魔力と鍛練 その4
身体中を擦り傷だらけにしたアキラへ椅子を勧め、己の対面となるよう座らせる。ミレイユの隣は定位置としてアヴェリンが座り、用意していた柑橘水を飲ませてやる。
糖分も塩分も含んでいる水だから、汗だくになったアキラにはさぞ美味く感じるだろう。
しかし普段から剣術道場など通っているだけあって、素人のように流し込むような飲み方はしなかった。
アヴェリンはそもそも汗など額にうっすら浮かぶ程度で、軽い運動程度にしかなっていない。
こちらも素直に口をつけたが、やはり水分補給というような飲み方ではなかった。
先程までしていたユミルとの会話など、おくびにも出さずにミレイユはアキラに問うため口を開く。
今朝ほどから魔術を身に着けたアキラについては、気になる部分があったのだ。
単なる会話の取っ掛かりぐらいの気持ちだったのに、しかしアキラは恐縮してしまった。
「学校の方はどうだった?」
「いや、はい……それが……」
「どうした」
「失敗しました……!」
アキラは苦渋に顔を歪めて言ったが、ミレイユにはそれだけでは伝わらない。
他の二人も似たようなもので、アキラが何を言いたいのか理解できないようだった。
ミレイユはアキラの言葉を待ったが、なかなか続きを口にしない。いつまでも待っていられずミレイユから促す。
「……それで? 一体、何に失敗したと?」
「今日……体育の授業があったんです」
その一言で、ミレイユは何があったのか察した。
恐らく、その身体能力を制御できず、一般人では不可能な出来事をやらかしたのだろう。持久走や短距離走で日本記録を破ったとか、そういう超人じみた何かをしたのではないか。
だが、それぐらいなら別にタイマーの故障とかで誤魔化せそうなものでもある。そうでないとしたら、あるいは球技で何かしてしまったのか……。
「うん、それで?」
「バスケだったんです。別に早く走れたりしたところで、ボールが入らなければ得点にならないし、やってるフリで大丈夫かと思ったんです」
そこだけ聞くなら問題がないように思える。
強い力でシュートを打っても、入らなければ馬鹿力と笑われて終わる話だろう。ディフェンスだって当たり負けしなかったところで脇に躱されたら同じ事。棒立ちだの何だと言われて避難されても、それが怪我させる事につながる訳でもない。
ミレイユはグラスに口を付けながら、頷くようにして続きを促した。
「最初は上手くいってました。上手くいってたというか、下手にやっていたというか、とにかく役立たずでお荷物な感じで……」
「下手に押せば怪我させるかもしれないしな、それで良かったんじゃないか?」
「ええ、でも何というか、下手に見せすぎたといいますか……。普段から身体を動かしていますから、やっぱり体育ではそれなりに動けていたんです。それがいきなり動けなくなった訳ですから……」
「体調不良だと思われたのか?」
ミレイユとしては順当な発想だと思ったのだが、アキラは首を横に振った。
「いえ、相当煽られまして……。以前、喫茶店で一緒にいた男です。ミレイユ様たちと一緒にいた事にも嫉妬されたというのもあり、僕を抜き去ってシュート決めたのも相当嬉しかったみたいなんですよね。あいつ帰宅部なので、そういう運動系で僕に勝てたこともなかったので」
「ほぅ……」
「僕も我慢したんですけど、やっぱり運動で負けた事がないっていうのは、知らない内に自分を驕らせる部分もあったみたいで……」
ミレイユは嫌な予感がして眉根を寄せた。
アキラは実直な男で常識もある。下手なことはしないという、ある種の信頼感もあったのだが、普段下に見ている男から虚仮にされて我慢できなくなってしまったのか。
プライドの問題だから、そこについて何を言うつもりもなかったのだが、続く言葉で思わず言葉を失った。
「スリーポイントのサークル外からダンク決めて、ゴールポストを壊しました……」
「お、ま……!」
アヴェリンもユミルも、アキラが何をしたのか理解していなかった。しかしミレイユが絶句したのを見て、事の重大性をにわかに理解したようだ。
ユミルが思わず、下手に出るような感じで優しく聞いた。
「それ、壊したのがマズかったの? ダンクってのが悪かったの?」
「両方、です……」
「あ、そう。両方……」
重々しく返答するアキラに、ユミルは苦みを加えた半笑いで顔を外に向けた。
「ボールを奪って床を蹴る直前、行ける、と思ったら止まらなくて……。ダンクを決めたまではいいんですけど、まさか壊してしまうなんて……」
「それ……弁償とか、そういう問題になったのか?」
今のミレイユにとって、そういう突然発生した巨額の出費は絶対に遭遇したくない恐怖だ。ましてや学校設備、決して安いものにはならない。
ミレイユからの頬をヒクつかせる質問にも、アキラは首を横に振った。
「わざと壊した訳じゃないと分かってくれまして……。それは大丈夫でした。ただ、やっぱり周囲の人から変だと思われてしまって……」
「そうなるだろう……。プロの選手だって誰もが出来る事じゃない筈だ」
「マグレだと言って、その場は誤魔化したんですが、やっぱり後から可笑しいんじゃないかという風に盛り上がってしまって……」
アキラはそれきり黙って、重い息を吐いて黙ってしまった。
アヴェリンも同情めいた視線を向けたが、その全貌を理解してはいないだろう。学校生活や高校生男子にある、ある種の英雄願望などが合わさって、アキラを祭り上げたくなる奴も出てくるかもしれない。
それが正当な評価か嫉妬の混じった持ち上げかまでは分からない。しかし、それがアキラにとって煩わしい事は間違いないだろう。
アキラが失敗したというのも頷ける。
十全に力を制御できなかったとしても、内向魔術は常人から離れた地力を発揮する。未だ不完全なアキラでは、遅かれ早かれ同じ様な目には遭っていただろう。
かといって学校を休ませる訳にもいかないだろうし、どうすれば良かったのか難しい問題だった。
「体育の授業については、今の力を慣れるように使い方を覚えるしかないだろう。アヴェリンとて、お前より遥かに強い力を持つが、お前を粉微塵に砕いたりしていない。上手くやり方を学べ」
「はい……、ですね。慣れないと始まらないですよね……」
「だから、それまでは道場は休め」
ミレイユの頑とした物言いに、アキラは苦渋の顔になお渋みを乗せて縋るような目を向けた。
「やっぱり、そうするしかないですかね?」
「お前が敢えて同門の頭を砕いて回りたいというのなら、止めない」
「いや、そんな事にはならないでしょう! 先に竹刀が折れる筈ですし!」
「同じ事だろう。竹刀が折れる程の衝撃を頭に受けてみろ。砕けないまでも、脳震盪でも起こして失神するぞ。それとも、失神させて回りたいのか?」
「……いえ」
アキラが観念したように俯いて否定した。
アヴェリンの鍛練を受けながらも道場に通うぐらいだから、その道場には強い思い入れがあるのだろうが、どちらにしても怪我させて回れば謹慎、あるいは破門すらあり得る。
体調不良を言い訳に、しばらく我慢させるしかないだろう。
何と声を掛けたものか迷っていると、アヴェリンは突き放すように言った。
「お前が早く制御を学べば済む話だ。元通りとはいかないまでも、元の生活に近づく事は出来る筈だ」
「はい、精進します……」
その声に力はなかったが、それを聞くなりアヴェリンは立ち上がる。
ついでにアキラの首根っこを掴んで、こちらもまた強制的に立ち上がらせた。
「全くお前というやつは、少々焚き付けたくらいではやる気を起こさせるには不十分らしいな。道場に通いたくば、それだけ努力すればいいだけの話だろうが。今から続きをやる、着いてこい」
「あ、師匠、待ってください! ちょっと、まだ水ぜんぜん飲んでな……!」
着いてこいと言いつつ、首根っこを掴んだまま離さないので強制連行になっているが、今はそれでいいのかもしれない。本人は気にしているが、今は気にしていても仕方がない。
なるようになるしかないし、ならないのならキッパリと諦めるしかないのだ。
ミレイユは遠退いて行く二人を見送りながら、それより卵の代わりをどうしようかと思考を悩ませた。
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