第12話

暗い穴の底に落ちていくような感覚。


暗くて、深い穴。


私は一体、どうなったんだろうか。


私は……


「カナ……。まだ囚われたままなのね。深い怒りと……悲しみに……。」


何を……言って……


「まだ、貴女では扱えない……。私が与えた、本当の力を……。『U』の想いに、応えてあげて。」


私は……私……は……





「…………ん……」


 カナが目を覚ますと、そこは何処かの路地裏だった。


「ここは……」


 カナが周囲を見回すと、ゴミ箱に座ってカチカチとゲーム機をいじるユウの姿があった。


「起きたんだ。」


 ユウはゲームをする手を止めることも、カナに視線を合わせることなくそう言う。


「私は……一体……」


 カナがそう呟くと、ユウは言う。


「やっぱ記憶ないんだ、おもしろ。」


 きょとんとするカナに向かってユウは言った。


「あんたはエネミーになったんだよ、変なカートリッジ使って、私をボコボコにした。お陰様で身体中が痛いよ。」


 ユウはそう言いながら、ゲームをやり続ける。


「なんで……私を助けたの……?」


 カナがそう問いかけると、ユウはポケットからひとつガムを取り出す。


「食べる?」


 ユウがカナにガムを差し出すも、カナは首を横に振った。


「あっそ。」


 ユウはそのままガムを口の中に入れる。


「ねぇ……そんなことより、質問に……」


 カナがそう問いかけた時、ユウは言った。


「引き分けだったから。」


「引き分け……?」


 カナがそう言うと、ユウは言葉を続けた。


「あんたは意識失って倒れるし、私もボロボロでトドメ刺せなかった。引き分け。

 勝ち負け以外興味無いから、助けた。それだけ。」


 ユウはそう言うと、ガムを膨らませる。


「それに、殺すならちゃんと殺したいし。」


 ユウがそう言うと、ゲーム画面に『You Win』という文字が出てくる。


「負けるなんて、有り得ないから。」


 ユウはゲーム機の電源を切ると、ポケットにしまいゴミ箱から飛び降りる。


「起きたんなら帰るわ、じゃあね。」


 ユウはそう言うと、手を振りその場を去ろうとする。


「待って……!!」


 カナはユウを呼び止めた。


「あの仮想空間での戦いは……ゲームなんかじゃない……!人の命が、本気でかかってるんだ……!」


 カナがそう言うと、ユウは表情ひとつ変えずに言った。


「よくわからないんだよね、そういうの。」


 そう一瞥すると、「そうだ」と何かを思い出したかのように話を続けた。


「カリンには気をつけた方がいいよ。あいつイカれてるから。」


「カリン……?」


 カナがそう問いかけと、ユウは答える。


「蛭川 カリン。私も頭おかしい方だけど、あいつはもっとヤバいから。注意しといた方がいいってだけ伝えておいたげる。」


 ユウはそう言うと、その場を去っていった。


「蛭川……カリン……」


 その名前を呟きながら、カナもまた帰路に着いた。





「ただいま……。」


 カナが診療所に帰ってくると、麻衣が出迎えた。


「おかえり。どうした?」


 麻衣がそう問いかけると、カナは言う。


「いや……疲れたなって……」


「ふーん……」


 麻衣はそう言うと、カナに近づく。


「何があったかは知らないけど、余程疲れてるみたいだなー?」


 麻衣はそう言うと、カナに向かって言った。


「ベッドに横になりな?」


「え……?」


「いーから、な?」


 麻衣に言われるがまま、ベッドに横になるカナ。


「うつ伏せ。」


「え……」


「うつ伏せになれって言ってんの」


 麻衣にそう言われ、うつ伏せになる。


 何をされるんだろう、と思った矢先、麻衣の手がカナの両肩に乗った。


「…………ぁ……」


 カナが小さくそう声を上げると、麻衣は肩を揉み始めた。


「疲れてる時は、マッサージが一番だからなー?」


 そう言いながら、麻衣はカナの強ばった筋肉を解していく。


「…………きもちいい……」


 筋肉が解れていく感覚に、カナの目は思わずトロンとなる。


「あのさ……」


 カナの身体をマッサージしながら、麻衣は言う。


「まだ付き合いが浅いから、こんな事言えた義理じゃないのはわかってんだけどさ……。

たまには甘えたり、話してくれてもいいんだよ?

 …………あたしは、お前さんの母親代わりなんだから。」


 その言葉を聞いたカナが目を丸くする。


「お前さんが悩んでたり、落ち込んでたりするのを見てると……あたしじゃ何もできないのかなって、いつも思うんだ。

 あたしじゃ役不足かもしれないけどさ……、話せる範囲でいい。話して欲しいなって……」


 麻衣の言葉を聞いたカナが、少し黙った後に重い口を開いた。


「…………私は、命のやり取りをする戦いに巻き込まれてしまった……。

目の前で、フタバが死んで……、それからフタバはいなかったことにされてしまった……。

 初めて出来た友だちなのに……、麻衣さんも、みんな……フタバの事を覚えてないって……」


 そう呟くカナの隣に転がる、彼女のスマホ。


 そのスマホケースには、確かにカナともう1人写っていた。


 自分には身に覚えのない少女が。


「…………そっか。あたし、会ったことあるんだね。お前さんの友だちに。」


 麻衣はそう呟くと、言葉を続けた。


「でも、不思議なことに、あたしは覚えてないんだ。その子がどういう子なのかも、覚えてない。

 …………でも、お前さんは覚えているんだろう?その友だちの事をさ。」


 麻衣はそう言うと、優しく彼女に語りかけた。


「…………なら、これからも忘れちゃダメだよ。ある人が言ってたんだ。『人が本当に死ぬ時は、人に忘れ去られた時』だって。

 お前さんがその子を覚えている限り、お前さんの心の中で、その子は生き続ける。

 だから、忘れちゃダメだよ。」


 麻衣はそう言うと、カナの頭を撫でる。


「そっか……、こんな短い間に、色んな辛いことを体験したんだねぇ……。殺し合い……やめろって言っても、そうはいかないんだろう?

 話を聞くくらいならできるからさ……、辛いことがあったら、何でも言いな?」


 麻衣の言葉を聞いたカナは、枕に顔を埋めていた。


 そして、小刻みに震える。


 麻衣はくす、と笑うと、彼女の頭を撫で続けた。


 何度も、何度も。


 その枕は、湿っていた。





 あれから数日後。


 カナは夕焼け空が広がるいつもの通学路を歩いていた。


「みーつっけたっ……!!」


 ブロンド髪を後ろで束ねた少女が、木の上から双眼鏡を使ってカナを見ていた。


 彼女は身軽に木の上から降りると、カナの前に立ちはだかる。


「よォ……、見つけたぜぇ……?最近ウワサのファイターちゃんよぉ……?」


 小学生くらいの大きさの少女は、目をギョロっとさせながらカナに近づいてくる。


「あ……貴女は……!?」


 カナがそう問いかけると、少女は言った。


「あたしは蛭川 カリン、テメェと戦いたくてウズウズしてたんだ……!」


 クックックッ、と笑う少女、カリン。


 その笑みからは小学生としての可愛さはどこからも感じられない。


「カートリッジ出しな!!久々に骨のある奴と戦えるんだ!!派手に行こうや!!!!」


 カリンがカートリッジを構えると、周囲は仮想空間へと姿を変える。


「チェンジ!!!!!」


 カリンは乱暴にベルトにカートリッジを挿入した。


《Change》


 カリンの身体が光に包まれると、全裸になった後に水色のバトルスーツに身を包む。


《Maelific》


「あぁ…………!!」


 カリンはそう言って息を吐くと、言った。


「感じる……!!感じるぜぇ……!!あたしの身体に!!悪魔の力をよぉ!!

 最近雑魚ばっかで飢えてんだ……!!あたしを楽しませろよォ……?クククッ……!!」


 邪悪な笑みを浮かべながらカリンがそう言うと、カナはカートリッジを構える。


「チェンジ……!!」


《Change》


 ベルトにカートリッジを挿入し、光に包まれると、カナは全裸になった後にバトルスーツに身を包んだ。


《Demifiend》


「貴女が……あの人が言ってた、蛭川 カリン……!!」


 カナがそう言うと、カリンは言う。


「クククッ……!!さぁ、楽しませろよぉ!?」


 カリンはそう言うとカナに襲いかかってきた……!!

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