外から来たモノ その2
アキラが部屋に帰ってくると、そこには物々しい雰囲気のミレイユ達が立っていた。今にも扉を開けようとしていたタイミングだったので、思わず動きを止めて凝視してしまう。
何か声を掛けようとしたところで、逆にミレイユから話しかけてきた。
「丁度いいところに帰ってきた。――おい、ちょっと戻れ。道を開けろ」
ミレイユはアキラの返事を待たずに後ろを振り返り、アヴェリンよりも更に奥、誰かに向かって声をかけた。
掴み掛かるようにして肩を取られ、部屋の中に引きずり込まれる。
何だと思う暇もなかった。思わずつんのめって部屋に入り、そして中にいる全員が完全武装している事に気がつく。最初に出会った、あの姿で。
「ど、どうしたんですか、一体……!」
「魔物が出た」
その一言に身が竦む。
いつか戦うつもりではいた。
しかしそれは、もう少し準備が整ってからのつもりだった。アヴェリンがから、とりあえずの合格点を貰った後だったり、あるいは自分がやれると自信が着いた時に。
今はその、どちらもがない。
着いて行っていいのか、着いて行ってしまっていいものか、そういう目をミレイユに向けてしまった。
「……不安か? ここで待っているか?」
「……い、いえ! 行きます!」
ミレイユは片眉を上げるだけで何も言わず、傍らのアヴェリンに向けて簡潔に命じた。
「皮の胸当てがあったろう、持って来い。それと腕と脛当ても。他のどれもサイズが合わないだろうが、それぐらいなら簡単な調節で着れる筈だ」
「……はい、すぐに」
一瞬躊躇うような仕草を見せたが、それでも頷いて箱の中へと身を投じる。
その間に着替えようと、アキラは寝室に小走りで入った。汚したり破れたりしていい服はあったが、少しでも頑丈な服をと思っても登山服を持っている訳でもない。かといってジャージやジーパンを着る訳にもいかず、こういった場面で必要な物を用意していなかったことを今更ながらに気がついた。
「ええい、仕方ない!」
生地が厚ければそれだけ動きづらい。今は防御は無視して動きやすい格好をした方がいいかもしれない、と素人考えで着替えを済ます。
部屋から出るとアヴェリンが待っていて、そのまま後ろを向くよう指示される。
手荒い仕草で服の上から皮の胸当てを付けられ、ベルトをきつく閉められる。息が詰まる思いもしたが、外れるような事がないようにという処置なのだろう。
皮の、と言っても実際に左胸部分だけは鉄の補強がしてあった。それを見ていると次に左手にも皮製の籠手がつけられた。表面だけを防護するベルト留めの物で、どうやら脛当ても同じようなものらしかった。
「それと、これも着けろ」
「これは……?」
手渡されたのは指輪が一つとネックレスが一つ。
女性にも男性にも似合わない無骨で粗野な造りで、アクセサリーとして身につけるというよりは、戦場の願掛けに使うような物に見えた。
「お前の身を守ってくれる」
「ええと、お守りって事ですか?」
「違う、魔術秘具だ。物理的に身を守ってくれるが、シールドを張るほど強固でもない。過信せずに使え」
「え、使うって、どうやって?」
さも当然のように言われても、見たことも触れたこともないアキラに、使い方など分かる筈もない。スイッチのような物があるとは思えないし、指輪を人差し指に通しながら聞いて見れば、胡乱げな視線を返された。
「念じろ。危険を感じれば、身体が勝手に動くものだろう? それと同じだ。使い所が分からなくても、身体が勝手に使ってくれる」
「そうなんですね……」
ネックレスも首から掛けて、胸当ての中に仕舞い込む。
家を出る前に立て掛けていた場所から刀袋を手に取り、大事に抱え込んだ。
「馬鹿、袋は置いていけ」
「え……、でも、こんなの見られたら……」
「奇襲されても、袋が閉じてて戦えませんと言うつもりか?」
「はい、すみません……」
頭を下げながら刀を袋から出していると、その遣り取りを見ていたミレイユが小さく笑っていた。
「もう既に、随分といい師匠っぷりじゃないか」
「よして下さい、ミレイ様。察しが悪いから、とにかく口を出さなければならないだけです」
「……うん、そういう事にしておこう」
アヴェリンが睨まれ、アキラは身を守るように刀を捧げ持つ。何の意味もないが、何もせずにもいられなかった。
そこにユミルが横から入ってくる。
「はいはーい。今から幻術かけるから、大人しくしててね」
「また爆発させるんですか?」
「馬鹿ね。何で今、そんな無意味な事しないといけないのよ。いいから大人しくしてなさいな」
誰も口を挟まないので、アキラもまた黙ってユミルのする事を見ようとした。
右手と左手に淡い紫色の光を灯し、小さく外回りに動かし、手の平を握り込む。次いでそれを開いて腕を大きく広げると、ミレイユ達の姿が霞んで見えなくなっていく。
「うわぁお……」
徐々に見えなくなっていき、ついには透明になって、自分の姿を見てみれば、やはり透明になって見えなくなっている。これなら武器を携帯したまま動いても問題ないだろうが、お互いの位置まで分からなくなるだろう。
後をついて行こうにも、これでは到底不可能だ。
「あ、あの、これでどうやって皆に着いて行けばいいんですか……!?」
「ああ……、これは幻術だから。偽物の光景だって認識してしまえば大丈夫。ちゃんとそう意識して見てごらんなさい」
「は、はい……。これは幻術、これは幻術。目の前には師匠がいる……」
言われた通りに目を凝らし、言葉にしながら顔を左右に動かしてみれば、確かにその姿が墨をぼかすようにして現れてくる。
「音を立てたり、声を出しながら動けば見られる可能性が高くなる。そこにいるかも、と目を向けられてしまえば、やっぱり同じ事。だからなるべく静かに動きなさいね」
「や、やったことないですけど、頑張ります」
曖昧な表情で頷い時、ミレイユから声がかかった。
「気配を察知してから既に五分以上経過している。急ぐ必要があるのか、それすらも分からない状況だが、今は最善と思える行動を取る。今から強化と保護の魔術で支援するから、ルチアはアヴェリンの後ろにピッタリ着け。アヴェリンは先導し、状況によっては盾になれ」
「お任せを」
「了解です」
アヴェリンとルチアの頷きに対し、ミレイユからの魔術が当たる。
二人にそれぞれミレイユの両手から放たれた緑と白の光が命中、その体の輪郭を淡く照らす。
「次に続くのは私とアキラだ、何かあれば援護する。最後はユミル。ちゃんと着いて来い、寄り道はなしだ」
「はいはい」
ユミルは手をひらひら振り、アキラは生唾を飲み込む。心臓は早鐘のように鳴り響き、緊張で吐きそうになってくる。
ミレイユとそれに頷き返す三人からは、それだけの緊迫した雰囲気が伝わってきた。
実際には、その表情や態度からは緊迫も緊張も見て取れないが、歴戦の猛者が発する雰囲気がアキラをいつにない緊張に包んでくる。
「さぁ、出ろ。ルチア、場所は遠いか?」
「これなら走って二分弱です」
よし、とミレイユが短く返事をすれば、二人は揃って部屋を出ていく。
既に靴は履いていたようで、殴り飛ばすように扉を開けて階段を使わず下に降りる。
「えぇ……?」
パルクールをするような人種は、二階程度の高さは物ともせず降りたり飛んだりするから、それをアヴェリンがする事に違和感はないが、ルチアまでそれをするのは予想外だった。
呆然とするような気持ちでいると、その背を押されて靴を履く。
まさか飛び降りる事はできないので、アキラは音を立てないよう、刀が手摺りに触れないように注意しながら階段を降りる。
そうしていると、既に音もなく着地した二人が目の前に立っていた。
ユミルはともかく、ミレイユは鈍色に光るグリーブを履いているのに、何故音が出ないのだろう。これも魔術を使っていたりするのだろうか。
思っている内に、ミレイユが顎をしゃくる。
アヴェリン達が走り去った方向を見ると、既に背中が豆粒ほどに小さくなっている。
「は……?」
走って二分弱と言っていたから、すぐ近くに魔物が出たのだと思った。
しかし、あの速度で二分なら、相当遠い場所にあっても不思議ではない。
「え、というか、あれに? あれに追いつくように走るんですか?」
「喋る暇があるなら走れ」
ミレイユに押されて、アキラはとりあえず地を蹴った。
全速力で遮二無二走るが、既にその背は見えなくなり、追いつく事は絶望的だ。そもそも刀を手に持った状態じゃ禄に走れないのは、今日の朝体験している。
到着している頃には既に終わっているのではないか、そもそも到着できるのか、そんな事を思っていたら、腰に何か固いものが回ってきた。
「なん!?」
「遅い、急ぐぞ」
ぎょっとして見てみれば、ミレイユがアキラの腰に手を回し持ち上げようとしている。
待ったと声をかける前に身体が浮き、そして恐ろしい速度で身体が前に押し出される。速度と共に、空気の圧に絶えきれず腰を中心に身体がU字型に折れ曲がった。
「お、おお、おごごごごお!?」
「うるさい、喋るな」
簡潔な命令に口を噤もうと努力するが、恐ろしい勢いで過ぎ去る風景と、顔や身体に当たる強すぎる風が恐ろしく、口の端から声が漏れるのを防げない。
とにかく刀を手放す事だけは防ごうと、両手で刀を押し抱く。
そうこうする内に車道に出たのか、すぐ隣を乗用車が通り過ぎていく。
逆走しているのではない。進行方向に対して順路であるにも関わらず、そのあまりの速度で車を追い越してしまっているのだ。
おおよそ、人が出していい速度ではない。幻術を使っていなければ、事件になっていたか怪奇現象としてSNSにアップされていたに違いない。
「うぎ、ぎぎ、ぎぎぎぃ……!」
そして時折、赤信号を無視する為に飛び跳ねもする。
横から突っ込んでくる車を幅跳びするように越して行く光景は現実の物とは思えなかった。急速な上下移動は、アキラの胃を引っ返すかのような衝撃を伝えてくる。
――ここで吐いたら、絶対に駄目だ。
それだけを心の中で繰り返し叫びながら、恐怖の一分弱が終わる瞬間をひたすら待ち続けた。
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