新たな騒動 その3
それぞれの食欲は満たされ、ユミルが店のワインを一通り試し終わった時だった。
テーブルの上に並ぶ料理もすっかり空となり、食後のコーヒーを頼もうとして、ふとメニューが目に入る。
そういえば、まだ甘味を頼んでいなかった。
ミレイユ自身は既に腹も膨れてコーヒーぐらいしか入れる気はないが、他の者もそうだとは限らない。
不躾に強要とも取られないよう、ごくやんわりとした口調で他の面々に訊いてみた。
「食後にコーヒーを頼もうと思ったが、甘味を頼むのも良いと思う。誰か、何か頼みたいものはあるか?」
「んー、アタシはいいわ。気に入ったワインもなかったし、……この店は食事は美味しいけど、ワインだけは褒められないわね」
「まぁ、ファミレスとはそういう物だ。手頃な値段で提供できるワインはあっても、お前が認めるワインは望めない」
ミレイユは苦笑して、僅かながらのフォローをした。
ユミルは鼻を鳴らして肩を竦め、最後の一口を飲み干す。
「……ま、いいわ。アタシはその中でも、少しでもマシに感じたやつを頼むから」
「うん。他の者はどうする?」
「僕はドリンクバーから適当に……。甘いものは別にいいです」
ミレイユは首肯して、話を振ってから挙動不審になったアヴェリンへ目を移した。
フレンチトーストは実にお気に召したようで、一口食べた瞬間から虜になったようだ。食べ終わった時には実に名残惜しい顔をしていたので、機会があればまた食べさせてやりたいと思う。
今は甘味と聞いてから視線だけを左右に動かし、言い出したいのに言い出せない、という表情すら表に出すのを必死に抑えようとしている。
とはいえ、ミレイユにこうして見抜かれている以上、あまり成功しているとは言えなかった。
ミレイユはルチアにメニューを勧めながら、アヴェリンにも声をかける。
「このパフェはどうだ? こういう店では、最後に頼むのが鉄板だ。他にはティラミスなんかもあるようだが……、サイズは小さそうだ」
「あんまり興味ないんですけど、折角ですからね……。では、このイチゴとかいうのが乗った方にしてみます」
「うん、アヴェリンはどうする?」
「……いえ、私は――」
「無理にとはいわないが……お前には是非、このチョコレートの方を試して貰いたい。少しビターな味わいだそうだが、パフェの甘さと中和されて程よく感じるのかもしれない。腹が満たされていなければ、自分で試してみたのだが……」
ミレイユが流し目を送ると、そう言う事なら、とアヴェリンは姿勢を正して頷く。
「ええ。では、ミレイ様に代わり、見事代任を果たし、そのチョコレイトというのを確かめてみます」
「うん。では、頼もう」
ミレイユが呼び出しボタンを押そうとして、ルチアが手で制する。目を合わせれば頷きが返ってきて、どうやら自分が押すと言いたいらしい。
そのまま顎をしゃくって任せると、妙に姿勢を正して澄ました顔でボタンを押す。
何をしているんだと思わないでもなかったが、ルチアからすれば声も出さずに押すだけで人が来るというのは、十分魔術めいた機能なのだ。
舐められる訳にも無礼を働く訳にもいかない、という気持ちで生まれた態度なのかもしれない。
運ばれてきたパフェは彩りも華やか、というほど豪華ではなかった。ファミレスで千円程度となれば、ミレイユ自身そんなものだという認識だったのだが、しかし二人にとっては違った。
グラスを真上から覗いては横から見て、その断面から分かる多重構造に感心し、見て楽しい料理というのを十分に堪能していた。
「凄いですね、とても綺麗です。これを食べるのが勿体ない、という気持ちになったのは初めてのことかもしれません」
「うむ、この白と茶色の重なりが均一で美しいこと。一つ食べては別の味、という次々と新しい味と食感を楽しめるという配慮であるようだ。実に悩ましい」
考えてみれば、ガラスに盛る料理などあちらにはないし、あったとしてもパフェのような形状の入れ物は存在しない。断面を見て、底までどのように詰まった料理なのか、それが分かるというのは実に興味深い代物となるようだ。
そこまで二人が絶賛するとなると、ユミルもただ黙っている事は出来ない。正面に座るアヴェリンに、手の平を向けてスプーンをねだる。
「アタシもちょっと気になるわ。一口寄越しなさいな」
「馬鹿を言うな。欲しいなら自分も頼め」
「それ全部だと多いのよ。そこまで食い意地、張ってないわ」
「人のものを取ろうとしている時点で、十分張ってるだろうが」
アヴェリンはパフェを内側に引き込み、腕で庇って奪われまいと防御する。それを見たユミルはこめかみに青筋を立てたが、しかしそれで騒ぎを起こすほど短慮でもなかった。
アヴェリンは警戒しながら一口、また一口とパフェを食べていくと、その内ユミルのことは思考の端に追いやられていったようだ。今はパフェを見つめグラスの中で形を変えていく様を楽しみながら、少量ずつ口の中へクリームを運んでいっている。
それとは反対に、一口を大きく取って口に運んでいるのはルチアだ。
イチゴとクリームを一緒に口の中へ運ぼうとして、自然とそうなった部分もあるのだろう。しかしイチゴを食べ終えた後、シリアルが顔を出して来た。
それも単品ではなくクリームと一緒に食べると美味しい事に気づき、それも一緒にと思ったら、自然とそういう風になってしまった。
「甘いものは別に好きじゃないと思ってたんですけど、これを知ると考えが変わりますね」
満面の笑顔を浮かべるルチアの口周りには、ふんだんにクリームが付いてしまっている。ミレイユは苦笑しながらペーパーナプキンを取って、そのクリームを拭ってやる。
パフェに夢中でクリームに気付かなかったルチアは、されるがままになった後、すみませんと恥ずかしがって微笑する。ミレイユも帽子の下から柔らかく笑みを返した。
それを目の端で見ていたアヴェリンは、ぴたりと動きを止める。
自分のパフェの残りを確認して、それまで少量ずつ惜しむように口に入れていたクリームを、大口で口の中にかき込みだした。口の周りをべたべたに汚したアヴェリンは、ごく真剣な表情でミレイユに視線を向け続ける。
「もう、何してるのよ、仕方ないわねぇ」
ユミルが素早く動いて、ペーパーナプキンでアヴェリンの口元を拭う。相当乱暴な手付きで動かされ、アヴェリンはその腕を掴んで止める。
しかしユミルはニヤニヤとした笑みを止めぬまま、口元の汚れを拭いきってしまった。
「みっともなくてよ。気を付けなさいな」
「……ああ、すまないな……!」
「どういたしまして」
アヴェリンが握っている部分からミシミシという音が聞こえてくるが、ユミルは笑みを崩さない。アヴェリンは腕を投げ捨てるように開放すると、不貞腐れるように残りのパフェを片付け始めた。
ユミルは痛みを飛ばすように腕をぷらぷらと振ってから、テーブルの下に仕舞う。ユミルが浮かべるいやらしい笑みは、そのパフェが完食されるまで続いていた。
コーヒーも飲み終わり、パフェもそれぞれ完食して、食休めとして時間を潰して暫し。そろそろ店を出ようという空気が出来上がった。
会計をルチアに任せようとし、ジャラジャラと小銭を出し始めたのを見て、はたと気付く。なんだかんだのゴタゴタで、財布を買おうとして忘れていた。
とりあえず小銭を使った支払いはアキラに指導させ、店の外で会計を待つ。
その間に案内板で、どこへ行けば財布が売っているか確認しておく事にした。デパートから退店する傍らに適当に見繕って済ませてしまうつもりだった。
特に時間もかからず、会計を終えたルチア達がミレイユを見つけて合流してくる。
その中から、アキラが一歩前に出て、小さく頭を下げた。
「ミレイユ様、昼食ごちそうさまでした」
「うん。……それにしても礼儀正しいな、本当に高校生か?」
もちろん文句があって言っている訳ではない。
昨今の高校生といえば、もっとくだけた印象を持っていたのだが、よくよく思い返して見ると、アキラはいつも大体礼儀正しい行動を取っている気がする。
きっと、親の教育が良かったのだろう。
アヴェリンもちらりと満足げな表情をしていたので、ミレイユからはそれ以上何も言わない。
そのまま、さきほど案内板で見つけた小物売場まで行き、そこで目についた物を特に感慨もなく購入する。
こちらの財布の良し悪しなど分からないルチアは、言われるままに購入し、とりあえず使う分だけを財布に移して服のポケットにしまった。
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