招待 その3

 唐突な質問に、アキラは面食らい言葉に詰まった。

 エルフというのはそもそも創作で生まれた種族である事だし、実在する種族として見た場合、そこに違いはあるのかもしれない。

 だが一般的に容姿に優れ、高い知識と誇りを持ち、長い寿命を持ち、そして森の中で暮らしている。ごく簡単に思いつく限りを言ってみれば、ルチアは素直に頷いた。


「そちらでも同じ認識で良かったです。その余りある長い時間を使って、高い知識で魔術書を読み解き、その習得に十年かける。……魔術を身につけるって、そういう事なんですよ」

「そん……なに!?」

「魔術の行使はエルフの誇りです。長い寿命を持つが故に、多くの術を覚えられる。炎の矢一本飛ばすだけで満足するなら、別にそれでいいですけど」

「それは……、でも……」


 気分の上下が余りに激しい。

 魔力がないからと絶望し、魔力を与えられて歓喜し、そして魔術を使うには長い時間が必要だと落胆した。アキラはもう、自分がどうしたらいいか分からない。

 そこに常と変わらない声音のユミルが言った。


「魔術と一言で言っても色々だけどね。さっき言った炎の矢一本、それなら別にすぐ覚えられるでしょ。アンタが便利と思う魔術は、また話が別でしょうけど」

「それって、役に立つんですか……?」

「それこそ使い方次第じゃない? 便利にするのも腐らせるのも、使い手次第。そこのところ行くと、ミレイの使い方はエグいわよぉ? あれは曲芸ってレベルだから。同じコトしろと言われたらアタシだって発狂するわ」


 ユミルが揶揄するように視線を向ければ、当の本人は困ったような笑みを浮かべていた。つまらなそうに手を振るが、アキラはその使い方が自分にも出来ないか、と一抹の望みを抱いた。


「それって、僕にも出来ますか? 簡単な魔術を覚えて、それで……!」

「無理に決まってるじゃない」


 ユミルは笑って言った。小馬鹿にした笑いでも、微笑ましいものに向ける笑みでもない。あえて無理な事を口にした芸人へ向けるような笑みだった。


「言ったでしょ、同じことやろうとしたら発狂するわよ。魔術に対する深い理解は必須、それを単純に使うのと応用に使うのとでは、どっちが難しいか分かるでしょ? それも一口に応用って言っても、魔術制御は繊細なの。努力以上にセンスが求められるのよ。便利だからやる、それで可能にしているあの子がおかしいのよ」

「そんなに難しいんですか……」

「説明は難しいけど、口笛吹きながら歌うようなもの、かしらね。あるいは、右手と左手でペンを持って、別々の絵を同時に描いていくような……。とにかくやれと言われて、普通はできないことをやってるのよ」


 それは確かに異常だ。

 今も目の前で涼しい顔をして座っているミレイユは、ユミルに異常だと渋い顔をされる程の実力を持っているのだ。

 ルチアやアヴェリンの表情も似たようなものだった。

 ミレイユの見た目は二十代前半、その若さならば習得に十年かかるような魔術は覚えていないだろう。故に、初級魔術だけ修め、それをセンスで使いこなしている、そういう事だろうか。

 確かに、ミレイユが他に使っている魔術など、物を遠隔的に持ち上げる、サイコキネシスめいたものしか見たことがない。


「じゃあ、ミレイユ様も覚えるのが簡単な魔術ばかり使ってるって事ですか?」

「……は?」「――ん?」


 不機嫌そうな声と呆れた声、二つが聞こえた。

 その二つはルチアとユミルからだったが、アキラは不味い失言をしてしまったのかと目を泳がせる。声を出さなかったアヴェリンは、難しい顔で押し黙っている。


「いや、だって……。まだ若いミレイユ様ですし、そんなに術は覚えられないんじゃないかな、と……」

「そうか、そういう感想になるよな……」


 アキラがしどろもどろに弁明すると、ミレイユ自身、納得するように頷いた。

 ユミルはそんなミレイユを見て、どこからも上から目線で感想を放つ。


「まぁ、アンタくらい若いと大規模魔術は一つも覚えてないのが普通で、見習いから脱したかどうかってところよねぇ」

「……なんか、ユミルさんって何かと大人ぶるというか、年上を意識するような発言多いですよね」


 暗にオバサンだと湾曲に表現したつもりだった。

 アキラの発言にユミルが目を丸くする様子を見て、ちょっと言い過ぎたかと後悔する。

 しかしユミルは、それからミレイユを見て、アヴェリンを見て、アキラに視線を戻して指を差して笑った。


「そりゃアンタ、年上だもの! 言うでしょうよ、そりゃ! アーッハッハッハ! そっか、言ってなかったものねぇ!」

「……何がそんなにおかしいんですかね」


 年上を指摘したら、普通は怒るものかと思ったのだが、返ってきたのは予想に反して爆笑だった。面白い発言なんて一つもなかったと思うのに、一体なにが彼女の琴線に触れたのか。

 だがとにかく、今の彼女は笑い通しで、それ以上会話にならない事は確かだ。

 それで目の前にいるミレイユに、気になった事をそのまま口にした。


「全然そういう風に見えないんですけど、ユミルさんがそう言うって事は、見た目通りの年齢じゃないんですか?」

「まぁ……、そうだ」


 ミレイユが眉根を寄せて返答したので、これは少し好奇心に任せすぎたかと自責する。そもそも、これは本題と全く関係ない質問だった。

 こちらの世界の常識としても、女性に年齢を聞くのは歓迎されない。それを思って会話を元に戻そうとしたのだが、意外にもミレイユがその会話を続けた。


「何歳かまでは言わないが、最も若いのが私で、次にアヴェリン、そしてルチア、最後にユミルとなる」

「ミレイユ様が一番年下なんですか!?」


 意外な事実に、アキラは思わず高い声を上げた。

 一家の主として振る舞い、事実チームのリーダーとして君臨し、その威厳を体現している彼女が実は一番年下だと知って、心底驚いた。


 誰もそれに異議を唱えないから事実なのだろう。

 ミレイユとアヴェリンは似た年齢に見えるから、離れているとしても五歳と違わないだろうが、でも次に年長だというルチアが中学生くらいの見た目をしていることから、その外見から想像するのは危険だろう。


 実際、見た目だけ見ればルチア以外、全員横並びに思える。

 しかしルチアがエルフだという予想が正しければ、その見た目に反して百歳を越えていても不思議ではない。そして、百歳を超える者より更に年上なのがユミルなのだ。


 一体何歳なのか分からないが、ミレイユがユミルに妙に甘い対応をするのも、そういうところに理由があるのかもしれない。

 だが、だとすると、ユミルの言動はあまりに幼い気がする。とても百歳を超えた人生経験を持っていると思えず、アキラは思わずユミルを疑いの眼で見つめた。


 ユミルの笑いは収まっていたが、目尻を拭って涙を拭いている。まだ口元には笑みを張り付かせていて、まともな返答は期待できそうになかった。


 だが実際、重要な事は年齢ではなかった。

 誰もが彼女を思慕し、彼女を主と認めている。彼女の言葉には敬意を持って応える。そういう上下関係が出来上がっていて、誰もがそれを正しいと思っているのだ。

 アキラ自身も、いつでも威儀を正し堂々と振る舞うミレイユの姿を見るに、その評価は正しいと感じていた。


「話が逸れたな……、お前が魔術士として魔術を身に着けたいというなら、勿論その意思を尊重しよう。しかし、これは不可逆な問題で、一度選ぶと取り返しが付かない」


 話の方向を戻したミレイユに、アキラは素直に乗っかって追従するように頷き、そして首を傾げた。

 内向と外向、どちらを選ぶかというのは分かるが、選んだ後で変えられないというのは不思議に思えた。聞く限り、内向は別段魔術を覚えるような訓練を必要としないように思える。

 それとも、他に何かあるのだろうか。


「一度選ぶと、取り返しがつかないものなんですか?」

「そうだな。単に術を使わない人を、内向と呼ぶわけではないからな」

「魔術を覚えるのにもリソースが必要で、それを消費してしまう以上、覚えた後になかった事には出来ないから、とか?」


 アキラが自分なりの考えを首を傾げたまま口に出すと、ミレイユは小さく笑んで手を横に振った。


「考え方としては良い線をいっている。だが、そういう事じゃないんだ。……そうだな、魔術士を一個のボールに例えてみよう。ボールの大きさも種類も違う、小さくて弾まないもの、大きくて弾むもの、それが魔術士の個性だと想像してみろ」


 アキラは言われるまま、頭に浮かんだボールを想像してみる。

 小さく弾まないといえば野球の硬式ボール、大きくて弾むといえばバレーボールを思い付いた。他にも多種多様のボールが思い浮かんでは消えていく。

 人の性格や容姿に違いがあるように、魔力の質にも、そういう種類があると言いたいのだろう。

 一通り、思いつくものを数種類口に出してみて、ミレイユから頷きが返ってくる。


「うん、そこのところで言うと、アヴェリンはバスケットボールだな。表面は固く、よく弾む。中の空気をほぼ完璧に閉じ込め、外に漏らさない」

「ほぅほぅ……」


 頷きながら、アキラはアヴェリンの方を見つめる。いつも力強く、その瞬発力で攻撃をいなし、反撃してくる様を想像すると、彼女を実によく体現しているように思えた。

 アキラがミレイユに顔を戻したところを見計らって、自らを示すように両手を開き、次いで片手をルチアたちのテーブルを示す。


「では、我々のような外向魔術士は、どういうボールだと思う?」


 言われてアキラは頭を捻る。

 そもそも魔術士に対して深い理解があるとは言えないアキラでは想像もつかないが、しかしバスケットボールよりもよく弾むもの、という予想をつけた。

 沢山の魔術を使うのだから、より大きく、より弾むもの……と、そこまで考えて該当するものが思いつかなかった。

 答えに窮するアキラに、ミレイユが苦笑を漏らした。


「……まぁ、今のは意地悪な質問だったな。実は当て嵌まるボールがない」

「ない? ない……って、どういう意味です?」

「今の例えで言うと、小さな穴が複数空いたバレーボール。……そういう事になる」


 だが、それではボールは弾まず、それどころか空気が抜けて萎んでしまうだろう。

 ボールの内側、つまり空気を魔力に例えているとするなら、それでは魔力が際限なく外に漏れ出すという意味になりはしないか。

 アキラが怪訝な表情をするのと同時、その感情と感想に理解を示すミレイユと視線が合った。

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