新たな騒動 その7

 ゲームセンターから離れ、ミレイユは改めて他の面々に謝罪をした。

 頭を下げるような真似もなく、ただ口から出る言葉のみの謝罪だったが、それが彼女に許された精一杯の謝罪なのだ、とアキラにも理解できる。


「本当は、皆にもこちらの娯楽の一端を知って遊んで欲しかったんだが……。つい時間を忘れて遊んでしまった。すまないな」

「いいえ、興味深いものが多くありましたけど、同時に理解しきれないもの、理解を拒絶するようなものも多かったですし。こういうの、今日が最後という訳でもないんですよね?」

「もちろんだ」

「だったら、いいです」


 ルチアは笑って機嫌よく足を上げた。そこに石があったら蹴って遊んでいたかのような動きだった。

 アヴェリンは言うに及ばず、ミレイユの謝罪は先程受け取ったし、そもそも受け取る必要はないという表情だ。ミレイユはそれだけ確認して頷き、最後にユミルへ顔を向けたが、改めて確認する必要はないと考える節が見えた。

 あの状況を一番楽しんでいたのは、間違いなくユミルだった。しかし、一番不満を顕にしたのもまたユミルだった。


「アンタは楽しくて良かったでしょうけどね、アタシはもっと何か遊びたかったわよ」

「言いたい放題だな、貴様。随分楽しそうにしてたじゃないか」

「楽しそうっていうか、そう振る舞ってたのよ。アンタが周りに敵意ばかり振りまくものだから、雰囲気だって最悪よ。だから、ああいう風に盛り上げる必要があったんじゃない」


 アヴェリンの不満にもユミルはどこ吹く風で、逆に不満を言い返す。


「アタシだって遊びたかったわよ? でも、あの状況で傍を離れる訳にはいかないし、仮に勝手に動いたら、アンタ絶対あとで煩かったでしょ?」

「――当然だな」

「だったらやっぱり、その辺の奴ら掴まえてるしかなかったじゃない。まさか一緒に遊ぶ訳にもいかなかったし、そうしたら虫除けに徹するしかなかったワケ。……次は絶対アタシも何かで遊ぶわ。絶対よ」


 ユミルは鼻息荒く宣言する。

 ミレイユもこれには返す言葉がなく、分かったと短く了承の意を伝えた。

 ――その時だった。

 足音をこれでもかと鳴らして、後を着いてくる者たちがいる。バスの停留所に向かう傍ら、ミレイユが腕を上げると全員が道の途中で立ち止まった。


 振り返ってみれば、午前中に眠らせた奴らが更に数を増やして立っている。

 アヴェリンもユミルも、呆れたように息を吐いた。アキラも同じ気持ちだったが、そもそもどうして居場所がバレたのか考えて、次にゲーセンでのことを思い出して顔を顰めた。


 これだけSNSの発達した時代、異例の美女集団など後を追おうと思えば難しくない。それも、あのように姿を隠すどころか、晒すような真似さえすれば、本気で追ってこようとする人間からすればカモでしかない。

 見つかって当然というものだろう。


 しかし、彼らの中には標的を見つけた歓喜というより、見つけてしまって後悔しているような表情をしている者もいる。もしかしたら彼らは一枚岩ではなく、仕方なく探しているだけの連中もいたのかもしれない。

 集団の中心にいる金髪の男は、ミレイユ達を右から左に見渡して、満足そうに頷く。


「マジでいい女達じゃねぇか。こういうの、もっと早く教えろって、いつも言ってんだろ?」

「でも、セージくん、こいつらマジやべぇんだって!」

「あぁ? 一瞬で眠らせたって、こいつらがやったわけねぇじゃん」


 金髪のセージと呼ばれた男は、小馬鹿にして傍らの男を足で小突く。痛そうに身を撚る男を鼻で笑って、別の男の肩を掴んだ。


「な? ウチに入りたけりゃよ、ああいう女みつけて、一人でもケンジョーしろよ。コンビニ一つ満足に襲えねぇくせしてよ」

「セージくん、ちょっと待って……」


 男の一人がユミルを見るや、顔を青くして震えだす。

 明らかに挙動が可笑しいその男を、セージは頬を叩いて乱暴に顔を掴んだ。


「おめぇがウチに入りてぇって、言ったんだろ? ウチに入りてぇなら根性見せなきゃいけねぇんだよ。それがなんだ? 家を出ようとしたら肩ぁ外れただ? 嘘つくならもっとマシな嘘つけよ!」

「本当なんだって、セージくん! マジで気付いたら肩外れてたんだ!」

「ああ、そうかよ。だからってメンジョって訳にゃいかねぇの。……おら、早くあいつらに一発かまして連れてこいよ」


 そうやって金髪のセージに言われた男は、目に見えて震えが強くなる。

 ユミルは獲物を見つけた獣のように、にんまりとした笑みを浮かべたら、それを見た男は更に震えが強くなった。


「んだ、お前、あの女のコト知ってんのか? あいつそんなヤベーの?」


 セージがユミルの方に顔を向け、言われた男はぶんぶんと顔を横に振った。

 ユミルの笑みは深くなる。


「知らない! 見たことない! でもヤベーんだ、ヤベーってことだけはわかる!」

「お前なんでもかんでも駄目だ出来ないで、ウチ入れると思ってんじゃねぇよな? 根性見せろってゆってんだよ!」


 セージは振るえる男を蹴り飛ばして、ユミルがいる方へ押し出す。

 男はつんのめって、踏ん張ったものの結局転んで地面に両手を着く。振るえるままに顔を上げれば、そこにはユミルが極上の笑顔で迎えていた。


「ひ、ひ、ひぃぃぃ!!」


 男は振るえる足で立ち上がろうとして失敗し、更に自分の足に自分で引っ掛け転び、慌てて立ち上がろうとして更に転ぶ。

 それを見ている連中は、滑稽を通り越して狂気の顔をする男に青い顔を向けた。

 ようやく立ち上がって、それで壁に手をつき、後ろも振り返らずに逃げていく。


「なんだ、ありゃ……。可笑しくなったのか、あいつ」


 吐き捨てて、セージはミレイユ達に向き直る。

 弱気で逃げ腰の男など、最初から頭数に入れたいとは思っていなかったのかもしれない。あの男の様子を見ても、態度を変えず、どの女を自分のものにするか舌舐めずりをしている。


 アキラは隠れて大仰な溜め息をついた。

 あれを見て何の想像も働かないというのなら、よほど甘やかされた環境に身を置いているのだろう。自分の思い通りにならない事など、何もないと思っているのかもしれない。


 何と幸せな頭をしていることか。

 ユミルは浮かべた笑みをそのままに、誘うような仕草で男達を手招きする。


「遊んで欲しいの? それじゃ、場所を変えましょうか」





 ユミルが選び、ミレイユ達が素直に着いて来た場所は、路地裏の一角だった。

 午前中に行ったビルとビルの間のような場所ではなく、再開発として周辺の建物を潰し、一度均して出来た空き地で、今も工事の看板が出ていて周囲には立ち入らせない為の壁で囲われている。

 丁度いい所を見つけたと、その中へ躊躇なく踏み入る。幾らか建築資材が周囲に並べられている中、囲まれている事実に臆することもなく振り返って腕を広げる。


「さ、誰から遊んでほしいの? 欲求不満でイライラしていたところよ。アンタたちで解消するコトにするわ」


 ユミルはそう言って男達を睥睨した。

 言われた男達は困惑して隣の男と顔を見合わせる。だが侮辱されたと憤る者、意味を履き違えて鼻の下を伸ばす者と、反応は様々だった。

 ここまで来て、逃げる機会は幾らでもあったくせして着いてきた男共に、同情する余地はない。

 アキラは合掌する気持ちでアヴェリンの横に立ち、どうするのか伺いを立てた。


「師匠はどうします? やっぱりミレイユ様の護衛に?」

「そうだな。……まったく、見ているだけで身の毛がよだつとはこの事か。あれほど軟弱で、その反面尊大な男どもは初めて見た。可能ならこの手で殺してやりたいが……」

「いやいや、駄目です。絶対駄目です」


 アヴェリンは分かっている、と素直に頷き、傍らのミレイユに視線を向ける。


「許可があれば躊躇いもなく拳を打ち下ろしてやるが、残念ながらそうではない。今の心情じゃ手加減すらできず、相手を殺してしまうだろう。ここは素直に護衛に徹する」

「それなら良かったです」


 先程からやけに静かなミレイユに顔を向けると、この僅かな時間で既に椅子を生み出している。

 相変わらずどうやっているのか検討も付かず、無から作り出しているのか、それとも別の手段でやっているのか、アキラの興味は男達の行く末よりもそちらの方が余程気になった。


 ミレイユは既に観戦モードで足を組んで、肘掛けに頬杖をついて男達を見ている――いや、あれはそれより遠く、ビルの上に薄っすらと浮かぶ月を見ているようだ。

 日が落ちるより少し前、夕方の終わりが近付き、夕闇が迫ってくる頃、日が落ちきる前より早く、月がその顔を見せていた。

 ルチアも同様、男達には興味がないようで、ミレイユと同じように月を眺める事にしたようだ。


 ミレイユの仕草や、何処からともなく取り出した椅子に座る格好から、既視感を覚える者たちはじりじりと後退して集団から離れようとしている。

 男の集団を前にして、怯えるどころか楽観している様は、単なる阿呆ではなく強者の振る舞いだ。それに気付いた男から、音を立てないように注意して我先にと逃げ出していく。


 アキラはそれでいいと頷きながらそれを見送り、ユミルは見送りつつも苛立たしげに鼻を鳴らす。

 セージがそれに気付いたのは、男達の数が十を割った時の事だった。

 やけに静かだと思って振り向いたら、居たはずの男たちがごっそり消えている。その顔色は赤く染まり、額には血管が浮いていた。

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