招待 その5

「そもそも、僕の魔力総量っていうの、どれくらいあるんですか?」

「そうだな……」


 ミレイユはアキラの頭から胴まで舐めるように見つめ、それからユミルに顔を向けた。


「お前はどう思う」

「まぁ、普通でしょ」


 ユミルはちらりともアキラに視線を向けずに言った。その投げ遣りな態度は特別アキラに対して不誠実という訳ではないが、もう少し真面目に見てくれてもいいのに、とは思う。


「その普通が、僕には分からないんですけど」

「大体、四十と少しってところです」


 アキラの不満顔での発言に、平坦な声で返答したのはルチアだった。


「四十……、それが普通って事ですか?」

「平均だと少し下がって三十です。とはいえミレイさんの同郷なら、もう少しあるのかと思ってたんですけど。やっぱりミレイさんが特別なだけでしたね」

「そりゃそうでしょ。こんなのが複数いたら、とっくに世界は崩壊してるわよ」


 酷い言われようだが、ミレイユはそれに何の反応も示さなかった。ただ、その雰囲気はどこか不満げではある。

 しかし、四十という数字は少なく感じてしまう。

 平均よりかは多いとはいえ、先程まで百や千という数字が引き合いに出されていたせいもあり、やはり自分も百程度はあるのかもと期待していた。

 少ない数字に鼻白む気持ちでいると、そこにルチアが詳しい解説を加えてくれた。


「ユミルさんが言ったように、あなたは普通――つまりヒトとしては平均的な部類です。余程の才能があるヒトで百に届くと言ったところで、別にあなたが凡愚という訳でもありません」

「なる、ほど……」


 そのように援護してくれるのは嬉しいが、やはり自分があくまで並程度だと言われるのは辛いものがある。とはいえ、己の底を知らず、自分に才があると思い込み、あるいは縋って足掻くよりはマシといえる。


 アキラは即座に思い直して顔を引き締めた。

 並より上と胸を張れる数字ではなかったが、下でもなかったのだ。自分には分不相応ともいえる。ならば自分に出来ることは、それをより高めるよう努力するだけだ。


 その表情と機微を察知したミレイユが、小さく笑む。


「そういう、すぐに立ち直って前を向けるのはお前の美点だな。――腐るなよ、お前はそれを伸ばしていけ」

「はい、ありがとうございます!」


 アキラは頭を下げて礼を言う。

 その頭の上へ、更に言葉が落ちてきた。


「少なくとも今のところは、というところだが」

「今のところ……?」


 アキラは頭を上げて、声の主であるミレイユを見つめた。


「そう、筋力と同じように、鍛えれば増える。個人差はあるが、お前ならまだ増やせるだろう」

「本当ですか……!」

「可能性の話だ。筋力を例えにしたが、やはり付きやすい者とそうでない者がいるだろう。お前がどちらの側なのか、鍛えてみなければ分からないしな」

「はい、努力します!」


 アキラはあくまで凡夫なのかもしれない。それでも、まだ望みが残されていると知れて、展望が開けた気がする。

 だから、という訳でもないのだが、自分の方はさておいて、他の皆はどうのか気になった。


「正直、僕は自分が才能溢れる身ではないと思っていたので、それほど落胆はなかったんですけど、皆さんはどうなんですか?」

「……どう?」

「その、魔力総量が、どうなのかと……」


 どこか苛立たしげに聞き返されて、アキラの声は尻すぼみに消えていく。単なる好奇心で聞いてはいけない事だったか……。またやらかしてしまったか、と思って恐縮していると、そこにルチアから返答があった。


「まず最初に、相手の魔力総量を聞くのは不躾です」

「す、すみません……!」

「それに相手に問い質すのは、自分の無力を晒す事にもなるので聞きません。それはつまり相手の力量を見抜けないほど実力差がある、と言っているようなものだからです」

「なるほど……」


 しかし見抜けないと言っても、アキラが四人を見比べても、そこに色があるとか靄のようなものが見えるとか、そういう分かりやすい目印はない。

 何をどう見れば見抜くことになるのかを考えて、見抜く以前に実力差がありすぎて見えないだけだと思い至った。


「それに、総量が多ければ強いという話でも、有能という話でもありませんからね」

「そうなんですか? 多ければ多いだけ有利な様な気がしますけど」

「多い方が有利、という主張はそのとおり。少ないより多い方がいいに決まってます。でも総量が多いという利点が、必ずしも有利になるとも限らないんです」


 困ったように言うルチアの言葉を、ユミルが引き継ぐ。相変わらず、愉快なものを見るような目でアキラを見ていた。


「桶に水を満たすのは簡単でしょう? じゃあ、家ほど広い空間に満たせと言われたら、アンタどう思う?」

「ああ……」


 さっきミレイユがボールの例えで言ったような事だ。

 ボールに空気を入れるとして、どちらが早く膨らむか、という問題と同じだろう。萎んだボールに価値がないのと同様、魔力が満たされていない魔術士は使い物にならない、そういう事だろうか。

 いや、それだと戦闘中、その開始時点でしか魔術士に価値がない事になってしまう。

 それとはまた別の理由がありそうだった。


「つまり、自己の魔力生成能力にも関係するワケ。仮に底をついた状態から、どれほどで全快まで持っていけるか。単に総量が多いと、それを満たすのも時間がかかるのは分かるでしょう? 回復までに時間が掛かるというのは、立派な欠点なのよ」

「難しいんですね……」


 アキラがしみじみと言うと、おかしなものを見るようにユミルが言った。


「当たり前じゃない。少なくてはお話にならない、かといって増やしすぎても不利になる場合がある。使える魔術によって穴の数も変える必要があるし、自己生成力を伸ばす事によっても変化が必要。魔力総量を増やすか、敢えて抑えるか。自己生成力を伸ばし、抑えた分だけ最大限の時間を増やすか。それを的確に判断しないといけないの」

「頭を抱える思いです……」

「自分が欲しい術に適正があるかという問題もあるしね。炎を使った術が欲しいと思っても、治癒術に適正があったら、そっち覚えた方がいいし」


 その辺りはゲームでもよくある話なので、アキラもまた理解の早い話だった。

 最終的に少ない魔力で使えたり、最大効果がアップしたりするのだ。ユミルの言う適正がそれと同じかは分からないが、単に好みというだけで選ぶと後悔するのは間違いないだろう。


「成長の見極めっていうのは難しいから。自分一人ではなく己の限界をここまで、と決められる人が傍にいないと。だから魔術士は師弟関係を築くの」

「ああ、それは分かる気がします。独学でひたすら部屋に籠もっているイメージもありますけど、そっちの姿の方がメジャーですよね」

「そのメジャーが何か知らないけど、一般的って意味ならそう」


 アキラがうんうんと頷くのを見て、ユミルはちらりとミレイユに顔を向けて続ける。


「まぁ、よっほど言う事を聞かない弟子っていうのも、世の中にはいるみたいで……。予想外というより無茶苦茶で、そのうえ支離滅裂の癖して、無謀なまでに鍛えて成長して、そのクセ生き残った冗談みたいな存在もいるけど」

「……おかしな奴もいたものだ」


 ミレイユが目を合わせず外方を向いているのが、その答えのような気がした。

 では、その師匠になったのがユミルなのか。師匠に対する敬意は全く見えないが、ミレイユがユミルに甘い理由は、むしろこれだったのかと理解した。


「アンタのせいでアヴェリンも真似しちゃって、せっかくの内向魔術を無駄にしちゃうし」

「仕方ないだろう。ミレイ様のお側に立ち続けるには、己を鍛えねば無理だった」

「それで破綻しちゃ世話ないでしょ」


 アヴェリンが思わず我慢ならじと口を挟んだが、ユミルは呆れた声を返すばかりだった。ユミルの言が正しければ、アヴェリンは完全な内向を放棄せざるを得なくなったのか。

 それが果たして本人にとって不本意だったのかは分からないが、やはり単に鍛えると一言で言っても難しいものらしい。


「因みにそれは、どういったような……?」


 どうせ答えてくれないと思いつつも聞いてみたのだが、意外にも素直に返答が返ってきた。


「自己生成力を鍛えすぎて、バランスを崩した。生成される魔力に耐えられず、放っておけば破裂するところまでいった」

「破裂……!?」

「内向魔術は一切の魔術が使えないが、それ故に身一つで完成しているものだ。自己生成される魔力と、それを消費して自らを強化する量が一定になっている必要がある。どちらか一方が多くなれば破綻し、結果弱体化する」

「それじゃあ、師匠は……」

「生成力を強めすぎた。ならば弱めればいいかというと、そう単純な話でもない。傷口からの出血みたいなものだ。流れ出るものを塞き止めるにも限界がある」


 間違ったら即座に引き返せるなら、破綻などと言わないだろう。

 だから死ぬよりマシだと、弱体化するにも関わらず内向魔術を捨て、きっと穴を開ける事にしたのだろう。


「幸いだったのは、点穴の数が一つで済んだことだ。完全ではないが、最善ではあった」

「それでバランスが保てるようになったという訳ですか……。外向魔術も迂闊に手を出せないと思いましたけど、内向もまた命がけなんですね……」

「普通はないけどね……」


 ユミルの呆れ顔は見慣れたものだが、そこには異常者を見るようなニュアンスも含まれている。よほど無謀な訓練を己に課したのかもしれない。

 思わずアキラは聞き返した。


「……ないんですか?」

「アタシの知る限り、そんな無茶する奴いないわよ。外向と違って内向はよっぽど分かりやすいし。息が切れて、足も上がらなくても走り続けるような事をしたワケ」

「ああ、それは……」

「普通は休むでしょ。息が切れるぐらいは普通でも、足すら上がらないってなれば、それが危険だって判断できるでしょ。でも走ろう、とはならないでしょ」

「ですねぇ……」


 アキラもまた、思わず呆れた顔してアヴェリンを見てしまった。直後、その頬に張り手が飛んできて、強制的に顔の向きを変えられることになった。


「いだっ! ちょ、何するんですか!」

「うるさい」

「別に何も言ってないでしょう!?」

「顔がうるさい」

「なんですか、その言い草! そんな悪口ないでしょうよ!」


 そう言って食って掛かろうと顔を向けたら、更に頬を叩かれ腫れさせる事になった。熱を持った頬を撫でながら、アキラは閉口して目を逸らした。

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