新たな騒動 その4

 デパートから出て暫し、宛もなくプラプラと歩いては店先を覗き、興味のある物がないか見て楽しむ。休日によくあるウィンドウ・ショッピングのつもりで、次々と店を梯子していく。


 とはいえ、大抵のものには興味を示すルチアである。全てに足を止めていては進まないし、また一店舗で留まる時間も長い。

 ユミルも同様、興味を引くものは多くあったが、一度ミレイユに叱られてから懲りている。見るべきものをチェックしては、後でスマホで確認するつもりでいるようだ。


 手当たり次第に興味を引く現状なら、それが賢いやり方なのかもしれない。

 とはいえ、実際に目で見て触れないと分からない物も多くある。特に目新しい物しかない今は、その手触りなどは想像しづらいものもあり、そういった物にはとりあえず見て触れて行くスタイルなのは変わらない。


 そうして何本もの道路、何店もの店舗を通り過ぎた時、横合いから殴りつけるかのような騒音が響いてきた。自動扉が開く前から音漏れはしていて、ルチアはそれを早くから感じていたが、その大本がこれほどの大音量だとは思わなかったようだ。

 耳を両手で蓋をするように塞ぐルチアを横目に、ユミルは元よりアヴェリンもまた、その大音量と光の奔流に目を奪われている。


「なん、なんですか、これは……!?」

「ああ、ゲーセンだな。娯楽施設だ」

「娯楽!? こんな目に眩しく耳に煩い場所で、娯楽も何もないでしょう!」


 アヴェリンも思わず店内を凝視して、ミレイユの言葉を否定した。

 ミレイユは苦笑して、同じく店内の様子を見ながら解説する。


「あそこにあるのは多くが遊戯に使われるものだが、一つ一つの音が大きいのも、光を多様するのも他より目立たせる為にしている戦略だ。……恐らくは、最初は暗い店内で分かりやすいようにと光度の高い筐体が設置され、それの数が増えるに従って、ああいう状態になったのだと思う」

「他より目立つような競争が生まれた結果ってコト?」

「確実にそうだと言わないが、そういう面も、間違いなくあるだろうな」


 顔を顰めて内部を伺うユミルは、正解かどうかはともかく十分同意できる内容であるようだ。呆れたように筐体を見ては頷いている。

 ルチアは未だに耳を抑えて店内を睨みつけており、いっそ入って遊んでみようかと思っていたミレイユは躊躇してしまう。


「私も久々に中がどうなっているか見てみたかったが、ルチアのその様子じゃ、今回は回避した方が良さそうかな」

「えぇ? 折角なんだし、入ってみましょうよ。煩いし眩しいけど、他じゃこんなの見た事ないじゃない」

「しかし、この様子じゃな……」


 ルチアに再び視線を向けてみれば、そこには挑戦する目つきをして、耳から両手を外す彼女がいた。


「やってやろうじゃないですか。たかだか音が煩いだけで、怯む私じゃありませんよ」

「実に力強い言葉だが、たかが遊戯施設に入ろうとしているだけだからな。魔王城に殴り込もうっていうんじゃない」


 その単語に敏感に反応したのはアキラだった。

 目を輝かせ、握った両拳を胸の前で構えてミレイユに詰め寄ってくる。


「やっぱり魔王とかいたんですかっ!」

「いるわけないだろう、馬鹿らしい」


 しかしミレイユは、それをあっさり切って捨てた。


「えぇ……、だって……」

「物の例えだ。自称魔王はいたし、過去には実際魔王がいて何者かに倒されたというような伝説はあったが」

「じゃあ、やっぱり居たんじゃないんですか、魔王。その自称っていう人……人? だって」


 ミレイユは困った顔で笑い、腕を組んだ。


「軍団も持たず、部下も持たず、武器も持たない。そんな自称魔王を、それと認めろと言うのか?」

「ああ……それだけ聞くと、すごい残念なだけの人ですね」


 ユミルは可笑しそうに――事実可笑しいのだろうが――笑みを浮かべて、それに注釈を加えた。


「だから、あれは本当に魔王だったんだってば。かつて倒され、でも蘇って、そして再び覇道を築き上げようとしていたのよ。そう説明したでしょ?」

「だから何だ。今更どうでもいいだろう、そんなこと」


 やはりバッサリ切ったミレイユだったが、ユミルはそれがお気に召したらしい。笑みを深くして、ついには堪えきれずに声を出して笑いだした。


「あっはっは! まぁ、そうよねぇ! 今更どうでもいいわよねぇ……!」

「え、その人、どうなったんですか……?」

「殺した」

「ころ――!? え、殺したんですか、魔王!?」


 事も無げに頷いて、ミレイユはつまらなそうに鼻を鳴らした。あまりにアッサリと言い放つものだから、いまいち信用し切れない、という様子だ。

 アキラがアヴェリンに視線を向ければ、そこには不服そうな顔をしているものの、しかし同意の意味で頷きだけは返す。


「え、じゃあ、ミレイユ様は勇者って事ですか?」

「まったく違う。……この話、まだ続けなくちゃ駄目か?」

「駄目っていうか……もちろん、そんな事ないですけど、でも聞きたいですよ!」


 ミレイユは実に面倒臭そうにアキラを見て、視線をしばらく誰にも合わせず横に向け、そして腕を組んで溜め息を吐く。


「つまらん話だぞ。私もそいつは頭のおかしい変な奴としか思っていなかったし、最後まで魔王とは思っていなかった。過程も結末も、あまりにひどくて面白い話でもない」

「それでも……教えてください!」

「じゃあ鍛錬の休憩中にでも、アヴェリンに聞け」


 アキラはお預けを食らった犬のような顔で見つめてくるが、しかしミレイユにそれ以上自分から語る気は毛頭なかった。アヴェリンに話すつもりがあるなら、それを止める気はなかったが、聞いてみればやはり楽しい気持ちにはならないだろう。


 そんな事より、ミレイユにとっては目の前のゲームセンターに興味がある。今なお店内から煩い音が響いてくるが、どこか童心を掻き立てられるような気持ちも湧いてくる。

 ミレイユは店内入口で誘うように輝く筐体に、釣られるようにして足を踏み入れた。




 店内に入って、更に三段階は騒音が酷くなったのを自覚しながら足を進める。

 アキラを除いた誰もが不快を隠さない表情で店内を見つめ、眩しさで目を細めている。


 店内には埋め尽くす程の筐体が置かれているが、その中でもミレイユの目に入ったのは、パンチングマシーンだった。

 筐体の奥にはディスプレイが設置されていて、挑戦者を挑発するような台詞、人物が映っている。その手前には赤いサンドバッグを模した、クッションを巻いた棒が奥向に倒れている。コインを入れれば起き上がり、パンチ力を測ってくれる部分だ。

 今は誰も利用しておらず、空虚に挑戦者を待っていた。


「実に懐かしい。男子高校生としては、ああいう遊びはよくやるんじゃないか?」


 ミレイユが目を細めて筐体を見つめ、アキラに話を振ってみたが、返ってきた返事は曖昧なものだった。


「確かにああいうので馬鹿騒ぎするのを見たことありますけど、僕はあまり……そういうのに縁がなくて」

「……そういうものか。どうだアヴェリン、試してみるか?」

「お望みとあらば」


 これがどういう物か理解していないが、ミレイユに試してみろと言われれば、彼女に否という返事はない。何をすれば良いものか、筐体をじろじろと見ながら前に出る。

 だが、それに待ったをかけたのはアキラだった。


「いやいや、お待ちを! あの、師匠がやったら壊れませんか?」


 言われて始めて自覚した、という風に動きを止めて、ミレイユは顎の先を指先で摘むようにして考え込む。

 何しろ、アヴェリンはあの巨体のトロールの一撃を受け止めるような膂力を持つ。大上段から力任せに振り下ろされた一撃を、何の苦労もなく受け止められるのだから、それをパンチ力に変えた時にどうなるか、確かに想像もつかなかった。


 そこまで考えて、ちらりとルチアに顔を向ける。ゆっくりと指をルチアと筐体を行き来させれば、首を傾げながらも前に出て、ルチアはアヴェリンと位置を変えた。


 いかにも非力そうなルチアがやるなら問題ないと、アキラも納得したようだ。

 実際ルチアはこのメンバーの中では最も腕力がない。彼女が出す数値と、筐体への影響を見てからアヴェリンに遊ばせるか決める、というのは悪くない案に思えた。


 何も分からないルチアに、アキラが筐体の傍まで寄って、備え付けのグローブを装着してやる。グローブの端から紐で筐体に繋がっているもので、持ち出し禁止である事を意味すると共に走り込みながら殴りつけるのを阻止する目的もある。


 右手につけられたグローブを掲げて興味深そうに見つめた後、そのくたびれたグローブを見せて力こぶを見せるようにポーズをつけた。

 微笑ましい光景に、ミレイユも口の端に笑みを浮かべ、アキラもまた笑みを浮かべた。


 指示されるままに筐体へお金を入れ、そこからゲームが始まる。

 画面にゲームの流れと説明が表示され、それを見ながらルチアは起き上がったパンチングパッドと距離を測りつつ、立ち位置を慎重に見定めている。

 腕を振り上げて、何度か肩を回し、身体を横向きに変えて構えを取る。殴ることは滅多にないとはいえ、殴り方を知らない初心うぶな女でもない。

 やけに胴の入った姿勢に、アキラはここに来てようやく違和感を持ったようだった。


 画面から殴る指示が出て、アキラの制止が入る前に、ルチアは体重を載せた大振りなパンチで殴り抜けた。

 すると、まるで爆発が置きたような爆音と、筐体を揺らす衝撃で、アキラはその場で飛び跳ねた。

 ミレイユは案外こうなるだろうな、と冷静に事実を見つめ、他の二人も似たような表情で画面に表示される結果を見届けようとしている。

 そして、ルチアもまた殴り抜けた姿勢のまま、筐体正面を見つめていた。


 表示された数字は999,476。最高得点を塗り替える、おそらくゲームシステム上の最高得点をギリギリで越えない数字を叩き出した。


「これ、高いんですか?」


 その撃ち抜いた姿勢から身を起こしながら、ルチアは隣で唖然とした表情で画面を見つめるアキラに問う。女性の平均というなら、筐体に寄って基準が違うので正確ではないが百は越えない。それを考慮にいれずとも、そもそも規格外な数値だろう。


「高いな。多分、この店にいる男の誰より高い数値だろう」


 ミレイユが言うと、ルチアは嬉しそうに顔を綻ばせた。実に可憐で妖精の笑顔と言って差し支えないものだが、この世の男性の誰より高い数値を出したのが、彼女だという事実は忘れてはならない。


 これに気を良くしたルチアは、ディスプレイに表示される二回目の指示が出て、再び構えを取った。しかし、これに待ったをかけたのは、またしてもアキラだった。


「ちょちょ、ちょっと待って下さい! 駄目です、駄目、無理、やっちゃいけません!」

「何故です? これ、殴りつける遊びなんでしょう?」

「そうなんですけど、いや、常識で考えて下さいよ! おかしな数字出てるでしょう!?」

「おかしいんですか?」


 ルチアが振り返って首を傾げる。

 ミレイユが何と返事をしたものか考えていると、アキラがそれより早く返答してしまう。


「この店の誰よりって時点で分かって下さい。男の人を押し退けて、ここまで大きな数字出す人なんていません!」

「それ別に、おかしくないですよね?」

「単純な筋力はともかく、男より女の方が力は強い。常識でしょ?」


 ルチアが口を挟むと、アキラは困った顔でミレイユに助けを求めた。

 何と答えようか考えていたミレイユは、とりあえずお互いの常識のすれ違いから説明を始めた。


「あちらの世界の常識から言えば、ルチア達の言い分が正しい。だが、こちらの世界では異常に映るのは確かだろう。……さっき出した数字も、アキラが慌てる程度にはぶっ飛んだ数字だ」

「へぇ……」

「普通なら、蹴りつけたりしない限り出ない数字だろうな」


 音や衝撃は、この騒音の中でも伝わったかもしれない。店員が来る前に、この場から退散する方がいいだろう。

 ルチアの手からグローブを外してやって、店内の奥方向へ背中をごく軽く押す。


「ま、今は面白いものが見れたという事で、よしとしよう」


 ルチアは小さく笑みを浮かべながら肩を竦め、それで良いというのなら、と素直に応じた。

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