楽しい遊び場 その2

 男達の背後に立ったユミルは、上機嫌で声を掛けた。


「僕ちゃんたち、うちの連れに何か用でもあるの?」

「はぁん? ――おお、すげぇ美人じゃん! なに、俺たちと遊ぶ?」

「邪魔だ、ユミル。すぐに追い払う」

「あらぁ、話が通じない子たちねぇ。……それ、うちの連れなのよ、何かやった?」


 アヴェリンの不機嫌な声は無視して、ユミルが目を細める。しかし二人の様子に気付かない男達は鼻の下を伸ばし、その中のリーダー分の男が機嫌よく答えた。


「いやぁ、やけに俺たちに熱い視線を送るもんだからさ、遊んで欲しいと思ってよ」

「そうなのねぇ。でも、理由はちょっと違うと思うわ」

「姉ちゃんたち、日本語上手くね? どこの国の人?」

「おい、マジでヤバいじゃん! どうすんのよ、これ?」


 男達は全部で五人、ユミルに引き摺られて来たアキラ、その後に着いてきたルチアとミレイユを見て、男達は群がるように囲もうとする。

 それを素早く察知したアヴェリンが、ミレイユの前に立って男を近づけさせないよう壁になった。しかし、その意図が掴めなかった男達は、単に女が増えた程度にしか思えなかったようだ。


「いいじゃん、こっちも五人だしさ。みんなでどっか行こうぜ」

「一人顔見えないけど、これぜってぇカワイイって!」

「おい、お前。近づくな」

「めちゃ気が強いじゃん、俺の好きなタイプだわ」


 不躾な男達に、アヴェリンは今にも爆発してしまいそうに思えた。ミレイユに近付いて下から覗き込もうとする男には、牽制しながら身体を入れ替え、ミレイユを背後に庇っている。

 その中にあって、アキラがどんよりとした表情で呻いた。


「その五人の中に僕も含まれているんですかね……」


 しかし、その声は無視され、ユミルが目の前の男に尋ねる。


「へぇ、そうなの、遊んで欲しいの?」

「お、なに、乗り気じゃん? どこ行く?」


 上機嫌で返ってきた男の声に、ユミルが笑顔のまま答えた。


「そんなのシンプルに無理でしょ」

「……は?」


 男の声が一段低くなる。

 目つきも険しくなって口角も下がったが、ユミルの態度は変わらない。小馬鹿にしたように鼻で笑い、首を傾げて人差し指を顎に当てる。


「アタシ達を相手にしたいと言うには、色々足りてないのを自覚なさいな」男の姿を上から下まで見つめる。「そんな見た目じゃあねぇ」

「おい、お前、マジ調子乗ってんな?」


 男の態度が目に見えて変わったところで、アキラがユミルを押し退けて前に出る。

 不機嫌な態度と今にも暴力沙汰にでもなりそうな雰囲気に、アキラ自身も怖気付いていたが、このまま放置するのも恐ろしかった。

 何しろ、あの日の強盗事件の光景が目に焼き付いている。


「ちょっと待って下さいね。落ち着いて、落ち着いて。……絶対マズイことになりますから、このまま引き下がった方がいいです」

「なに言ってんだ、お前?」

「あなたの為に言ってるんですよ、下手なことせず、このまま帰った方がいいです。ほんとに、あなた方の為に言ってるんですから……!」

「馬鹿じゃね。なんで俺らが馬鹿にされて、引っ込んでないといけんのよ?」


 アキラの嘆願が通じず、男がそう返せば、周りの男達も同じように囃し立てる。

 周りは人通りの多い道、誰か止めてくれないかと見渡しても、素通りするばかりで見てみぬ振りで去っていく。

 男達の見た目はお世辞にも上品と言えず、大学生ぐらいの見た目に思えるが、いわゆるヤンキー系で怖いもの知らずと言った感じだった。

 怖いものを知らないのは結構だが、本当に怖いものに手を出していけないとは知らないらしい。


「もう面倒だし、黙らせてしまっていいんじゃないですか?」


 呟くようにして言ったのはルチアだった。

 小さな声だったというのに、その発言は男達全員に伝わって剣呑な雰囲気が満たしていく。


「可愛い顔して言うじゃねぇの。状況分かってんのか? 泣いても許してやらねぇぞ?」

「それは楽しみですね。泣いて許されるのは子供までですから。下着の替えは、自分で用意しておいて下さいね」

「は? なに言ってんの、マジで? やっちまうか?」


 ルチアの煽りに顔を青くしたアキラが、両手を前に出して落ち着かせようと試みる。

 アキラはそのすぐ傍によって、声を潜めながら嗜めた。


「なんでそういうこと言うんですか。纏まるものも纏まらないじゃないですか……!」

「だって、このパターンは無理ですって。大人しく引き下がる男なんて見た事ないですから」

「例えそうだとしても……!」


 アキラの説得は呆気なく無に帰した。

 やりとりを聞いていた男が我慢できなくなって、ユミルの腕を掴む。ユミルは鼻を鳴らしただけで抵抗はせず、掴まれた手を見つめている。


「ちょっとこっち来いや。詫びの仕方が気に入ったら、少しは手加減してやるよ」

「あら、楽しそう。どんなお詫びが聞けるのやら」


 再びニヤニヤと笑い、引っ張られるままに着いて行く。

 囲んだ男達が歩くように威嚇してきて、言われるままにアキラ達も動き出した。

 アキラは頭を抱えて呻き声を出したが、それを見ていたルチアは花開くような綺麗な笑みを浮かべた。


「そんな深刻な事にはならないから大丈夫ですよ」

「……本当ですか?」

「さっきからミレイさんが、何も言わないじゃないですか」

「ええ、それは……確かに。でも、それが何か?」

「ミレイさんが不快に思って排除を考えてたら、即座にアヴェリンさんが動いて再起不能にしてますよ」

「ああ……」


 それは容易に想像できる展開のような気がした。

 一声上げるどころか、指を鳴らした時点で即座に動き、全員を昏倒させただろう。それこそ瞬きの間で終わるという確信すらある。

 いつも鍛錬で転がされているアキラだから、それが容易に想像できる。


「つまり、穏便に済ませる気持ちがある、という事ですか?」

「そうですね、そう考えていいと思います」


 その穏便について、アキラと他の者では大きな乖離があると、薄々は気付いていたが、ともかく安堵の気持ちで息を吐く。


「ミレイユ様がいるんだし、いざという時は止めますよね?」

「死ぬことだけはないんじゃないですかね」

「……穏便に済ませるんですよね?」


 アキラが背後を振り返ってミレイユに尋ねれば、首肯だけで返事があった。

 どうにも疑わしい気持ちで前に向き直ると、狭い路地裏で男とユミルが立ち止まっていた。

 建物の影になって周囲からは見辛く、奥まった場所故に逃げ場もない。男達が通路を塞げば、奥に誰がいるのかなど、外からは分からないだろう。


 男達は不機嫌な雰囲気を出しつつも、その中に下卑た気持ちを押し殺せずにはいられないようだった。それぞれ顔や身体へ舐めるような視線を向けている。


 ユミルも同様に男達を見渡し、明るい声音で口を開いた。


「新しいお友達が沢山ね」

「おもちゃの間違いでは?」


 アキラの呟きは、ユミルの獰猛な笑顔で頷きが返った。


「あら、アンタもなかなか良く分かって来たじゃないの」

「なに呑気に話してんだ? 状況分かってんのか? 後ろのお前も座ってんじゃねぇ……って、そんなのどこにあった?」


 振り返ってみれば、ミレイユがいつものように椅子を出して座っている。重厚感のある立派な椅子の肘掛けに、肘を立てて顎を手の平に乗せている。膝を汲んで、ツバの下から見える唇が、蠱惑的な曲線を描いていた。


 その斜め前方には、ミレイユの視線を遮らない程度の距離でアヴェリンが立っている。何があっても近寄らせまいという威風が漂っており、実際この中の男がどれだけ必死になろうとも、それは不可能だろう。


 妙な雰囲気が辺りに漂った。

 女性陣の底抜けな緊張感がそれに拍車を掛けたのだろう。辺りには不思議と甘い匂いが充満し、何かが妙だ、と考えた時には、もう遅かった。

 男の一人が視線を彷徨わせる。どうする、と隣の男に声をかけようと顔を向けた時、目の前の男が後ろに向かって吹っ飛んでいた。


「な、なぁあ!?」


 吹っ飛ばされた男は気絶して、痙攣を起こしていた。

 そして、それをやったのが誰か見て、驚愕している。

 まだ十代半ばに過ぎない、華奢で可愛らしい、妖精のような少女。それがいつの間にか取り出した大振りな杖を突き出して微笑んでいる。


「ほら、早くしないと他の人も私一人で終わらせますよ」

「それは嫌ねぇ」

「いや、僕は最初から参加するつもりないので……」

「軟弱な事を言うな。対人戦のつもりでやれ」

「いやいや、対人戦ならいつも師匠とやってるじゃないですか」


 緊張感のない遣り取りは相変わらず。男が仲間を見捨てて逃げようと、振り返った時だった。

 すぐ目の前に壁があって尻もちをついた。そして即座におかしいと気付く。男の後ろには路地裏が伸びるばかりで、壁になるような物はない。せいぜい潰れたダンボールが転がっている程度で、それ以外に妨害になりそうな物などなかった。

 しかし今は、そびえ立つ氷の壁が存在している。


 アキラが顔を横に向けると、ルチアの手にあった光が掻き消える。何かをやったのはこのルチアだと分かったが、もしかして目にも留まらぬ速さで魔術を行使したのだろうか。

 ルチアの事を殆ど知らないアキラからすれば、また一つ、彼女の知らない一面を知れた事になる。


「な、なんだ!? なんだよ、これ! どうなってるんだよ!?」


 男達が壁に手を付き、握った拳でドアを叩くように殴りつける。しかしそれは幻でも立板でもなく、現実の氷壁として逃げ道を塞いでいる。


「それじゃ、ちょっと遊びましょうか」


 アキラは背筋を凍らせた。

 ルチアの明るい声音は、同時に男達を青褪めさせるに十分だった。戦慄の表情で振り返り、身を震わせたのは冷気を発する氷の壁ばかりが原因ではない。


 男達が上げた悲鳴は、誰に届くでもなく氷の壁に吸い込まれていった。

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