努力と魔力 その6
言われた事を理解できず、アキラは首を傾げた。
今日は既に多くの事を指摘されたせいで、脳がオーバーヒートしているのかもしれない。
ユミルは相変わらず愉快そうな表情を崩さないし、見返すばかりで何を言うでもない。それで判断を下せと言われても、無理というものだった。
だからとりあえず、アキラはミレイユに向き直り聞いてみる。
「その眷属っていうの、何なんです? なると、どうなるんですか?」
「まず、身体にマナが宿り、魔力が使えるようになる。身体が作り変えられるから、厳密には人間ではなくなる。だが見た目の変化はないぞ。端から見れば以前と変わっていないように感じるだろう。ただ、瞳の色は変わる。ユミルと同じ色にな」
言われて再びユミルを見返すと、そこにはルビーのような赤い瞳が輝いていた。意識して見た事はなかったが、こうしていると引き込まれそうなくらいに綺麗な瞳をしている。
思わずその顔に手を伸ばしそうになって、アキラは慌てて正面に向き直った。
「な……なるほど。でも身体にマナが宿るって、どういう理屈で?」
「理屈の事は知らん。そういうものだ」
「えぇ……?」
きっぱりと言われて、アキラは思わず呆れたような声を出してしまった。三度隣を見ても、やはり何も教えてくれず、ただ愉快そうに見返してくるばかり。
アキラはまたミレイユに顔を戻して、もう少し詳しく聞いてみようと思った。
「えぇと……その眷属っていうのになれば、僕も魔力を扱えるようになるんですね?」
「そうだ、それは間違いない」
「それって、実力的にはどの程度の力になるんですか?」
「先程の数字に当て嵌めると、少なく見て……百」
「ひゃく!?」
アキラは飛び上がるような驚きを覚えた。
眷属になるという意味が、まだよく理解できていないが、もし承諾すれば、それだけの力を保証されるというのは悪くない話に思えた。
「少なく見積もって、それだ。というのも、これには個人差が大きいらしくてな。実際に変化してみるまで、最終的な判断は下せないらしい。だから、とりあえず最低値を教えた」
「最低値でそれですか……。因みに……最大だと?」
「あくまで私の知る範囲という話になるし、そこまで上手い話でもないと思うが……五百かな」
「ご……ひゃく……!!」
たったの三と評価されたアキラが、五百まで跳ね上がる可能性というのは実に魅力的な話に思えた。前のめりに快諾しそうになって、はたと動きを止める。
うまい話には裏がある、とよく言うではないか。
ここまでお膳立てされて、すぐに飛びつくようでは詐欺話に引っかかるカモ呼ばわりされても仕方がない。
思えば、それまでアキラの実力を低く評価するような話も、これを承諾させる為の仕込みだったのではないか。そういう思いが胸に去来する。
大体、自分の眷属にするという話なのに、その説明をミレイユがするというのもおかしい。
ユミルが何一つ喋らず、ただ愉快そうに見返すだけ、という状況が更なる不安に拍車をかけた。
アキラは警戒心を一つと言わず三つ上げて、ミレイユへ緊張した面持ちで問うた。
「それで、その眷属っていうのは一体何なんですか?」
「説明が難しいな……。ただ、命令には絶対服従だ」
「絶対服従……」
ちらり、と胡乱げに視線だけユミルに向ける。
先程までと表情が変わらないが、そこにはどこか不快げな、あるいは不本意さのような雰囲気が発せられていた。許されるなら貧乏ゆすりでも始めたい、と思っているような感じだった。
「部下のようなものなんですか?」
「そうだな……そのようなものだ」
アキラは気持ちがみるみるうちに萎んでいくのを感じていた。
言うことに歯切れがなく、説明も曖昧で、実力の爆発的な飛躍を説明した時のような熱意がない。そこにまた、一つこの件に乗ってはいけないという警戒心を生ませた。
「因みに、この話を断ったらどうします?」
「別にどうもしない。お前は気付いているか? ここのところ、結界が生まれるペースが早まっているだろう」
「ええ、はい。ミレイユ様も言ってましたよね」
「……聞いていたか。ペースも早まっているが、敵もまた強い種族が見えるようになってきた。これが一時的なものなのか、波のようなものがあって何れ静まるのか、それとも徐々に強まっていくのかは分からない。が、この波が続くようなら早晩、お前の身は危険に晒されるだろう」
ミレイユの宣告は、実際ただの妄言でも脅迫でもないと思われた。
最初は任されていたインプも、最近では姿を見せる事は少なくなった。雑魚の露払い、そして自分を鍛える場として機能していたものが、ついに前回では最初からお役御免の状態になったのだ。
これが前回限りのものなのか、それは回数をこなしてみなければ分からないが、インプの出現が限られてくるようなら、アキラは役に立つどころか逃げに徹するしかなくなる。
それが分かっても素直に頷けない。
いま正に目の前にぶら下がっている餌に食いつくのは、情けないやら不甲斐ないやらという気持ちにさせるというのはある。
自分の持つ全力をまだ発揮していない、発揮したいという矜持もある。
しかし同時に、命には替えられないという思いがあるのも確かだった。
考えに考え、アキラは一つの結論を下した。
「その話、大変ありがたい申し出だと思うんですが、お断りさせて頂きます」
そう言って、アキラは深く頭を下げた。
そこに隣から、愉快な表情のまま愉快そうな声音で聞いてくる。
「へぇ? 死んでもいいの? 大した実力もないクセに、でかい口だけ吹いていても、誰も助けてはくれないわよ?」
「分かってます。それでもです」
「絶対服従が気に入らない? 何を言われるのか分からないから?」
「それもない訳じゃないですけど、でもそれが本命の理由ではありません」
「あら、そう。じゃあ聞かせてちょうだい。どんな御大層な理由があるのか」
アキラは頷き、決意ある表情でそれを告げた。
「それは、僕が人間だからです。無力な人間で、大した実力もなく、魔物に簡単に踏み潰されるのだとしても、それを理由に逃げる事をしたくないからです」
「別に逃げではないでしょう。単に強い力を身に着けて対抗するだけ。一つ魔物を倒す度、助けられる命が増えるかもよ?」
「だとしても、縋るというには早すぎます。血反吐を出して、身体中を擦り切らせて、武器を振る腕すら奪われてから望むもので、まだ努力の途中の自分が手を出すものじゃないと思います」
ユミルは愉快げな表情を崩し、平坦となった顔で問う。
「血反吐、擦り切れ、腕を失う? そんな余裕すらあるワケないでしょ。一瞬で、一発で、後悔する暇もなく死ぬ。それがアンタの現実」
「かもしれません。でも一瞬で、一発で死ぬのは、別に魔物が特別だからじゃありません。この世の中にある戦争やルールのない闘争だって、銃弾の一発で呆気なく人が死にます。でも、一発で死ぬからと戦う事を放棄する人はいない」
アキラは自分で自分の言葉を噛み締め、凛然として言葉を放った。
「本当に誇りをもって、誰かを守りたいと思う戦いなら、呆気なく死ぬことすら覚悟の上で武器を握る筈です。敵の攻撃に恐怖し、自らの死に恐怖し、それでも自分の後ろに人がいると思うから、自分を鼓舞して戦えるんです」
「……ふぅん?」
「僕の一太刀なんて全く意味がないのかもしれない。ミレイユ様や師匠がいれば、僕なんている必要、本当はないんでしょう。でも、やります。この身このままで、やれるだけ、やれる場所までやってみたいんです!」
ユミルは密かに眉を顰める。声には若干の苛立ちが混じっていた。
「……話、聞いてた? 魔力なければ全くの無力だって理解してる?」
「はい、今の僕では最低限の戦働きしか出来ないというのも理解してます。でも、努力を怠りたくないんです。駄目だと突き付けられても、無理だと指弾されても、だからって僕が努力を諦める理由にはなりません。自分で自分を諦めるまで、僕はこのまま続けます!」
「……そう!」
ユミルは笑う。
貼り付けたような人を食った笑みではなく、心から安堵したような笑みだった。
その笑みのまま、ミレイユとアヴェリンの双方を見比べる。
「これはもう、決まりかしらね?」
「そのようだ。……少々こいつを、見くびっていたかな」
「よくぞ言った、アキラ。その気概だけは見事なものだ。私はお前の師として誇らしいぞ!」
ユミルの表情の変わりよう、そして次々と送られてくる称賛に、アキラは思わず呆然とする。その言葉は嬉しい。特に今まで罵倒しかされてこなかったアヴェリンの、飾ることのない褒め言葉は心の内を熱くさせた。
しかし、それと同時に思うこともあった。
「……もしかして、試したんですか?」
「ゴメンねぇ、そうするしかなかったのよ」
「じゃあ、眷属になるっていうのは?」
「それは本当。望めばしたわよ。絶対服従っていうのは口だけの約束じゃなくて、魔術的な契約だから逃げられないワケ。だから二度とアタシの前に顔を見せるな、っていう命令と共に、男娼でもさせて金だけ貢がせていたわね」
あまりの悪辣さ、非道さに、アキラは顔を青くして身を引いた。
「え、何ですか、それ……。ひどすぎません!?」
「楽して強くなりたいなんていう甘ったれなら丁度いいでしょ。……まったくねぇ、これで現金収入の目処も立って、めでたしめでたしっていう話になるところだったのにねぇ」
「そんなこと考えてたんですか!?」
ぐわっとミレイユに顔を向けると、珍しく慌てた様子で両手を横に振っている。
「言っているのはユミルだけだ。私はそれをさせるつもりは毛頭なかった。ただ、二度と顔を見る事はなかったろう。その部分だけは共通している」
「……危なかったぁ。正直、心がグラついてました」
「それでも、お前は誘惑を跳ね除けた。これで、正式に私の弟子となる事を認める。喜べ、今以上に鍛え上げ、必ず後悔しない結末を用意してやる」
アヴェリンの獰猛な笑みに、アキラは早くも後悔し始めていた。
今だって十分厳しく辛いというのに、アレ以上をこなせというのか。アキラはいっそ泣きそうになった。
「なんだ、そんなに嬉しいのか。……うむ、私も果報者の弟子を持てて嬉しく思う!」
「あ……、ホントだ。僕、泣いてる……」
頬を拭えば掌が塗れている。
視線を感じてそちらへ顔を向ければ、見つめているミレイユと交わる。その表情は、同情を禁じえないと語っていた。
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