不安と不穏 その1

 結果として、それは故障ではなくバッテリー切れだという事が分かった。

 手早くスイッチを入れて再起動して見れば、電池マークが空。起動画面の途中で再度電源が落ちたので間違いないと判断した。


「大丈夫だ、どこも壊れていない。つまりこれは、チャージせずには使えないんだ」

「魔術秘具みたいに?」

「そう、ただし必要になるのは電力だ。……ともかく、充電すれば――多分、寝室のコンセント辺りが充電場所だろうから、そこでしばらく放置していればいい」

「あら、それだけでいいの?」


 ミレイユは首肯して椅子から立ち上がる。


「口で言っても上手く伝わらないだろう。一緒に行って、やり方を教えてやる」

「いつになく親切ねぇ……」

「言うだけで理解できるなら、こっちも余計な手間はかけないが。それに私の所有物という訳でもなし、壊すと面倒だ」


 ユミルを引き連れ部屋を出て、アヴェリンが何処にいるか確認すると、自室で防具の手入れを続けているようだった。そこに一声かけて邸宅を出る。

 何も断りを入れずに離れてはいけない理由もないのだが、こうしないと後で何故一声かけなかったのかと口喧しい。彼女としては護衛の任を全う出来ない状況と、そこに自分が介在できない事が我慢ならないのだ。


 手早く片付け準備を終えれば、アヴェリンも直ぐに追いついてくるだろう。そもそもが箱庭を出た先の事、追いつくも何もない。


 ミレイユ達はアキラの部屋に出ると、そのまま寝室へ向かう。

 そこには果たしてコンセントに繋がれたままの充電ケーブルがあり、手順を説明しながら差し込んでベッドの上に放る。


「これで終わりだ」

「……随分、単純ね」

「差込口が上下逆だと入らないとか説明しようと思ったら、これはそういうタイプじゃなかったんだよ」

「コレも車みたいに種類が豊富にある訳ですか?」


 ユミルの後ろから覗き込んでいたルチアが、訝しげに言う。ミレイユは左右を横に振る。


「種類があるのは確かだが、あれほど見た目や用途に違いがあるわけじゃない。そういう基礎的な知識は勝手に覚えていってくれ。それか、今後はアキラに聞け」

「……ついには面倒になって匙投げ出し始めましたよ」

「……正直、いつかこうなるとは思ってたわ。予想以上に早かったけど」


 あからさまに人の後ろでコソコソと話をし始めた二人だが、そもそもこの距離、口を覆って話して遮られる訳もない。聞かせているのは明らかで、だから尚のこと腹立たしかった。


「うるさいんだよ。お前たちのナゼナニ攻勢をいつまでも受けてられるか!」

「はいはい、分かったわよ」

「確かにちょっとしつこかった部分はありましたね。ちょっとだけですけどね」

「分かったから、さっさと引っ込め。狭いんだよ」


 六畳間しかない間取りにベッドが置かれているのだから、それだけで部屋の三分の一程は使っていることになる。小さなベッドではあるが、そこに小柄とはいえ三人も入れば手狭になるのも当然だった。


 押し退けるようにミレイユが部屋を出てソファに座る。既にソファ脇に座っていたアヴェリンが、呆れたような目をしてルチア達を見ているが、結局何を言うでもない。


「……それで、言っておいた件はどうなった?」

「勿論、抜かりないわよ」

「大人の女性の処世術なら、お任せです」

「……何の話だ」


 バカ、とユミルが肘で突付いて黙らせる。途端に身を正すルチアと、わざとらしくリラックスしたように見せるユミル。

 ミレイユは二人の貼り付けたような笑みを交互に見比べて、この数時間何をしていたのか明確に悟った。


「何も調べていないのか?」

「――まさか! そんなワケないでしょ? 調べたわよ……調べはしたわよ」


 ユミルの口調は尻すぼみに小さくなる。口を噤んでしまった彼女に代わって、ルチアが弁明を始めた。


「まぁ、ただ他の誘惑も多かったと言いますか……。調べる内に別の単語が気になって見るにつけ、それが段々とエスカレートしたと言いますか……」

「……つまり、調べてないんだろ?」


 アヴェリンが咎める口調で言えば、ルチアはハッキリと首を横に振った。手の平を前に突き出し、待てのポーズで否定する。


「それは見解の相違というべき事柄です。私達は調べました。言われたとおり、真っ先に調べたのです」

「そうか。じゃあ、聞かせてくれ」

「えぇ、はい、勿論。ですが、ここからが少し複雑でして……」


 ミレイユはソファの上で足を組み直し、次いで腕も組む。その指先でトントンと苛立たし気に腕を叩いた。しかし何を言うでもなく、首を小さく傾けて続きを促す。


「つまりですね、機嫌を取る、という単語では、なかなか望む内容を得られなかったんです。じゃあ別の単語で検索すればいい、となりまして」

「そのとおり。難しいことはない」

「しかしここで、じゃあ何の単語ならいいのか、という言い合いになりまして」

「――より相応しい単語は何なのか、お互いの知見をぶつけ合う事になったワケ」


 ユミルもまた、言い訳に対する言い訳に参加するつもりになったらしい。あるいは、ルチア一人に任せるよりも、二人係りの方が傷が浅く済むと思っただけかもしれない。


「喧々諤々たる議論の末、一つの結論に達しました」

「機嫌を取るとは言うけれど、媚びる事とは違う。アタシ達があれに媚びる必要があると思う?」

「それは違うだろう、と。媚び諂うのは弱者のする事。それは間違っています」

「だから! 媚びる訳でなく機嫌を取るとはつまり、相手を喜ばせる事に他ならないと」

「……なるほど、分かる話だ」


 ミレイユの指の動きも止まり、同意は頷きと共に返った。

 それに安堵の表情を薄っすらと見せながら、二人は続ける。


「こちらの世界では、相手を喜ばせる際にパーティを開くとか」

「祝の席みたいなものです。特別な日以外でも、何事かあれば、それを理由に騒いで許されるのがパーティだと!」

「……うん。まぁ、間違いではない」


 ミレイユの返答に気を良くした二人は、上擦りそうになる声を抑えて身振りを加えだした。お互いに片手を取り、外側の手を大きく広げて片足を引く。演者にでもなったつもりでいるらしい。


「だから私達はパーティについて調べました!」

「年頃の男子が好む、喜びそうなパーティを!」


 外に広げた手を頭上まで円を描くように運び、お互いの両手を繋ぎ合わせる。二人が顔を見合わせた後、再びミレイユ達に体ごと向けた。


「やる事なす事、一々鬱陶しいな。……それで?」

「出てきたのは乱交パーティとかいう、男女入り乱れた――」

「却下だ、そんなもの」

「では、私達からは以上となります」

「もう何も出てこない」


 ミレイユは足の先に当たるテーブルを蹴り上げたい欲望を、意志の力で押し留めた。二人の貼り付けた笑顔が消え、真顔となって直立しているのもまた癪に障る。

 組んだ腕部分の袖を握り締め、怒りを辛うじて抑え込んだ。震えそうになる声すら意志の力で抑え、努めて冷静に二人に向かって視線を向ける。


「それで、何故その一つしか出てこないんだ? 他に候補を探そうとは思わなかったのか?」

「勿論、思ったわ。でも、これは流石にないわよね、と次を探そうとした時……」

「思ってもない悲劇が……!」

「一体誰が予想できようか……!」


 再び手を取り合おうとする二人を、視線の力だけで断ち切り黙らせる。


「――電池が切れたのか」

「はい」

「そうです」


 再び直立不動の真顔に戻った二人に、ミレイユは大仰に溜め息を吐く。重い重い溜息だった。


「……まぁ、分かった。パーテイを開くという案だけ見れば、悪くなかったように思う」

「そうでしょう?」

「そうでしょうとも」


 二人でコクコクと頷く様を見せられて、ミレイユは片手を上げて左右に振る。いかにも煩わしいと思わせる振り方だった。


「それはもう止めろ。見ていて鬱陶しい」

「……ほら、やっぱり駄目だったじゃないですか。絶対機嫌悪くなるって言いましたよね」

「……最終的に同意したんだから、アンタも同罪よ」


 内緒話になってない内緒話で、相手を肘で突き合う二人に、いよいよ黙っていたアヴェリンも腰を上げた。ミレイユの沙汰が出るまでは最後まで黙っているつもりで、とうとう我慢できなくなったらしい。


「いい加減にしろよ、貴様ら……! 命じられたことも満足に果たせなかったとなれば、相応の罰を喰らってもらう。異論ないな?」

「いえ、どうかしら。それには一概に賛成できないわね」

「こなそうとはしました。実際あと少しのところまで漕ぎ着けました。時間制限のある道具だと知っていれば、こんな事にはなってません」

「見苦しいぞ。自分達に正当性があるというなら、あんな下らない見世物までして言い訳を開陳する理由などなかった筈だ」


 ルチアとユミルは互いに顔を見合わせる。


「やっぱり素直に漫談風にすれば良かったんですよ」

「そこじゃないでしょ。笑いを取らない方向で行った方が、逆に印象良くなったんじゃないの?」

「逆にって何ですか。それはそうですよ、実直なまま――」

「分かった、もういい」


 ミレイユが再び手を振り、アヴェリンに目を向ける。戻って来いと手招きして、元々座っていた椅子を指し示す。それで渋々頷いて、元の席へと戻った。


「……あんなオモチャを手に入れて、それで満足に結果を出すとは最初から思っていなかった」

「酷い言われようですよ」

「そう? アタシ達のこと、良く分かっていらっしゃってよ」

「だから、これは私の落ち度でもある。本気で調べさせようと思えば、こっちに残って監督しておくべきだった」

「……本当ですよ。ミレイさん、よく分かってます」


 ミレイユには頭痛を堪えるように額に手を当て、重苦しい息を吐こうとして、やはり止めた。


「……ま、いいさ。確実に遂行して貰いたいと思っていた訳でもないしな」

「そうよねぇ。ちょっとしたお遊びみたいなものよねぇ」

「ご機嫌取りが何だって話ですよ」

「……貴様ら、調子に乗るなよ」


 地を這うような低いアヴェリンの恫喝に、さしもの二人もとりあえず黙った。


「いつまでもこのままでは問題だが、急ぐことでもないしな」

「……まぁ、今日中に達成すべき目標じゃない事は確かよね」

「台無しにした奴が言う台詞でもないけどな」


 アヴェリンが言い放った言葉だったが、これにはユミルも黙っていられなかった。


「お言葉ではございますけどね。何一つ見つけられずに、失敗した訳でもありませんからね?」

「その一つが、何の役にも立っておらんだろうが」

「本来は二つ目の案もありましたけどね」


 アヴェリンは半眼になって呻いた。


「何故それも言わない?」

「だって、使えないと分かってる二つ目の案まで口にできる? 結局却下されるのに、二つ目さえ却下されたら面目立たないじゃない」

「そこまで使えない案だったのか?」

「ええ、サプライズとか言うパーティ。驚かせると喜ぶとか意味不明でしょ?」


 愚痴の言い合いになっていたものへ、ミレイユから待ったが掛かる。手の平をユミル達に向け、肘から上を上げていた。

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