努力と魔力 その4

 結局、アキラはそれから再起動する事ができず、朝の鍛練は終了となった。傷を癒やされても体力までは戻らず、まして気力の回復は尚のこと無理だった。

 話の内容も短いものではないらしく、残りの時間では無理だと判断して、その日の鍛練は終了となった。


 学校に行ってからも、アヴェリンが話してくれようとしていた内容が気になって授業に集中できず、昼休みの時間も上の空でクラスメートに心配されてしまった。

 自分の何が駄目か、と聞かれて才能は非常に近いと言っていた。

 近いということは、才能そのものを指すのではないのだろう。だが、才能と一口に言っても色々ある。単に技術の習得の速さを指すこともあれば、その理解力の高さを指すこともある。

 少し代わって努力できる事そのものが才能だと、表現される事もあった。


 アヴェリンが言う事だから、単純にそういう才能を示す事ではないのだろう。

 そもそも、近い、と言ったのだ。非常に近い、と。

 ならば、また少し別の話になるのだろうか。考えても考えつかない事に思考を費やし、そして気づけば放課後になっていた。


 急ぎ足になるのを止められず、アキラはアパートへの帰路を急ぐ。

 今日は前回の結界の出現から三日経っている。もし出現するなら、今日かもしれないと考えるのは妥当だった。まだ日が暮れるには早い時間だが、朝、残りの鍛練時間では済まないというなら、結構な長話になる可能性がある。


 そう思ってアキラがアパートの自室に入ったが、そこには誰の姿も見当たらなかった。

 ここ最近は、ずっとユミル辺りが居座っていて、帰ってくれば挨拶の一つぐらい必ずあったのだが……。


 肩透かしを食らった気分で、アキラはとりあえず制服を着替える。

 その間に誰かやって来ないかと思ったのだが、結局それもない。手持ち無沙汰で室内を意味もなくウロウロし、箱庭に繋がっているという小箱も覗いて呼んでみたが、何の反応もなかった。


 どうしたものかと考えて、暇つぶしにスマホを取り出したところで、玄関先が騒がしくなる。

 女性同士の話し声が聞こえ、それでミレイユ達が帰ってきたのだと分かった。


「外出していたのか……」


 考えてみれば当然、彼女たちは日本円を手に入れてから食料を自費で賄っている。あちらには立派な邸宅があり十分な食料もあるらしいが、備蓄にあまり手を出したくないという理由から、ああして近所のスーパーへよく買い出しに行っているらしい。

 今日もアキラの帰宅時間に合わせて買ってきたところだったのだろう。


 アキラはとりあえず部屋の端によって、彼女たちを出迎える。


「おかえりなさい、皆さん」

「あら、出迎えなんて感心じゃない」


 ユミルが両手に持った買い物袋を見せつけるように持ち上げて笑った。

 彼女はいつもアキラに気安いが、その反面、妙に馴れ馴れしくてやり辛い。苦い笑顔で迎えると、次にアヴェリン、ミレイユ、そしてルチアの順で帰ってくる。


 見れば全員、また服装が変わっていた。

 それも当然だろう、女性なら服が一着しかないなんて有り得ない。現金収入が現在はないからと、購入数はそれ程でもないようだが、それでも色々着飾りたいのが女性というものだと理解している。


 そこのところを思えば、彼女たちは自重している方なのかもしれない。

 ミレイユも帽子の見た目は変わっても、ツバの広いものを着用していて、顔を見せない方がいいという助言を律儀に守ってくれているようだ。


 あるいは、別世界から来た者の感性として、こちらのファッションはあまりお気に召していないのかもしれないが。

 それに、いざとなればまた細工品を自作して売りに行けばいいという考えなのかもしれない。


 何しろ一つ約五十万で売れる細工品である。

 丸一日で作れるようなものじゃないとしても、毎日あくせく働かなくても、それだけで暮らしていける。悠々自適な隠居生活が望めるという訳だ。

 こちらの世界には静養で来たとか言っていたし、そういう目的なら問題なくやっていけるのだろう。


 羨ましい気分を隠さぬまま箱庭に入っていく人達を見送り、途中アヴェリンに声をかける。


「あの、今日の朝、話そうとしてくれていた内容なんですけど……」

「ああ、あれか。このあと話すつもりでいた。ミレイ様もご一緒なさる。部屋を片付けておけ」


 言うだけ言って、アヴェリンも箱庭に帰って行った。

 片付けるもなにも、最近女性が入り浸るお陰で、私物の類やゴミはマメに片付けるようにしている。敢えて言うならユミル達が部屋を使った際に、お菓子の包み紙などを落としていく事があるくらいだが、それも今日は見当たらない。


 だが、一応言われたとおりに埃取りをソファやテーブルなどにかけ、窓を開けて空気の入れ替えをする。どうせなら掃除機をかけた方がいいのかと思っていたところで、アヴェリンが帰ってきた。


 この室内に出入りするのも相当な回数になるというのに、アヴェリンは常に警戒の姿勢を崩さない。ミレイユが一緒の場合は必ず先に出てくるし、帰るときは必ず後だ。

 油断なく窓の外にも視線を向けると、箱から退いてミレイユに向かって呼びかける。


 それでミレイユが出てくると、ソファへ丁寧に誘導して、本人はその隣に用意された椅子に座った。この一連の流れも、既に見飽きる程見てきた。

 自室に自分のものではない椅子がある事にも、違和感を持たなくなっている。この感覚は危ない兆候かな、と思っていると、最後にユミルが箱庭から出てきた。


 スマホを使いたくて来たのかと思ったら、別室に移動する事なくアキラの傍で留まる。ユミルが椅子をねだると、アヴェリンは威嚇するような表情をしたが、ミレイユは構わず手を持ち上げて光を灯す。


「んー、悪いわね」

「そう思うなら自分でやれ」


 アヴェリンが眉を逆立てて言ったが、ユミルはどこ吹く風だ。


「自分じゃ出来ないもの。ついでにアキラのも用意してあげたら?」

「いえ、僕は別に……!」


 慌てて固辞しようとしたが、ミレイユは嫌な顔ひとつ見せずに椅子を用意してしまう。いつも思うが、これは一体どうなっているのだろう。触ってみても作りがしっかりした高級品だと分かるぐらいで、どのように生み出されたのか全く分からない。

 魔術でやっているからには、何かを変質させていたりするのかと思ったが、それなら代わりにテーブルが消えていたりしないとおかしい。


 考えていても仕方ないので、素直に感謝し、椅子の場所を調整して腰を下ろす。予想に違わぬ柔らかさに感動しながら、眼前に座るミレイユを見て――そして隣のユミルに視線を移した。


 彼女は何故、我が物顔でここにいるのだろう。

 アヴェリンから今日話す内容を聞いていても不思議はないが、何か有力な助言をくれるとも思えない。場を引っ掻き回すだけじゃないのかと思っていると、その不安な表情が顔に出ていたのか、ミレイユが苦笑しながら手を振った。


「ユミルの事なら気にするな。頼りになる助言役として呼んだんだ」

「頼りに……なる?」


 疑問を口に出しながら横を向くと、ユミルからはにこやかな笑顔でウィンクが返って来た。一抹の不安が大きな不安に膨れ上がったのを感じて前を向くが、ミレイユからは首を横に振る返事が来るばかり。


 受け入れろ、ということらしい。

 ユミルはうんうんと頷いて、アキラの肩に手を置いた。


「話は聞かせて貰ったわ。……で、何の話だっけ?」

「つまみ出せよ! 絶対この人、ろくな助言しないし、場を引っ掻き回して終わらせますよ!」


 思わず肩に置いた手を振り払って立ち上がった。

 ユミルに指を差して、今すぐ退場を願い出たが、やはりミレイユの態度は変わらなかった。


「まぁ、今の発言はユミルなりの気遣いだ。緊張を解してやろうという、そういうアレだ」

「じゃあ何で、そのフォローが若干しどろもどろなんですか」

「う、ん……」

「押し黙んないで下さいよ! 不安が増すだけじゃないですか!」


 アキラはユミルの肩を掴み、立ち上がらせようとした。


「やっぱりユミルさんはダメです! ――チェンジ! 助言役ならルチアさんとの交代を希望します!」

「あらぁ……。でもルチアは、アンタの問題に興味ないって」


 アキラの手を払い、強引に座らせながらユミルは言った。

 その言葉に若干傷つくものを感じながら、確かに彼女には何の関係もなく、協力する見返りも何一つない事に気がついた。

 それを思えば、善意でこうして駆けつけてくれたユミルには感謝すべきなのかもしれない。しかし突然サプライズとか言って、アキラを脅かす危険すらある彼女を隣に置いておくのは怖いのだ。


 だがそれを、一刀両断する言葉をアヴェリンが放った。


「いい加減にしろ。ミレイ様が決めたことだ、大人しく従え」

「う、……は、はい」


 アヴェリンにそう言われてしまえば、アキラは黙るしかない事はよく理解している。そもそもアキラに発言権などないし、メンバー交代を願う権利もない。

 今はとりあえずそれを受け入れて、ミレイユからの言葉を黙って聞くしかないのだ。

 アキラが頷き、話ができる状態になったと見て、ミレイユが口を開いた。


「まずお前が、何が駄目なのかという話をした事が始まりだったな?」

「そうです。才能が足りないのか、と聞いて、非常に近いという返答を貰いました」


 その話をするのに、アヴェリン以外に話を聞いてもらうのは羞恥に近い思いがある。しかしそれに真剣に話し合いをしてくれようとする、ミレイユの心遣いは有り難かった。


「……うん。では、結論から伝えよう。お前に足りないのは、魔力だ」

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