙らせる。

 それからアキラに視線を合わせて、微かに微笑んだ。


「私が羨ましいか。私は他に羨むものはないか。……本当にそう思うか?」

「う……、いや、その……」


 アキラも今更ながら、自分がどれほど無礼だったのか気づいたのだろう。目を泳がせて、しどろもどろになったアキラに、ミレイユはあくまで優しい声音で接する。


「人は自分にないものを羨む、というのは真理だと思う。私も……お前が羨ましいと思う。お前という個人より……凡人という括りかもしれないが」

「そんな……! 貴女のような人が、僕らみたいな人間を羨む事なんてあるんですか?」


 アキラは驚愕したが、同時にミレイユがあくまで自分に合わせて慰めを言っているとも思ったようだ。

 アヴェリンとルチアは何の反応も示さないが、これは無関心というよりも、その心の内を察しての事だろう。静かにグラスを傾けている。

 ユミルも同じく察していてもおかしくないが、興味深いものを見る視線を向けていた。


「あるとも。才能がなければ、平穏な人生を歩めたと思うからな」

「それは……」

「物語の主人公は、いつだって強いものだろう。あるいは、途中から強くなっていくのかもしれないが、どちらにしても最後にはやはり強者として君臨するものだ」

「ええ、はい……」

「場合によっては、頼りになる仲間の支えあればこそ、という話になるのかもしれないが……」


 そう言って、ミレイユはアヴェリンを始めとして、他の面々に優しい笑顔を向けていく。それぞれが違う反応でミレイユに笑顔を返し、それでアキラに向き直る。


「あるいは凡人を集めて数で補うかな。……そうだな、そういうパターンもあるかもしれない。だが基本的に、強者へおもねるような、あるいは頼りにするような事はあっても、弱者にはしない」

「それが……苦痛だったんですか?」


 その一言に、ミレイユは虚を突かれたような気がした。

 苦痛というのは間違いではない気がする。しかし正解でもなかった。時に弱者を助ける事は、ミレイユにとっても心を温かくしてくれた。それらを助けること全てが苦痛という訳ではなかった。

 蔑ろにしたい訳でもなかったが、何より自分より優先したい事ではなかったのも事実だった。


「そうだな……、苦痛ではなかったが苦慮には思っていた」


 アキラの顔が不理解に傾くのを見て、言い方を変える。


「つまり……上手く解決できれば良いが、その全てに正しく対応できるとは限らないだろう? もし私が失敗したら? 頼りにした者が不利益を被ったら? お前ならどう思う?」

「それは……相手だって失敗も折り込み済みで頼むのではないですか? それとも絶対成功しますという宣伝でもして受けていたんですか?」


 ミレイユは苦笑して否定した。

 アキラが想像するのはファンタジー世界の冒険者や、その依頼引き受けなどだろう。

 ミレイユが想定したのも、一概にはそうだ。多くは必ず成功する、解決する前提で依頼などしない。して欲しいという気持ちは誰もが同じだろうが、それでも現代日本の科学捜査のように、信頼ある背景を元に頼むものではない。


 むしろギャンブルのような要素が強いものだ。一般的に冒険者はならず者と変わらないし、信頼出来る相手は限られる。だから実力も信頼も両立している者は重宝されるのだが、誰もが同じ場所に留まる訳でもないし、ミレイユのように常に移動を続ける者も多い。


「絶対成功を売りにした事はないが、失敗した事もなければ頼りにして当然と思われるものだ。金に糸目をつけず成功率を少しでも上げたいと思ったら、お前ならどうする?」

「それはやっぱり、より高い実力者に頼みます。あるいは複数雇って成功率を高めるとか……」

「そうだな」


 ミレイユは我が意を得たりと頷いた。

 アキラも言いたいことが分かったようだ。実力者に任せれば確実、あるいは任せるべきという流れがあるなら、ミレイユのような実力者を放って置くわけがない。理由、内容次第で断られるとしても、まず頼んでみようとする。


「頼られるのも、度が過ぎると窮屈だって事ですか? 頼られ過ぎて休む暇もないなら、確かにそうかもしれませんが……」

「依頼主が権力者などの類で、例え普通なら断れないタイプであったとして、そんな事は私に関係なかった。金を払い、違法性がなければ絶対受ける、というものでもないしな。誰に仕えている訳でもないからこそ、己の腕だけで生きるからこそ、そういった自由はある」

「そうなんですね。じゃあ、一体……?」


 実際、領主の依頼を断れば、後々不利益が被る事はある。しかし、そこを詳しく掘り返して説明する必要はないだろう。そもそも、それは本題とは程遠い。

 ミレイユはそろそろ勿体ぶるのはやめよう、と口を開いた。


「凡人では不可能で、才能ある者でも可能か分からないから私に頼もうと考える訳だ。つまりそれは、高難度で命を落とす危険が高いもの、という意味になる」

「あー……、でも、断れるんですよね? 嫌なら断る自由もあるんでしょう?」

「それが領主や国王程度の輩ならそうする」

「王様ですら、輩扱いですか……」


 アキラは半笑いで顔を引くつかせたが、実際ミレイユ達にとって国王の扱いなどそのようなものだった。強者にも権力者にも阿る事をしないからこそ、ミレイユ達は頼りにされていた。


「時にその強さや名声は天まで届く。そうすると、次に声を掛けてくるのは神となる」

「神さま……? え、文字通り天まで届いちゃったんですか!?」


 ミレイユは頷く。渋々ながら、嫌々ながら、眉根を寄せて頷いた。


「私の目的事態に合致するから、神に声を掛けられたのは別に良かった」

「とんでもない事言いますね」

「しかし、私の失敗一つで世界が滅びるような命令を受けるのは不愉快極まりなかった」

「そ、れは……! 神さまが自分でやったりしないんですか、そういうの」


 アキラが絶句して内容を深く聞こうとして、思わずユミルが口を挟んだ。


「神っていうのは基本的に面倒くさがり屋なの。思いつきで国を混乱に陥れるような事はしても、国の危機に腰を上げるような事は滅多に無い。だから有望な者に任せようとするのよ」

「いや、だって世界が滅びようとする瀬戸際なんでしょう? 神様が動くほうが確実じゃないですか?」

「馬鹿ねぇ、そうしたら本当にあっという間に解決しちゃうじゃない。神はいつだって娯楽に飢えているの。本当に駄目なら動くけど、そうなる前に楽しくなりそうに形を整えようとする」


 アキラは明らかに顔を顰めて息を吐いた。ユミルも唾棄するような顔つきで顔を背けた。

 ミレイユもまた苦い笑みを浮かべて続ける。


「単に生きるに便利な力量がある程度なら良かった。アキラ、私の言っている意味が分かるだろう。世界と人類の命運を賭けた戦いなど、体験するものじゃないぞ」

「それは……分かります。すごく分かります」

「――だが、ミレイ様は見事成し遂げた! いつだって、どのような強敵だとて、決して背を向け逃げるような真似はしなかった!」


 今までミレイユの話に口を挟むまいとしていたアヴェリンだったが、この話題にはついに黙っていられなくなったようだ。拳を握って熱く熱弁しようとする彼女を、ユミルが諌めるようにして止める。


「ほら、そういう話は今はいいから」

「だが、ミレイ様のいさおしだ! 後世に語り継ぐべき英雄譚だぞ! アキラも知りたいに違いない」


 アヴェリンが睨み付けるように高らかに言えば、アキラも頷いて続きを催促している。これは形ばかりのものではなく、本心からそう思っているようだった。

 しかし、本題とはかけ離れている上に、音速でかけ離れていこうとしている様を黙ってみているミレイユではなかった。


「アヴェリン、それはまた今度にしろ。いや、いっそ話して欲しくないぐらいだが、とにかく今は駄目だ」

「……分かりました」


 アヴェリンにしては珍しく、不承不承といった態度で口を閉じる。最近は鳴りを潜めたとはいえ、機会があればこうしてミレイユを称賛し、また喧伝しようとする。

 ミレイユが変に知名度が高かったのも、彼女の喧伝グセがあったのではないかと疑っている。


 それとはともかく、とミレイユは続けた。


「私が凡人に持つ羨みとは、そういうものだ。だが同時に、力なくして日本に帰っても来れなかった。痛し痒しといったところで、今になってもどう考えればいいか困るがな……」

「それは一体、どうして、というかどうやって……?」

「それは話すと長い。それに話したくもない」

 

 ミレイユがピシャリと断って、語気の強さにアキラも黙った。

 一度会話が途切れたところでアヴェリンが立ち上がり、アキラもまた立つよう促した。


「もう十分休憩は取れた、続きをやるぞ。休憩中の鍛練については、またルチアに詳しく方法を聞いておく」

「ええ、こちらでも出来の悪い子専用のやり方でも考えておきますよ」

「――助かる」

「え、やっぱりやるんですか!? なんか有耶無耶になって無かった事になったんじゃ……!?」

「一体、いつ誰がそんなことを言った」

「いや、でも、ミレイユ様……?」


 縋り付くようにテーブルに身を乗り出して懇願しようとしたアキラだったが、その前にアヴェリンが首根っこを掴み連れて行ってしまった。

 泣いて許しを請う姿を見て哀れに思っていると、隣のユミルは実に楽しそうな笑顔を浮かべた。

 アキラの受難は終わりそうにない――というより、今まさに始まったばかりなのかもしれない、と思った。

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