第15話

 鷹目医院。


「これでよし。」


 麻衣がレナの足首に包帯を巻いた後、彼女に向かって言った。


「怪我は大したことないと思うけど、あんまり無理しちゃダメだぞー?」


 麻衣がそう言うと、レナは頭を下げた。


「ありがとうございます……。」


「後で処方箋書いといてあげるから、薬局寄るんだぞ?」


 麻衣がそう言うと、じぃ、とレナの表情を見つめる。


「な……なんでしょうか……?」


 レナがそう問いかけると、麻衣は口を開いた。


「疲れたって顔してるねぇ。」


「え……?」


「それも、精神的に疲れたって顔だ。」


 麻衣はそう言うと、レナに向かってこう言った。


「話せる範囲でいい、あたしに話してみたらどうだい?」


 麻衣の言葉にレナは目を丸くする。


「そんな……!そこまでしてもらっては……!」


「いーんだよ。」


 麻衣はそう言うと言葉を続けた。


「あたしがいいって言ってんだから、いいんだよ。

それに、話した方がすっきりすることだって、あるだろ?」


「それは……」


 口ごもるレナに対して、麻衣は言った。


「お前さんは、まだ子どもなんだ。少しくらい大人に甘えたってバチは当たらないさ。」


 麻衣の言葉を聞いたレナは、ゆっくりと口を開いた。


「正直……辛いんです。自分を偽るのが……。自分を偽り、悪人を演じながら自分に言い聞かせて……妹のために……妹のためにも、やらなくちゃって考えるのが……辛くて……。」


 レナはそう言うと、スカートの裾をぎゅっと握りしめた。


「家には、私の居場所はありません……。こうして、話を聞いてくださる方も……周りには……。

 私は一人の人間を殺めました……。表向きは平気な素振りをしていますが……本当は、後悔と懺悔の念でいっぱいなんです……。」


 レナの話を聞いた麻衣が、静かに言った。


「お前さんも、カナと同じ戦いに参加してるみたいだねぇ……。」


 麻衣はそう言うと、レナに優しく語りかけるように言った。


「辛くなったら、またおいで。話くらいなら聞いてあげるからさ。」


 麻衣の言葉は、とても温かかった。レナは何度も頭を下げる。


「ありがとうございます……!ありがとう……ございます……。」


「いいんだよ、カナの知り合いなら大歓迎さ。」


 麻衣はフッと笑う。



 その話を、扉越しにカナは聞いていた。


「会長も……ずっと悩んでたんだ……。」


 フタバを殺した仇である、レナという女。


 しかし、今のカナには彼女を恨むことができなかった。





「では……、私はこれで……。」


 診療所の出入口の前で、レナは麻衣に頭を下げた。


「天宮さんにも……私がお礼を言っていたことをお伝えくださいませ……。」


「おー、またいつでも来な?」


 麻衣はそう言うと、ポケットを探る。


「あれ……」


「どうしましたか……?」


 レナがそう問いかけると、麻衣は「あちゃー」と額を抑えて言った。


「タバコ切らしちゃったわ、買ってこないと。」


「でしたら……途中までご一緒しましょうか……?確か帰り道にコンビニがあったと思いますし。」


「あー、そうするかなぁ」


 麻衣は2階の生活スペースに繋がる扉を開けて、カナに向かって言った。


「タバコ買ってくるわー、すぐ戻ってくるから。」


 そう言うと、麻衣はレナの方を観て言った。


「じゃ、行こうか。」


 麻衣はそう言うと、レナと共に診療所を出た。


 夕焼け空が広がる道を、2人が並んで歩く。


「なんだか……」


「ん?」


「なんだか……こういうの、いいですね……。」


 レナがそう言うと、麻衣は首を傾げる。


「そうかい?」


「ええ……、私はこうして誰かと歩いたことなんて、ありませんから……。

 私の両親は、私の事なんてどうでもいいって……。」


「ふーん……」


 麻衣はそう言うと、口を開く。


「親御さんも、心配してるんじゃないのかねぇ?」


「え……?」


「心配してるのさ、お前さんの将来ってやつを。

優秀な成績を納めて、いい学校行って、いい会社に入って欲しいって、そう思ってるんだ。

 ただ、心配しすぎて却ってつめたくなってるだけだよ。」


 麻衣の言葉に、レナは俯く。


「本当はお前さんの事が心配で心配でたまらないんだ。

 もしも、いい大学に入れなかったら、将来どうなってしまうのかって、不安でいっぱいなんだよ。

 ただ、もう少し子どもと向き合ってもいいと思うんだけどねぇ?」


 麻衣はそう言うと、レナの方を観る。


「お前さんは、ご両親を安心させてあげられるように、これからも勉強頑張りな?

 何かあったら、あたしが話聞いてあげるよ。」


「先生……。」


 レナがそう言った直後だった。


「クククッ……!!いい所まで連れてきてくれたじゃねぇか……!!」


 どこからかそんな声がする。


 レナと麻衣が振り向くと、そこにはカリンの姿があった。


「カリン……!!」


 レナがそう言うと、カリンは言う。


「あのクソ野郎をぶっ殺すんなら、最適な人質がいるって言うからよォ?」


 カリンが笑うと、レナたちの背後にユウが姿を現す。


「とりま、その人人質ってことで。」


「な、何がどうなってるんだい!?」


「あー、少し黙っててもらえないっすかね。」


 冷たい声でそう言うユウに対して、レナは言う。


「待って……!この人は!!」


「あれ、先パイは新人に肩入れするんすか?」


 ユウが威圧するようにレナに向かって言う。


「つーか、早く連れてきてくださいよ。さっきまで新人と一緒にいたんすよね?なにボサっとしてるんすか?」


 ユウがそう言うと、カリンが言った。


「早くあのクソ野郎連れてこいよ……!!でねぇとこの女ぶっ殺しちまうからよォ!!!!」


 カリンがそう言うと、麻衣を連れてユウと共に仮想空間の中へ消えた。


「わ……私のせいで……先生が……!!」


 レナは来た道を振り返る。


「とにかく……一旦戻ってあの子に知らせないと……!!」


 レナは鷹目医院へと急いで向かった。





「天宮さん!!!!」


 診療所に入るや否や、レナは大声でカナの名前を呼ぶ。


「会長……」


 カナが2階から降りてくると、レナは血相抱えた様子でカナに言った。


「先生が……!!先生が、あの2人に攫われてしまったの……!! 」


 レナの言葉にカナが目を丸くする。


「どうして……」


 カナがそう呟くと、レナは言った。


「私の……せいよ……!!」


 レナはそう言うと、事の経緯をカナに話した。


 ユウとカリンがカナを倒すために人質を取ると提案してきたこと。


 そして、その人質として麻衣が狙われたことを。


 一通り聞いたカナは、レナの方を見て冷たい声で言った。


「で……、どこまでが本当の話なんですか……?」


「え……」


「ここに来たのも……足挫いたのも、麻衣さんに話したことも……全部嘘ですよね……?

 最初から……私を殺すつもりで近寄って来たんだ……!麻衣さんを……巻き込んで……!」


「違う……!!違うわ!!」


「違うもんか!!!!」


 カナはレナに向かって怒鳴る。


「フタバを殺して笑ってた貴女の言葉なんて……信用できない……!!」


「違う……!私は……」


 そう言いながら、目に涙を浮かべるレナ。


「私は……私は……!!」


 そう言って、膝をついて泣き崩れてしまった。


「はぁ……」


 カナはため息をつくと、レナに向かって言った。


「……どこですか……?麻衣さんが攫われた場所って……」


 カナの問いにレナは顔をあげる。


「理由はどうあれ……麻衣さんが攫われたんです……。必ず助け出さないと……!」


 カナの言葉を聞いたレナが、彼女を見つめて言った。


「私について来て……!必ず、先生を助け出してみせるわ……!」


 カナは仕方なく頷くと、診療所を飛び出していった。

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