試練 その9

 もしや、過程も結果もつまらない話というのは、あっさり倒して山場がない、という意味ではなく――。

 アキラが自分で言った言葉を思い出す。


『殺したんですか、魔王!? じゃあ、ミレイユ様は勇者って事ですか?』

『まったく違う』


 ミレイユはあまりにすげなく否定していた理由が、少し分かった気がした。

 魔王は覚悟を持って、己に呪いをかけてまで再起を図ろうとしたのだ。成した後も地獄の苦しみを味わうと知りつつ、それでも諦めきれず抗う道を選んだのだろう。

 それを、そうと知らず鎧袖一触に振り払い、しかも殺してしまった。


「ミレイユ様は、後悔しているんでしょうか……?」

「しておられるだろうな。知らずに殺し、殺した後で知った事とはいえ、あの方はそういう人だ。……しかし、これは私達が一方的に悪いという話でもない。名乗りを上げれば相手を襲ってもいい、などという法はない」

「それはそうです」

「名乗りを上げ、名乗りを返さねば、決闘が成ったと言わん。襲う方が無作法だ」

「え、あ……そう、そういう意味なんですか……?」


 アキラは面食らったが、アヴェリン達の世界の作法を知らない身としては、どこに同意していいか分からない。だが、通り魔的に襲う方が悪いのは確かだろう。


「実際、魔王を名乗るぐらいだから弱くはなかった。幾らか弱体化していた事を差し引いても、出来る方ではあったのだろう。だが、相手は独り、こちらは四人、負ける要素がなかった」

「……で、殺しちゃったんですか」

「相手は無法者だぞ、容赦する理由がない。……挑んだからには、勝算があったのだろうな。実際、奴の洗脳にかかっていたら危なかったかもしれん」


 洗脳、とアキラは口の中で声を出して、ユミルがやった事を思い出す。

 あれで味方を襲え、自分の配下になれ、とでも命じられたら、そうとう厄介な事態になることは想像できる。

 では、たった独りで勝算ありと襲ったのは、そもそも仲違いさせて勝ちを拾い、そして更に配下として増やす狙いがあったのだろうか。

 これもこれで相当な悪辣さが見え、単純に魔王を擁護する事は難しい。手っ取り早く仲間を増やす方法なのかもしれないが、危機感を持って相手を殺しに行くミレイユ達の行動も分かるというものだ。


「実際、魔王も意外だったようだ。転生してから間もなく、仲間もいないとはいえ、簡単に負けると微塵も思っていなかった。洗脳は確かに厄介な能力だが、それ故に対抗策も多い。それは奴も知っていた」

「洗脳頼りじゃなかった、という事ですか?」

「ああ。ユミルが戦闘中、投げかけてきた助言には、相手の学習能力に注意しろと言うものがあった」

「学習能力……」


 アキラは頭の中に計算ドリルを持ち出す魔王を想像したが、勿論そんな筈がない。攻撃に対する対抗手段を素早く生み出したり、後の先を取るとか、そういう話しだろうか。


「魔王はこちらの攻撃手段を模倣し使ってくる、そういう事らしかった。魔術を一つ使えば、次の瞬間、同じ魔術を使ってくる、というような」

「ああ、そういう……。コピー能力みたいなものか」

「実際、その学習能力故に魔王と呼ばれる程、実力をつけていったんだろうが、それが今回は通用しなかったのでな」

「あ、何か対抗策が既に編み出されていたんですか!」


 魔王の攻撃手段を知られる程、それが猛威を振るったというのなら、そういったものが一つや二つあっても良さそうなものだ。


「いいや、もっと単純だ。時代と共に魔術の使用過程が変わっただけ。昔と方法が違うから、見ただけ聞いただけで模倣する手段が取れなかった」

「それは……なんとも。古い人間ゆえ、なんでしょうかね。新しい方法があるなんて知らなかったと……」


 まるでパソコンの扱いを知らない中年サラリーマンのようだ。筆記で図案を引こうとして、相手はマウスを取り出した、というような。

 面食らって、何をしているか、という学ぶ所から始めなければならなかったろう。

 確かにそれでは模倣どころの話ではない。


「昔は朗々と呪文を唱えて魔術を行使するのが一般的だったと聞く。しかし、今の世で――というのもおかしな話だが、今の世で詠唱して魔術を使ったりしない」

「そういえばそうですね、ミレイユ様とか魔術を使うところは見たことあっても、詠唱しているところは見たことなかったです」


 何か手が光っていたのは見たことがあるが、あれが詠唱の代わりのようなものなのだろうか。


「昔の名残で、素早く行使される魔術を無詠唱と言う呼び方をする場合もあるようだが、そこのところは詳しく知らん。今は魔力制御という呼び方の方が一般的だろう」

「へぇ……、制御」

「魔王対策とは別の所で、魔術師同士が己の手札を隠すため、相手に隙を見せぬ為に生まれた手段が、今の魔力制御の始まりと言われている」


 自らの手札を隠す為に生まれたという事だろうか。

 確かに魔術の名前を叫んでしまえばバレるのも当然、それをどうにかしたいという気持ちは分かる気がする。これからこの魔術を使います、と宣言して攻撃するのは馬鹿らしい。


「やっぱり魔術の名前を知らせたら、対抗されちゃうからなんですか?」

「いや、もっと前の段階で、どの魔術を使うか相手に特定されていたらしい」

「ああ、朗々と詠唱って言ってましたもんね。やっぱり、その詠唱を唱え終わる前に防御魔術とか使われちゃうとか、そんな感じだったんでしょうか」

「腕のいい魔術師は二音節で特定し、四音節聞かせれば完封されたそうだ」

「二音節!?」


 それはつまり、文字を口に出して二つ目の音で相手がどの魔術か当たりをつけられたという事か。そして四つ目で確定し、それに対抗する呪文を後出しで使ってくる、と。

 そんな事が可能なのかと思う反面、出来るかもしれないと思う自分がいる。

 日本の競技かるたでも、二音節聞いて札を取りに行く人は上級者ならば当然だという。ならば、魔術のある世界でも似たことが出来ても、決して不思議ではない。


 ならばそれは確かに脅威だが、そうすると呪文の種類はあまり多くないのだろうか。似た呪文があった時点で、相当難易度も増すと思うのだが。

 それを素直に聞いてみれば、アヴェリンも不可思議な顔つきで首を傾けた。


「正確な数は知らんが、相当多い。数百ではきかんだろう。とはいえ魔術師といっても、その力量は天から地まで大きな隔たりがある。出来る者が一人いたからと、他の数千名も同じ事が出来たとは思えんが……だからこそ、その特権を享受させる気はなかったのかもしれん」

「それは……有り得る話です」


 たった一人が強いルールなら、ルールの方を変えてしまえばいいと言う訳だ。

 しかしそれとて思いつけば出来るという程、容易な話ではないだろう。長い年月の果て、今のような形に――詠唱のない魔術に代わっていったに違いない。

 そこのところはミレイユか、あるいはユミルが詳しそうだった。今度時間がある時に聞いてみようと思いながら、魔王との戦いについて続きを促した。


「まぁ、それで何一つ模倣する事なく追い詰められ、接近戦で私とミレイ様を相手取り、敢え無く破れたという訳だ」

「接近戦で……?」

「何かおかしいところがあるか?」


 アヴェリンが鉄の棒を横に振るって風圧を生み出し、アキラの前髪を吹き上げる。まるで本気の振り方ではなかったが、それが逆に戦士としての力量を示していた。

 というより、最初からアヴェリンの近接能力を疑ってなどない。


 意外だったのは、そこにミレイユの名前が出たからだった。魔術を使うところは見たことあっても、剣を振るうところも――あるいは武器を持っているところも見たことがない。

 最初に見た時は魔女帽子を被っていたし、格好も魔術師に近かった。だからてっきり後方で魔術を使って戦うのだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。


「いえいえ! ただ、ミレイユ様が接近戦というのが意外で……。武器を持って戦う人なんだな、と思いまして……」

「あの方は何でも出来る。武器を持って戦うのも、魔術を行使するのも、どちらも非常に高水準でこなされる。私と共に二人で接近すれば、それはもう敵などいないという有様で、まさに戦場の支配者といっても過言ではないぐらい――」


 遠くを見ながら饒舌に語り始めたアヴェリンを置いといて、アキラもまたミレイユに対して思いを馳せていた。

 考えてみれば、魔術師らしき格好以外にも、グリーブや籠手など、近接職らしき防具は装備していた。あの肩周りが露出している部分から見えた筋肉が、鍛えられたものだと感じた事も同時に思い出す。


 そう……確か最初は、魔術師の格好をしている戦士という風に見ていた。

 奇をてらった格好に思えて不思議に感じたのを覚えている。


「……それで、二人で圧倒して――とどめを?」

「私が前に立ち、そしてミレイ様が――ああ? まぁ、そうだ。最後に首を切ったのはミレイ様だ。まったく見事な太刀筋で、自分の首が飛んだ事もアイツには分からなかったんじゃないか」


 嬉々として語るその姿には、魔王に対して感慨という物を見出す事は出来なかった。

 彼女にとっては、魔王を語る事よりミレイユの武勇を語る方が、余程大事な事らしい。


 アキラは大きく息を吸って立ち上がる。

 休憩というには、大きく時間を取り過ぎてしまった。


 魔王については、単なる好奇心で聞いてはいけない事だったかもしれない。ミレイユ達にしても、もう二度と会う事はないと分かっているからこそ割り切っているのだろうが、それでも最初に聞いた時のミレイユの顔は必死に感情を押し殺しているように見えた。


 アキラも魔王の末路に関して思う所はある。

 何が出来るというわけでもないが、悼む気持ちは湧いてくる。会った事も見た事もない相手に思うことではないのだろうが、自分の気持ちに整理をつける為、アキラは顎を下げて黙祷した。


 立ち上がったアキラの突然の奇行に、アヴェリンは面食らったようだった。

 しかし再び鍛錬を行う準備が済んでいると見て、手に持った棒を構え直す。

 アキラが顔を上げた時には、アヴェリンの鉄棒が眼前にまで迫っていた。

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