魔力と鍛練 その5
道場の通いがなくなったので、放課後は基本、箱庭で鍛練する事になった。
理由は幾つかあって、まず以前使っていた原っぱでは棒を振り回す危険人物がいる、と噂になってしまった事が挙げられる。流石にそれを無理して続けるのは危険かもしれないと、場所を移す必要を求められた。
他には、移動する面倒を失くせるという利点もある。
後はマナのある環境の方が魔力総量を鍛えられるから、という理由が挙げられる。
だから今も、アキラはアヴェリンに注意されながら呼吸を整えて武器を振るっていた。マナを吸収しながら戦う事は、普通なら生まれながらにしているもので意図して行うものではない。
しかし当然ながらアキラにそれは出来ないので、呼吸が乱れれば都度指摘して矯正させねばならなかった。
これは続ける内に自然と身に付くからいいとして、問題は魔力総量を増やす事だった。
アキラがついに倒れたのを見て、休憩がてらいつもの様に用意した椅子へ招待してやる。当然、アヴェリンも一緒に着いてきて、束の間の休憩時間を共に過ごすことになった。
今日はユミルの他にルチアもいて、アキラが吹き飛ばされるのを肴に談笑しているところだった。
アキラがゆらゆらとした覚束ない足取りで椅子に座るのを見て、ユミルは昨日と同じような柑橘水を勧めてやる。
喉を鳴らして一口飲み、そして幾度か呼吸を繰り返した後にもう一つ口をつける。
暫くして落ち着いてきたのを見て、ミレイユは微かに笑んでアキラに声を掛けた。
「なかなか苦戦しているようだな」
「それはもう……。呼吸するのとマナの吸収は全く別の感覚で……、本来はこれ一つの動作なんですよね?」
「そうだな。……むしろ、動作という感覚すらなく行っている、というのが正解という気がするんだが。どうだ、ルチア?」
ユミルを挟んで隣に座るルチアへ声をかければ、頷きと共に声が返ってくる。
「そうですね。本来、呼吸と吸収は同一のものです。分けて考える事すらしないのが一般的かと」
「やっぱり、そうなんですね。聞いてはいたんですけど、どうも……。上手くいかないのはコツを掴んでないせいかと思ったんですけど、そういうんじゃなさそうですね……」
「まぁ、今はむしろ無理させて余計に吸収させてる状態だから、余計に違う感覚になってるのかもね」
ユミルが口を挟めば、アキラは首を傾げた。
アヴェリンの一撃を受け止めたり、あるいはその動きに対応する為、魔力を使って動いているという感覚はあるのだろうが、それに消費する魔力は微々たるものだ。
内向魔術に魔力がいらないと勘違いする無知な者すらいるくらいなので、アキラが疑問に思うのも無理はなかった。
つまり、それほど意識なく意図なく使うもの、という事なのだが、それすらアキラにはまだ理解できないだろう。
他の誰かが続きを言うつもりがないのを見て、仕方なしにミレイユが口を開く。
「お前の魔力総量にはまだ伸び代がある。そちらも同時に行っているから酷く疲れるんだろうし、慣れないことをしているからこそ、息も乱れるんだろう」
「そうなんですか? それ、別々にやる訳にはいかないんですか?」
「その辺はアヴェリンに一任しているから、詳しくはそっちに聞け」
言われるままにアキラはアヴェリンへ顔を向ければ、隣に座るアヴェリンは鬱陶しそうに手を振って腕を組む。
「単に効率的な方法を選んだだけだ。いつまでもチンタラ教えていられないしな」
「それで逆に非効率になったら意味ないんじゃ……。誰だって師匠みたく優秀な訳じゃないですし」
「確かにな」アヴェリンは鼻を慣らした。「お前は優秀ではないが、諦めだけはしない男だ。なればこそ、生温い方法は選ぶ必要がないと考えた」
ユミルは嫌らしい笑みを浮かべて、やる気のないぺちぺちとした拍手を送った。
「いいわねぇ、その考え。このまま続ければ、その内アキラの発狂する姿も拝めるしね?」
「そんなハードな事されてるんですか!?」
「自分で受けてて、そのくらいも分からなかったの? 才気溢れて未来を渇望される若者でもなければ、要求されないレベルを押し付けられてるわよ、アンタ」
ユミルが呆れた表情で人差し指を向けるのを見て、アキラは今更ながらに顔を青くした。
アヴェリンは素知らぬ顔だが、何かフォローが必要かと思ったミレイユは、ルチアに声を掛けてやる。
「何か有用なアドバイスでもしてやれ。ルチア、お前なら何か知ってるんじゃないか?」
「そうですね……」
突然水を向けられたルチアだったが、考えるような仕草はすぐに解いた。今まで共にアキラの鍛練風景を見ていたので、何か思い当たる節でもあったのかもしれない。
「前提として、まだ不完全な魔力総量の上限を伸ばす事と、安定したマナ吸収量を獲得する事、その両立をしようとしているのが間違いではないかと」
「……そうなのか?」
アヴェリンが訊けば、ルチアは頷く。アキラの方には目も向けないが、しかしその力量についての分析は済ませていたようだ。
「どちらか一方に絞るべきです。器用な様には見えませんし、魔力総量を上げる効率的な方法というのも、この人には向いてないでしょうしね」
「ふむ……」
アヴェリンはちらりとアキラに目を向ければ、アキラは恐縮するように身を縮めた。
ルチアは淡々とした表情で続ける。
「魔力総量は筋肉というより骨格です。年齢や成長と共に伸びる骨と、全く同一という訳ではありませんが、身近に例えるとそうなります」
「しかし、鍛えて増えるのもまた魔力というものではないか?」
「そうですね、違うのは伸びた後は縮まないという点です。筋肉は一度鍛えた後でも維持する為の運動が必要になりますが、骨格にそういった問題はありません。それに密度という部分が、より魔力に近しい性質を持ってますし」
アキラは納得していないが、話の内容を理解できるミレイユなどは頷いていた。
確かに筋力は放っておけば、あっという間に脂肪に変わる。一年鍛えた者が半年何もしないだけで、見て分かる程の肥満体になるようなケースもある。
そこのところを考えれば、確かに魔力にそういった変異はないし、骨のように魔力にも密度というものがある。魔力は骨と違って割って確認する事はできないものの、同じ魔力総量を持つ二人でも、遣った魔術の威力が変わるのはこの魔力密度――あるいは濃度の差にこそある。
「なので、総量を上げるというなら今のような休憩時間中にして、鍛練している時は吸収量の上昇を鍛える、というのが良いと思います」
「……なるほどな。助力、感謝する」
「どういたしまして」
ルチアはにっこりと笑ってグラスに口をつけた。
アヴェリンも満足げに頷いて、新しい鍛練プランを考え始めたようだ。しかしそこに待ったをかけたのが一人だけいた。
「ちょっとお待ちを! それはつまり、僕に休憩時間がなくなるって事ですか!?」
「何を言う。今もこうして座ったり水を飲んだりしているではないか。これからは、そこにちょっとした鍛練が加わるぐらいのものだ。骨休めには違いない」
「その骨に負担かけようっていうのに、骨休めってのが笑えるわ」
ユミルがにこやかに笑みを浮かべてアキラを見た。アキラの表情は驚愕に染まっている。
「え、骨っていうのはあくまで例えであって、実際は違うんですよね? 魔力は骨に宿るとか、そういう話じゃないですよね?」
「勿論、違うわよ。あくまで例えよ、例え。でもほら、成長期に骨が伸びる時も痛みが伴ったりするじゃない? 急激に伸びる子なんて、痛くて眠れないなんて言うじゃないの」
「それは……はい。僕の同級生にも、そういうの言ってた奴いましたが。夏休み明けに十センチ身長伸ばしたような奴が」
ね、とユミルは笑む。綺麗な笑みだが、その瞳の奥は決して笑っていなかった。加虐的な色が濃く映っている。
「魔力総量を上げるにも、身長と同じように限界がある。鍛えた分だけ伸びるなんてものじゃない。筋力を鍛える時も苦しいかもしれないけど、魔力を鍛えるなら痛みを伴うのよ」
「う、うぅ……! それは、どうしても……?」
「いいえ、あくまで急激に伸ばそうとした場合よ。自然に任せるよう伸ばせば、痛いとは思っても気にしないレベルじゃない?」
アキラはそれに一瞬の光明を見たようだが、ユミルの視線に気づいて顔が歪んだ。次いでアヴェリンに顔を移して、また歪める。
「因みに……拒否権は」
「あると思っているなら言ってみろ」
「いえ、いいです……」
アヴェリンの視線も合わさぬ物言いに、説得は不可能だと早々に悟ったようだ。
肩を落としたアキラに、相変わらずの笑顔を見せるユミルが告げた。
「安心なさいな。身長と同じって言ったでしょ? 剣の鍛錬みたいに終わりのない世界って訳じゃないんだから、さっさと済ませて上限まで鍛えちゃえばいいのよ」
「あ、そうですよね! それなら……!」
ミレイユは静かに目を閉じて、アキラの表情を見ないように努めた。
どうも明るい未来を見せた後に、暗い未来を提示するのはユミルの好みになりつつある。元よりその傾向はあったものの、困難な壁があってもミレイユ達なら力づくで突破してしまうので、そういった表情を楽しむ事などなかったのだ。
しかしアキラの表情はよく変わる。絶望に染まる表情がユミルは大変お気に召したようだった。
「うんうん、これから続く半年間、その痛みに耐えましょうねぇ……?」
「はん……年?」
「アンタの伸び代次第じゃ、もっとかもね。最低で半年、最大で三年かしら」
「さんねん!!!」
アキラの声は、絶叫のそれと違いがなかった。
ミレイユは目を閉じていたのでその姿は見えなかったが、その表情は声から察する事は出来る。さぞ青い顔して絶望を表す顔をしている事だろう。
「でもまぁ、伴う痛みなんて精々骨折した時くらいよ。それで魔力が伸びるなんて、むしろお得でお釣りが来るってモンよねぇ」
「いや、滅茶苦茶痛いじゃないですか! え、そんなの泣き叫ぶレベルじゃないですか? お得? ……頭おかしいのか?」
思わず言葉が乱暴になってしまったアキラに、すかさずアヴェリンから一撃が飛んだ。頭を平手打ちするような音が耳を拾って、それでミレイユは目を開いた。
思ったとおり、頭の後ろを抑えてテーブルの上でアキラが蹲っている。隣を見てみれば、満足そうな顔を見せて、口の端を吊り上げるユミルがいた。
顔を上げたアキラが涙目をしながら、縋るような目でミレイユを見る。
「これ、本当なんですか? そんな痛み、本当に休憩中ずっと味わい続けなきゃいけないんですか?」
「……どうだろうな。私から言える事は何もない」
「そんな事言わず……、何か一つくらいあるでしょう?」
「厚かましいぞ。ミレイ様に迷惑をかけるな」
アヴェリンがすかさずアキラを注意したが、ミレイユは特別気にしなかった。縋りたくなる気持ちは分かるが、助けてやれる事はない。
これは別に見放している訳でも興味がない訳でもない。無理解な部分はあるが、決して否定的な感情から生まれるものではなかった。
「私はお前が思っているほど魔力を知らないんだ。だから教えられるものはない」
これを告白するのは結構な勇気が必要だったが、隣に座るユミル達は呆れた声で聞こえるように嘲った。
「……ねぇ、どう思う?」
「笑ったものか呆れたものか、どうしたらいいか反応に困りますね」
二人の反応を見て、アキラは再びミレイユに顔を向けてきた。
しかし、そんな事をされても有用な助言など出来るとは思えない。どう言ったものかと頭を悩ませ、遠く晴れる空に視線を転じた。
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