新たな騒動 その5
その場から離れたは良いものの、アヴェリンの機嫌は急降下だった。
ミレイユから見てもそれが分かる辺り、次に殴るのは自分だと、心の中で決まっていた事のようだ。それを横から奪われたような形なので、どこかで埋め合わせが必要だろうが……彼女の場合、器物破損に繋がりかねないのが恐ろしい。
だからこそ、アキラとしてはルチアの継続は止めなければならなかったし、仮にアヴェリンが前に出ても全力で説得にかかっただろう。
「しかし、ああやって数値が測れるなら、私も自分の数値も見てみたかった」
「その気持ちはよく分かりますけど、師匠がやったら壊れますよ……。そもそもルチアさんですら、もう上限ギリギリなのに」
「あれ以上の数値は出ないものなの?」
横からユミルから疑問を投げられて、アキラはとりあえず頷く。
僕もそう詳しい訳じゃないんですけど、と断りを入れてから、その見解を語った。
「ああいう種類のゲームで、プロの格闘家が殴って三百から四百って感じだった筈ですから、その倍以上って時点で、もう人類に出せる数字じゃないと思います」
「三百から四百か……」
「大体、それは最高得点の話で、もっと広く見て男性平均となれば二百未満って感じだと思います」
ふん、とアヴェリンはつまらなそうに鼻を鳴らす。その表情には落胆がありありと見て取れる。
そこにミレイユも、横合いから楽しそうに笑って口を挟んだ。
「ま、確かにアヴェリンにやらせていれば、筐体を破壊していたか……。先にルチアにやらせたのは正解だったな」
「それは……そうかもしれません。意図せず壊すのは、私も望む所ではありません」
「因みに……ルチアさんと師匠なら、どのくらい差があるんですか?」
それにはルチアが少し考え込んで、具体的な数字を口に出した。
「仮にアヴェリンを百とするなら、私は二十五ですかね?」
「二十五!? え、四倍も違う力で殴りつけようとしてたんですか!?」
「実際にはそう単純じゃないし、あくまで単純な近接戦闘能力を表した数字だろう。力任せに何も考えず殴るなんて、普通は戦闘中にやる事じゃない」
「それは……そうですね」
敵は棒立ちで待っていてくれないし、大きく振りかぶった攻撃なんて、避けて下さいと言っているようなものだ。だが、だからこそあのパンチングマシーンは娯楽装置として置かれ、それで遊んでみようと思う人がいるのだろう。
「だったらアタシがやれば良かったわねぇ」
壁際に幾つも並べて置かれているUFOキャッチャーを流して見つつ、ユミルが言った。
アキラは意外に思って顔を向ける。この中で一番近接戦闘能力が低いのはルチアかと思っていたが、その実ユミルがそうだと言うのだろうか。
「え、ユミルさん、さっきの数字で言うと、二十五以下だったんですか?」
「んー、七十ってところじゃないかしら」
「全然だめじゃないですか。なんでそれで行けると思うんですか」
「だってほら、アタシ手加減上手だし」
「ホントですか……?」
アキラが胡乱げな視線を向ければ、ユミルはいやらしい笑みを向けて近付いてくる。これはマズイやつだと思ったが、すでに遅かった。
ユミルはアキラの肩を抱き、べったりとくっついて顔を寄せる。
「手加減が上手かどうか、教えてあげようか?」
「いえ、大丈夫です。間に合ってますんで」
「いつもアヴェリンにボコボコにされてるでしょ? アタシなら、もっと上手く転がしてあげられるわ。試してみたいと思わない?」
「思わないです。今の師匠で十分です」
アキラは腕を振り解いて早々に逃げ出す。
つれないわね、という声を後ろに聞き、ミレイユの隣に立つ。壁際に並ぶ筐体を楽しそうに眺めながらも、それに挑戦しようとは思わないようだった。
しかし、その気持ちがよく分かるのも確かだった。
アキラもこの手のものは苦手で、目的の景品を手に入れた試しがない。結局少額で手に入るようにはなっていない。場合によっては数千円出しても逃してしまうので、それなら最初から欲しいものを買った方が安上がりになる。
だがそれでも手を出してしまうのは、得する可能性を追い求めてしまうが故だろう。
あるいは単に富豪の遊びというものなのかもしれなかった。
アキラもプレイはせずに、ミレイユの後をついて筐体を眺める。
人形やキーホルダー、果ては福袋を景品にしている筐体まであり、何が置いてあるか見ているだけでも楽しいものだ。
次にミレイユが目につけたのは、ダンスで革命を引き起こすタイプの筐体だった。何か懐かしい思い出でもあるのだろうか、画面上で矢印に合わせてステップを踏む客を切なげに見つめていたものの、すぐに視線を切って歩き出す。
アキラもそのすぐ後を追って行くと、次に足を止めたのは格闘ゲームの筐体だった。
「やった事あるんですか?」
「ある。中級者以下の実力しかなかったが」
へぇ、とアキラは意外に思いながら呆けた声を出す。
ゲーセンに足を踏み入れたとはいえ、実際に遊んだ事があるのはメダルゲームやプリクラとか、女性らしいものに限ると思っていた。
しかし、元より格闘能力が抜群に高いアヴェリンを率いるような女性なので、むしろ意外でも何でもないのかもしれない。
ミレイユはこれを遊んでみる気になったらしい。
ルチアから硬貨を受け取って投入し、慣れているように見える手付きでキャラクターを選択する。
アキラはこの手のゲームをプレイした経験は殆どないが、アーケードの格闘ゲームはそのスティックからして独特で、これでコマンドを入力する事がまず最初の難関だと聞いている。
まともに必殺技を出せない、コンボを出せない、というレベルでは、そもそも遊ぶ権利すらないとすらされるゲームだ。
それを見ると、ミレイユのスティックの持ち方やボタンの入力方法は、実に熟れているように見えた。
対戦OKの筐体だから、いつ誰が挑戦してくるか分からない。
今はCPU相手に危なげなく勝っているし、明らかにコマンドを失敗しているようにも見えない。しかし一つ一つ確かめるようにキャラを動かしているようで、時折小首を傾げながら操作していた。
隣のアヴェリンが不思議そうに、それを見つめている。
「これは……、どういう遊びなんだ。手元のボタンを押すと、何か起きているのだとは分かるが」
「なかなか操作も説明も複雑なんですが……、左にいるキャラクターがミレイユ様が操作していて、それがパンチとかキックとかします」
「ふむ……、ミレイ様の分身か」
「そのような認識でいいです。で、上にあるゲージを自分より相手の方を先に減らしてゼロになれば勝ちです」
そう解説している間に、挑戦者が入ってきたようだ。
お互いにキャラクターを素早く決定して、試合が始まる。この素早く決定させるところに玄人っぽさを感じるが、ミレイユは本当に中級者以下なのだろうか。
戦闘が始まると、先程と違って、ミレイユはそう簡単に攻めていかない。距離を保つように、あるいはじりじりと詰めるように、キャラクターを前後に素早く動かしている。
「……色々と、駆け引きのある勝負なのか?」
画面を見つめるアヴェリンが、動くキャラクターを見ながらゲーム性を敏感に察知したらしい。
確かにこのゲーム、派手なコンボはそうそうないが、だから読み合いが大事で、その一撃と好機をいかに逃さないかが肝となる。
アキラが見る限り、ミレイユはガードが抜群に上手くて、簡単には体力ゲージを減らせない。しかし攻めが下手という訳でもないようだ。
決めるチャンスがあればそれを逃さず、素人目で見ても実に上手くキャラクターを操っている。相手の力量が分からないので、単に弱すぎただけなのかもしれないが、何しろ危なげなく勝利してアキラは思わず歓声を上げた。
「凄い! ミレイユ様、強いですね!」
「そうでもないが、……その言葉は有り難く受け取っておこう」
「おめでとうございます、ミレイ様!」
例え遊びであっても、主君が勝てば例外なく嬉しいらしい。アヴェリンも笑顔で画面を見つめ、そしてまた挑戦者がやって来る。タイミングが早かったので同じ人が連続で挑戦してきたのかもしれない。
一戦して勝てたのなら、ミレイユも満足するだろうと、アキラは気楽に構えていた。中級の実力者でも、ゲームセンターで勝ち続けるのは簡単な事ではない筈だ。
早々に負けて、次のゲームへ遊びに行くだろう。
次の挑戦者にワンラウンド取るミレイユを見ながら、アキラはそう思った。
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