希求 その6
物騒な雰囲気も感じながら、刀をベルトに差して、その上できつく締める。だが、どうも収まりが悪い気がして、何度か位置を調節するが、それでも納得できる部分が見当たらない。
まごついていると、アヴェリンが手で制して声を上げた。
「さっさと始めてしまおう。鞘はずり落ちなければそれでいい。今は最悪落としてもいいしな」
「はい、分かりました」
「時間も随分かかってしまったし。……どれくらい待たせていた?」
「はい?」
アキラは思わず首を傾げたが、昨日の夜に来なかった位は誤差の内だろう。
むしろ昨日の今日で武器を拵えて来た事を考えれば、早すぎるくらいだ。
「昨日の夜の話じゃないですよね? 朝もいいタイミングでしたし……」
「……うん?」
一瞬考え込む仕草を見せたが、すぐに納得したように顔を上げた。
「ミレイ様が時間を操作してくれていたのか」
「は? 時間を……時の流れを変えられるんですか!?」
「ミレイ様自身にあるという訳でなく、あの箱庭で過ごす時間が可変可能なのだ。外に出ると時間が一気に進んでいることもあれば、全く逆な事もある。箱庭に、そういう機能があって、それをミレイ様が操作している」
アキラは空いた口が塞がらない思いだった。
それはつまり、箱庭で過ごす限り、人より随分長く生きる事が出来るという意味になりはしないか。いや、相対的にウラシマ効果みたいな事に、なるだけなのかもしれない。ある日いきなり老いたミレイユが出てきたら、相当なショックだ。
「凄いんですね……」
「……ああ。これは余り外で言う事ではなかったな。大体、お喋りしている時間も勿体ない。お前の朝飯が何時かは知らんが、それまでに戻ろうと思ったら、後どのくらい時間がある?」
「……え、はい。多分、一時間かそれよりもう少しか、それぐらいだと思います」
「幾らもないではないか。――早速、始めよう」
アヴェリンが片手に持った鉄の棒を無造作に構え、アキラに相対する。
アキラも慌てて武器を――刀の柄に手を置き、慣れない手付きで鞘から抜く。金属の擦れる僅かな余韻を残して刀身が顕になる。
陽の光を受けて反射した刀身は、見事な美しさと力強さを体現をしていた。
玄人の目からすれば、色々とケチを付けたくなるような出来だったとしても、これが自分の物として作られたと知れば、どんな物より美しく思える。
「あぁ……!」
思わず感嘆の声が口から漏れた。
いつまでも見つめていたい誘惑を跳ね除け、刀を両手で正眼に構える。
昨日は武器もなく、ただの体力・筋力テストを兼ねた組手だったが、そこでは一方的にボコボコにされた。
そもそも格闘技を習った事がないのに加え、とにかくあらゆる力に対抗できず地に転がされた。組み合っては腕力に勝てず組み敷かれ、殴れと言われて殴ればあしらわれ、好きなように接近を許してこれでもかと投げられた。
しかし、今日は武器がある。
普段は木刀で、手に持つ武器の重さは比較にならないが、それでも素手より上手くやれる自信があった。得意分野の勝負となれば、昨日のような無様は見せつけずに済むだろう。
そう思って、アキラは柄を両手で握りしめる。
まだ糸の反発が硬く、重く、まったく握り慣れないが、それでも武器を振るう事には多くの努力を割いてきた。道場の中でも実力は上位に食い込むものではない。
――それでも少しは、良いところを見せてやる。
アキラは気合を込めて腹に力を込め、アヴェリンを見据えて斬りかかる。
怪我をさせるかもしれない、とは全く考えていなかった。真剣を振り下ろす事に対する危機意識、相手を殺しうる武器を振るっているという事実。それらの考慮をするには、アヴェリンの構えが胴に入りすぎていた。
アヴェリンは自分が怪我を負うとは全く思っていない。
何なら、抜身の刀を武器とすら認識していないのかもしれない。それほどまでの自然体を前にすれば、アキラが気にする必要などないと思った。
「ハッ!」
振り下ろす動作と共に息を吐く。
アヴェリンはそれを半身になって避けて、代わりに武器を振るってくる。
咄嗟に刀身で受け止め、そして凄まじい衝撃で身体が浮いた。甲高い音が耳に響き、次いで握った手が、指が、腕に衝撃がやってくる。
下から掬い上げるような動作だった為、正眼の構えのまま受け止めたのだが、それで吹き飛ばされるとは思ってもみなかった。
宙にどれほど浮いていたのかは分からない。
しかし高さはそれ程でもなかったらしい。足をつけた衝撃は大きくなかったものの、三メートルは距離が離れていた。
「ひと一人を三メートル吹き飛ばす膂力、まるで漫画の世界だ……!」
「何の世界かしらないが、この程度、出来て当然の世界の住人ではある。喋っている余裕があるのか? こちらから攻めた方がやりやすいか?」
未だ痺れが残る腕で武器を振るえばスッポ抜ける。
攻めに転じずにいられないでいると、アヴェリンの方から動き出した。
アヴェリンは片手で上段から棒を振り下ろし、アキラはそれを後ろに避ける。更に一歩踏み込んで来たところで横に避ければ、全く同じ速度で距離を詰めてくる。
更に横に後ろにと逃げても、常に一定の距離を保って動いていて、攻めて来るのを待っているかのようだった。
「――それなら!」
アキラは手首を狙って刀を振り下ろす。小さな予備動作から放たれる突きとも打ちとも言えない、その中間ほどの攻撃は、アキラが打てる最速の攻撃だ。
アヴェリンはそれを手首を返して、いとも簡単に弾くと、隙だらけになった胴に棒を打ち付けた。
「ごっ!」
脇腹を殴られ悶絶する。
三メートル吹き飛ばすような威力ではないので、手加減はされたらしい。身を捩りたくなる痛みに我慢して、震える息を整えながら正眼に構え直す。
アヴェリンは持ち直すまで待ってくれていた。
距離は一定を保ったまま、自然体で構えてアキラの攻撃を待っている。
腕の痺れはもう取れた。だが脇腹の痛みが腕を上げれば引きつって、やはり本領は発揮出来そうにない。同じように狙えば、やはり同様に弾かれて同じ場所を攻撃されてしまうだろう。
されど、どこを攻撃しようにも受けられてしまうような気がする。
剣の迷いが切っ先を揺らし、動揺を見て取られて動きを許した。切っ先を跳ね上げられ、咄嗟に引き戻す動作で相手を迎え撃とうとし、その時にはもう懐に潜り込まれていた。
刀の柄、両手で握ったその部分で押し返そうとして、逆にその部分を掴まれた。
捻って曲げられ、身体も一緒に態勢を崩す。
その晒した隙に、棒を強かに打ち付けられた。
「グホッ!」
痛みのあまり顔が歪んで膝をついた。
刀を杖代わりにしないよう横に向け、そして目の前に足がある事でチャンスかと思った。横薙ぎに刀を戻し、肘を内側に入れるようにして振るう。
しかし刀を踏みつける事で防御し、動きが固まったところで肩に一撃を受けた。
「あがッ!」
痛みに耐えきれず、また踏みつけ動けなくなってしまった刀から手がスっぽ抜け、地面に転がるように倒れる。そこに腹へ蹴りが飛んで来て、為す術もなくふっ飛ばされた。
「うぐ、ぐぐっ……!」
「痛がってる暇があったら立て」
立ち上がる気配がないアキラに、容赦ない激が飛ぶ。
言われるままに立ち上がり、脇腹を押さえながらアヴェリンを睨みつけるようにして見る。
「武器を手放してどうするつもりだ。踏まれてるから、なんて下らない理由を口にするなよ。蹴飛ばされる前に対応しなければ、お前にこれから何が出来る?」
「……はい、すみません」
道場の練習では、そもそも木刀は使っても、あの態勢から攻撃をするのはルール違反だ。本来なら咎められる方法だろう。当然、更に踏みつけて防御してくる相手に対処する方法など教えてくれない。
アヴェリンが何でもありの戦闘方法を指示していたのは、昨日からだ。
そもそも、敵からしてルールを遵守するような戦い方をしない。訓練で培うのは基礎能力であって、戦う力は実戦でしか身につかない、とアヴェリンは言った。
「敵は人型ばかりではないが、だからこそヒトより優れた身体能力を持つものだ。足ではなく、尻尾やあるいは他の何かで武器を無力化してくる事は珍しいことではない。手放すのではなく、対処が必要だ」
「でも、留まっても危険ではないでしょうか」
「……そうだな。ただ、やりようは幾らでもある」
アヴェリンは手招きすると、立ち位置を入れ替えてアキラに刀を踏ませた。
逆にアヴェリンが棒を渡す代わりに柄を握って、同じように蹲るような態勢を取る。
そこで顔を上げて挑発的に言い放った。
「さっきと同じ状態だ」
「……はい」
「そこから蹴るなり武器を振るうなり、好きにやってみろ。自分が躱せないと思う一撃を、私に加えるんだ」
「分かりました」
言われた通り、アキラはこの状態から躱せない攻撃を繰り出そうと考えてみた。
あの時の咄嗟だと、ここから武器を振るって刀を握る力を奪う、というのは理に適っているように思う。同じ方法で行えば、それを見越して躱されるのだろうか。
違う方法を考えてみろ、と言われたような気もするが、やはりこの状態からどう躱すのか、それを知りたいと思った。
刀を踏みつけた左足に重心をかけ、右足を蹴り出そうとフェイントを掛け、棒を肩に振り下ろす。
アヴェリンは刀を握った手を離さず横転するようにそれを躱すと、勢いそのままに刀を捻り上げて振り上げる。その勢いに押されて足が浮き上がり、咄嗟に踏み直そうとした時には遅かった。
下から振り上げられた刀が、太腿に触れた所で止まっている。
「なかなか小賢しい真似をするな?」
「はひ、すみません……」
アヴェリンは太腿に触れた刀を離して、小さく笑う。
「まぁ、対応力というのは一朝一夕では身に着かないものだ。だから常に考えておく必要がある。これからは武器を持って戦うのだから、武器を手放す状況の切り返し方は覚えろ」
「でも、あの方法は僕には無理ですよ。力押しじゃないですか」
思わず、口を尖らせて不満を言ってしまった。我ながら情けない言い分だと思う。しかし、あのような手本にならない方法を見せられては参考にも出来ないというものだ。
「同じ方法が今のお前に難しいのは確かかもな。だが、あれは力だけでやったものじゃない。腕の回転、肩の回転、腰の回転、そしてそれを地に伝える蹴りの瞬発力。腕の力というより、あれは足の力だ」
そうと言われたらアキラも納得せざるを得ない。
強い力だったし、アヴェリンの膂力の高さを知っていたからゴリ押しかと思った。しかし、あの足を持ち上げられた力は、上に押し出されたというより、斜めから突き上げられるような感じがした。
どちらにしても、練習なしにアキラには出来ないという事だけは理解できた。
アヴェリンは刀を手渡し、代わりに棒を受け取りながら肩を叩く。
痛みに顔を顰めて抗議しようとした矢先、つまらなそうな表情と共に台詞が返ってきた。
「さ、続きだ。構えろ」
「や、やるんですか……。痛くて刀、握れないんですけど」
「お前は同じセリフを、襲ってくる相手に言うつもりか?」
「……はい、すみません」
ぐうの音も出ない反論にアキラは素直に謝罪して、痛む肩を意思の力で捻じ伏せながら刀を構える。思わず眉間に皺が寄って睨む形になってしまったが、アヴェリンはどこまでも自然体だ。
どう攻めようかと迷う間に接近され、あっという間に武器を飛ばされる。
何の反応も出来ないでいた自分を恥じていると、顎をしゃくって武器を取るよう促される。
アキラは促されるまま武器を取り、構え、そして武器を弾かれ腹を殴られた。
それは時間が来るまでひたすら続き、アキラは悶絶して地に伏せる。長く苦しい時間の始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます