新たな騒動 その6

 そして勝ち続けて、すでに三十連勝となっている。

 筐体上部には連勝記録数が出て、現在どれほど勝ち続けているのか、周囲の人間にも分かりやすく表示している。そして筐体の周りには、その連勝数がどれだけ重ねられるのか期待する人達で溢れていた。

 どこから聞きつけたものだか、スマホ片手に衆目に加わろうとする人までいる。


 ここまで強いなら中級者以下じゃないだろう、とアキラは呆れた気分でミレイユを見ていた。

 今もまた勝利して連勝記録を更新している。周りの観客もヒートアップして笑顔で拍手を送っている。

 連勝中のゲーマーが顔までは窺えないとしても女性であり、そして服装の上からでも理解できる抜群のプロポーションとくれば、即興のファンが生まれても仕方なかった。

 ただ座っている姿までもが美しいと、遠巻きにして見ている観客から、そういう感想さえ飛ぶ始末だ。


 そして、その周りには顔を隠さない、これまた美貌の女性たちが囲んでいる。

 アヴェリンやルミアに愛想はないが、それでも見ているだけで眼福と言える女性たちだ。


 そしてユミルは近づこうとする人をやんわりと抑えながら、ファンサービスをするアイドルのように一緒に写真を撮られていたりする。

 アヴェリンが威嚇して遠ざけるのに対して、ユミルの対応が実に柔らかいお陰で、この人数も更に増えていく傾向にあったようだ。


 アキラは未だに勝ち続けているミレイユに、そっと耳打ちするように声を掛ける。

 今は次の対戦相手を誰にするかと筐体の向こうで争っているので、少しの話をする時間はあったのだ。


「ミレイユ様、これのどこが中級者ですか? こんな騒ぎになっちゃって、どうするんです」

「騒ぎになったのは、私のせいではないぞ」

「それは……ユミルさんのせいもあるかもしれませんけど、でもミレイユ様にだって幾らか責任はあるっていうか……」


 言っている間に対戦相手が決まったようだ。

 筐体の向こう側から気合を入れる声と、鼓舞する声が聞こえてくる。


「ミレイ様の邪魔だ、下がれ」


 アヴェリンの肩を掴まれて、アキラは素直に後ろへ下がる。アヴェリンと共に、ミレイユの顔を伺おうとする者の壁になる為、立ち位置を変える。

 これだけの連勝記録を打ち立てる謎の美女となれば、誰しもその顔を見てみたいと思うらしい。


 帽子の下から見える顔だけでも、そこに美そのものが隠れていると確信できる程なのだ。カメラ機能を使って、それを覗けないかとスマホを掲げる者が絶えないのも仕方ない事なのだろう。


 だが、本当に顔を見られるわけにはいかない。

 それがフレームに収まるような事になれば、大騒ぎになることは間違いないのだ。もはや遊ぶどころか、街から逃げ出す破目になってしまう。

 アキラには必ずそうなるだろうという、確信があった。


 そうして壁を続ける内に、更に連勝を重ねていく。

 その記録が五十に迫った時、筐体の向こうに座る誰かが実力者だと周りの観客が教えてくれる。ゲーセンの中で時々いる有名なプレイヤーなのだろう。


 アキラはこれを、好機と感じた。

 目立てば目立つほど、その素顔が露見する可能性は高くなる。実力者だと言うなら、ここで負けても誰も不満に思うまい。

 健闘を称えてくれて終われば御の字。あるいは、連勝記録を止めたヒーローとして、注目が相手に向かう可能性すらある。


「ミレイユ様、ここはもう負けてしまって終わりにしましょう。そっちの方が角が立たず、すっきり店を出られます」

「ミレイ様にわざと負けろというのか、不敬だぞ!」


 この喧騒の中、ミレイユに関する事なら聞き漏らさないアヴェリンが食って掛かる。柳眉を逆立てているものの、諭すように言ってくる。


「相手とて譲られた勝ちなど望まんだろう。どのような形であれ、勝負は勝負。正面から挑む者に、敬意を持って戦うのは当然だ」

「はい、分かります。師匠の言い分はごもっともです。……でも、騒ぎが大きくなり過ぎているんですよ!」

「ミレイ様が多くの者から称賛され、賛美されている。実に耳に心地よい。やはりミレイ様はこうでなくては……!」

「いやいや、言ってる場合じゃなくてですね……」


 アキラの言葉はその耳に届いていないようだ。

 アヴェリンは周囲を睥睨し満足そうに鼻を鳴らした。

 彼女の説得は難しいと判断したアキラは、やはり直接ミレイユを説き伏せなければならないと判断した。

 何しろ、このミレイユは自分の顔が外に晒される事に関して無頓着で、大きく考えていない節がある。


「お願いします、ミレイユ様。いつまで勝ち続けるつもりですか。読み合いが抜群に上手いせいで、全然負けないじゃないですか。もはやロボットだって、向こう側から悲鳴が聞こえましたよ」

「……そうだな、あれは正確には読み合いじゃない」

「あ、もっと専門的な?」

「いや、単純に動体視力と、それに反応できる身体能力のゴリ押しだ」

「うわ、ずっる……!」


 アヴェリンや、さっきのルチアの驚異的な身体能力を見れば、それに加えて動体視力も尋常じゃないと言われても頷ける。

 先程から投げ抜けがやたら上手すぎるのも、そこに理由があったのか。

 もしかしたらフレーム単位で動きが見えていたりするのだろうか。ミレイユの身体能力は想像するしかないが、その可能性も十分にあった。


「小足見てから昇竜余裕でした、ってネタ……僕でも知ってるんですけど、もしかして……」

「ああ、本当に出来る奴がここにいる」

「絶対ずるいですよ、それ!」

「実際には最小フレームに割り込むのに、いつでもコマンド入力を受け付けてくれる訳でもないからカンも必要になるのだが」

「いやいや、そういう事じゃないでしょう!」


 アキラが思わず抗議の声を上げた時だった。

 次の対戦相手が決まり、アキラは再び肩を捕まれ後ろに引き戻される。改めて壁役に徹し始めたところで、アキラはスマホを取り出して時間を確認した。

 帰る時間など特別教えられていなかったが、夕方頃には帰宅するつもりであっただろう。日が暮れても遊び続ける予定であったならどうしようもないが、そうでないなら時間を報せる事で終了を促せるはずだ。


 長い間ゲーセンにいた気がしたのは、やはり気の所為ではなかった。もしこれが外で遊んでいたなら、日の傾きから帰ることを相談するような時間帯だ。

 アキラは妨害するつもりがなくとも、とりあえず時間を伝える為にミレイユの傍に寄る。

 帽子のツバが邪魔で余り顔を寄せることは出来ないが、なるべく耳元に近付いて現在時刻を伝えた。


「ミレイユ様、もうすぐ四時になります」

「なに……?」


 バスの待ち時間、乗車時間を考慮すれば、夕方の帰宅を考えていれば、そろそろ停留所に向かわねばならない時間だ。アキラの予想は当たっていたようで、ミレイユから動揺が伝わっていた。

 このゲーム一つで随分時間を使ってしまっている。

 本来なら、他にも皆でゲームを見て回って遊ぶ予定だったのではないか。複雑なルールがないメダルゲームなどで遊ぶつもりだったのだとしたら、一人だけで時間を消費してしまったのは痛手だったに違いない。

 だからこそだろう、これまでと違って僅かなミスが目立ち始めた。


 今までの、こじ開けられないガードや堅実すぎる立ち回りに精彩が欠いている。

 ついには今までなかった二連敗のストレート負けをして、周囲から歓声と落胆の声が漏れた。ミレイユは立ち上がって帽子のツバを下げる。

 アヴェリンは慰めるかのように、その肩に手を置いた。


「ミレイ様、度重なる勝利、大変ご立派でした」

「ああ、ありがとう。――が、私ばかりが楽しんでしまった。申し訳なく思う」

「何を仰りますか。私はミレイ様の武勇が、どのような形であれ見ることが出来、そしてそれを称賛する声が聞けて満足です」

「お前ならそう言うのかもしれないが……」


 気まずそうに声を出して、ミレイユは近くでファンサービスのように肩を抱いて写真を撮られるユミルを見る。こちらには呆れた声だけ出して、ルチアに顔を向けた。


「お前にも、すまなかったな。騒音のなか、我慢しているのは大変だったろう」

「いえ、私は私で楽しく見ていましたよ。お詫びというなら、また機会を作って連れてきて下さいね」

「……うん、そうしよう」


 ミレイユはルチアの頭を雑に撫でて、筐体の向こうに身体を向ける。

 今も肩を叩かれ喜びを分かち合ってる男の集団に、労いと礼を言った。


「時間を忘れ、楽しく遊ばせてもらった。最後はお粗末なプレイで申し訳なかったが……機会があれば、またやろう」

「う、ウッス! あざまさした!」


 ミレイユが手を差し出せば、男は慌てて服に掌を擦り付ける。

 恐る恐るという具合に出して来た手を無遠慮に握り、二度上下させて手を離した。


「それじゃあ、失礼するよ」


 相手の返事を待たずに踵を返す。

 アキラにユミルを呼んでくるように頼んで、他二人を伴って店の外へを歩き出す。


 後ろからは羨ましいと妬む声や、声が綺麗だった、良い匂いがした、などという下世話な話が聞こえて来る。

 ミレイユはフェアプレイ精神を称え合うつもりでやったのかもしれないが、プロのゲーム試合でもなければ普通やらないのではないだろうか。


 そうは思っても、礼儀正しいのは良い事だと思い直し、ミレイユの背を追ってその場を後にした。

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