招待 その2

「さて、ここに連れてきたのは、何も花を愛でて欲しいからという理由ではない。……そろそろ感じないか?」

「感じる……?」


 ミレイユが花々を目で追いながら言うので、アキラも同じく花から花へ目を移していく。

 花の種類にも色にも、別に共通点があるようには見えない。実は花ではなく、動物であったりするのだろうか。あるいは虫の擬態であるのかもしれない。

 そう思って目を凝らしてみても、動き出すような花は出てこない。

 首を傾げてミレイユを見ても、苦笑が返ってくるばかり。どうやら思い違いをしていたらしい。


「ここの花は含有しているマナが多い。だからこそ強力な水薬の元にもなるのだが、ここで座っているだけでも、他と比べて吸収できるマナが多いんだ」

「じゃあ、今も僕は吸収している筈なんですか? ……別に何も感じないですけど。実はやり方があるとか? 丹田に力を入れるとか、そういう……」


 言われてミレイユは、少し考えこむような仕草をした。


「意識した事はなかったが、そうかもしれん」

「えぇ……、かもしれんって?」


 アキラが呆れたような声を出すと、隣のテーブルから含み笑いで返ってくる声があった。


「そりゃ、アンタには分からないでしょ。そんな事で苦労した経験なんてないでしょうから」

「ですね、持ってる視点が違うんです。でも、だからこそ気付けることもあるんでしょうけど」


 ユミルとルチア、二人からの言葉にミレイユは苦い顔をして横を向いた。

 アキラにしてみると意味がよく分からないが、彼女たちにとっては大いに共感できるものがあったらしい。

 ミレイユの言葉をルチアが引き継ぐ。


「魔力の本質は循環です。マナから自分、そして自分から魔力、そしてマナへと動かす事を意識するんです。それに慣れれば、言葉どおり呼吸するようにマナを得られますよ」

「う、う、なるほど……?」


 とりあえず頷いてみたが、アキラには素直に理解する事が出来なかった。

 とりあえず深呼吸して腹に力を込め、そしてゆっくり吐いてみる。そうしてルチアの顔を伺ったが、返ってきたのは苦い顔だった。

 それだけでやり方がまるで違うと理解できた。

 ならば正しい方法を教えてくれと思ったら、流石に見兼ねたらしいルチアが身振り手振りで教えてくれた。


「いいですか。呼吸は必ず、吸う時は口から。吐く時は鼻からを心掛けて下さい。お腹に力を入れず、常に脱力するイメージで」


 言われながら、アキラは普段よりかは幾分深い呼吸を繰り返す。腹に手を当て、力を入れすぎないよう意識して行う。


「そして頭から腰まで一本の棒が通っているかのように姿勢を正します。顎は引いて、自分の臍がぎりぎり見えないぐらいまで」


 口頭で微調整を受けながら言われるままに、アキラは呼吸を繰り返す。


「足は肩幅よりも広く、両手は膝の上。手の甲を下に。……そう、後は六を数えて息を吸い、六を数えて息を吐く。これを繰り返して下さい」


 言われるままに足の位置と手の位置を変えて、心の中で六秒を数えながら息を吸い、そして六秒数えながら息を吐く。


「重要なのはイメージです。霞状の何かを吸い、身の内に入れ、順に身体を巡らせる。腹から頭へ、頭から腕、腕から胴、胴から足。そして胴に戻り、身の外に出す」


 言われてイメージしたのは血液の循環だった。吸った酸素を身体中の血管を巡って一周するイメージ。それを数度繰り返すと、単に呼吸をしているだけなのに身体が熱くなっていく。汗を掻く暑さとは違う、身体中を血液以外の何かが巡っているような気がした。


「あらまぁ、随分と飲み込みの早いこと」

「その分なら、あとは自分だけで何とかしそうですね。それじゃあ、要自己鍛錬ということで」


 ふはっ、とアキラは口から息を吐き、何故か荒くなってしまった呼吸を正す。マナがどういうものか、その一端を掴めた気がした。


「あ、ありがとうございました……!」


 アキラは頭を下げて礼を言う。その動きだけで、身体の熱が増した気がした。今も巡るマナが、身体を突き動かそうと暴れているような錯覚に陥る。

 そこにミレイユから声が降ってきた。


「マナが身体を巡る感覚は、最初は慣れないかもしれない。だがいずれ、その巡り具合で自分の魔力がどれだけ残っているか確認できるようになる。自分の中に目安が出来るんだ。最初の課題は、まず自分の中にマナを満たすこと、魔力を最大まで蓄積すること、この二つだな」

「その二つは同時に持てるものなんですか? なんというかイメージとして、無色透明の水が体内に入ったら色付きに変わるという感じで……同時に存在する感じがしないんですが」

「それは今だけ。お前も自分の口から言った筈だ。お前は現在、枯井戸なんだ。まず底に水を溜めてやる必要がある」


 なるほど、と呟きながら、教わった呼吸法を繰り返す。意識しすぎても上手くいかないと分かり、調子が良かったのは最初だけだった。ビギナーズラックとでも言えば良いのか、勝手が分かってくると逆に変なところで躓いてやり辛くなる。


 眉間にシワを寄せながら続けていたが、そこにミレイユから声がかかる。目の前のミレイユを無視する形になってしまっていたので、アキラは慌てて姿勢を直した。


「その辺はおいおいやってもらうとして、お前には自分の方向性を決めてもらわねばならない。魔力を扱うに当たっての方向性だ」

「方向性、ですか? それはつまり、どういう魔術を使いたいか、という事ですか?」


 ミレイユは一瞬動きを止めて、すぐに自らの失念に気付いたようだ。誤魔化すように小さく笑って、組んでいた両手を解いた。


「うん、それより前の段階だ。つまり、魔術を使うか、あるいは使わないか、そのタイプを決めてくれ」

「……え、そんな事あるんですか?」


 魔力とは魔術を使うためのエネルギーだと思っていた。今もマナを吸収して魔力に変換する方法を教わったばかりで、それで魔術を使わないか選択を迫られるとは思わなかった。


「魔術は便利だ、それは間違いない。だが向き不向きというものもある。自動車が便利だからとて、免許を取らない方がいい人種がいるのは知っているだろう?」

「それは……分かりますけど、僕は向かないタイプって事ですか?」


 そこにまたもユミルが、横から口を挟んでくる。今度は面白がっても呆れてもいなかった。ただ憐憫の眼差しがある。


「アンタって意外と説明下手よね。今までろくに説明もなしに前へ進むタイプだったせいかしら」

「――ミレイ様の侮辱は許さんぞ」

「いや、だってあれ聞いて、分かる人いる?」

「ミレイ様はこちらの世界での例え話をしたのだろう。私達に分からなくても、本人同士が分かっていれば問題ない」


 アヴェリンは苛烈に反論したが、ユミルの返答にも容赦がなかった。


「そこが問題なんじゃないわよ。もっと根本的に、魔術と魔力の関係、魔力の系統別から教えないと、アキラにそれを決められる筈ないじゃない」

「……そういえば、何一つ、それらを知らないんだったか」


 ユミルの指摘には、アヴェリンにも何か思うところがあるらしかった。一理あると思ったらしく、ミレイユに対して申し訳無さを滲ませた表情を向けている。


「申し訳ありません、ミレイ様……。それ以上の弁護は難しく……」

「そんな顔をしてくれるな……」


 ミレイユは顔の前で手を振った。そしてアキラに目を合わせる。


「詳しく説明すると長くなり過ぎる。講義をするつもりもないから、簡単に説明する。お前も分かれ」

「は、はいぃ……!」


 ミレイユの不機嫌な眼力に気圧されて、アキラは身を震わせて頷いた。しかし、説明するよりも前に、分かれと命令してくるのは横暴ではなかろうか。反復して質問とかしたら怒られるかもしれない。

 もし分からない事があったら、ユミルあたりに聞こうと心に決めた。


「まず、大まかに魔力を扱うとした時、二つの系統に別けられる。それを、それぞれ内向と外向と呼ぶ。文字通り、外に向けるか内に向けるか、という事だ」

「外に……っていうのは、つまり炎の球を飛ばしたり、とかですか?」

「それも間違いではないが、もっと大きな枠組みで、魔力を肉体という内側から外に出す事を外向という。内向以外のこと全てを指すとも言えるが」

「じゃあ、内向というのは……」


 ミレイユは眉間に眉を寄せた。腕を組み直して言葉を探す。


「これも言葉どおりだが、自分の内側に向けて使う魔力ということで、つまり肉体強化に特化した魔力の運用法だ」

「つまり、内向というのは自身の強化魔術しか使えない?」

「いいや、魔術そのものが使えない。使えないというよりは、使う必要すらないというべきだが。そのリソースを自分に全て向けられる訳だから。――いいか、肉体強化、活性化、持続力強化、そういった魔術は適切に使わなくては意味がないし、時間的制約もある。強化が切れれば、相対的に見て弱体化する。そういう面倒さから開放されるものでもある」


 言葉を悪くすれば脳筋タイプ、という事だろうか。他人にも自分にも使えない代わりに、そのリソースを自分の強化一点に絞る。強力なのかもしれないが、せっかくの魔術が使えないデメリットは大きすぎるように感じた。

 到底、それを押して内向へと傾くようには思えない。


 強化が切れたら、というが、切れる前にもう一度魔術をかければ済む話だ。

 それもまた、強敵相手なら簡単には出来ないという状況もあるだろうが、自分にも相手にも好きなタイミングでかけられる状況もあるだろう。

 内向を選ぶメリットは、あまりにないように感じられた。


 ミレイユはアキラの表情を見て、笑顔を作って眉を上げる。


「内向を選ぶつもりはなさそうだな……?」

「それは……やっぱり、魔法使いっていうのは、一種の憧れみたいなトコロありますし。使えるようなら使いたいし、そっちの方が便利で強そうで……」


 アキラの屈託ない感想を聞いたユミルは鼻で笑った。アヴェリンもまた笑う訳ではないものの、複雑な表情で顔を顰めている。

 アキラはムッとしてユミルを睨んだ。もう既に、アキラにとってユミルは敬意を払う相手ではなくなっている。いい意味かどうかは置いといて、友人付き合いに近い気安さが生まれていた。


「なんですか、魔術に憧れちゃ悪いですか」

「いいえ、憧れるものでしょ。誰だって便利なものは使いたい、そういうものだし」

「じゃあ何で鼻で笑うんですか」

「そうね、アンタは知らないんだから。当然、憧れだけで語るしかないのよね」


 ユミルの皮肉げな笑いは、単に見下している笑みではなかった。無知を笑う表情でもない。ただ知らぬことを幸いと、それを思う笑いだった。

 そこに、それまで沈黙が続いていたルチアが、唐突な話題をぶつけてきた。


「あなたって、エルフがどういう種族だと思います?」

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