第6話

「入学式早々派手にやったなー。」


 タバコの煙をふかしながら、麻衣はボロボロのカナとフタバを見て呟く。


 ここは診療所『鷹目医院』。


 仮想空間から帰還したカナは、フタバに自身の自宅でもある鷹目医院までの道を教えた後、意識を失った。


「お嬢さん、お前さんもよくそんな身体でカナを運んできたなー?」


 麻衣がそう言うと、フタバは苦笑いを浮かべる。


「この子ちっちゃいから、軽くて助かりましたよ。」


 フタバがそう言うと、麻衣は眠るカナを抱えて言った。


「お前さんもこっちに来な?手当てしてあげるからさ。」


「え……?」


 フタバが困惑気味にそう反応すると、首を横に振りながら言った。


「い、いいですよ……!私なんかカナより大したことないし……!」


 そう遠慮するフタバの腹部を、麻衣はカナをベッドに寝かせた後に人差し指でつん、とつついた。


「いたっ……!!」


 電撃が走るように激痛がフタバの身体に走る。


「手当て、してあげるよ。」


 麻衣がそう言うと、フタバは頷いた。





「これでよし、と。出来たぞー?」


 麻衣は上着を脱いだフタバの身体に包帯を巻いて、彼女にそう声をかけた。


「ありがとうございます……、あの……お金は……」


 フタバがそう言うと、麻衣は言った。


「いらないよ、そんなの。カナの友だちからは受け取れないからね。」


 麻衣はそう言うと、薬が入った袋をフタバに差し出す。


「これ、痛み止めなー?痛くて我慢できない時は、これを飲むといい。」


「ありがとうございます……。」


 フタバはそう言って麻衣から袋を受け取った。


 そして、ベッドで眠るカナのことを見つめる。


「心配いらないよ。手当てはしておいたから、少し寝ればよくなるさ。」


 麻衣はフタバにそう告げると、彼女は「そうですか……。」と答えた。


「お茶でも飲むかい?ちょうどお前さんと話をしてみたかったんだ。」


 麻衣がそう言うと、フタバはきょとんとした表情を浮かべる。


「えっ……」


「カナの命の恩人って、お前さんなんだろ?この街ではあたしが一応保護者ってことになってるからさ。話、聞かせておくれよ。」


「はぁ……」


 フタバが頷くと、麻衣は棚からマグカップを取り出し、紅茶のティーパックを入れると、ポットを手に取りお湯を注いだ。


「ほら。」


 麻衣が紅茶が入ったマグカップをフタバに差し出すと、彼女は両手で受け取る。


「ありがとうございます。」


 仄かに茶葉のいい匂いがした。


「カナから、大体の話は聞いてるんだ。異世界があるってことと、そこに怪物がいるってことと、その怪物と戦う方法があるってことはね。

 まぁ、詳しくは知らないけど。」


 麻衣はそう言うと紅茶を一口飲む。


「あちっ……!なんだぁ?今日はやけに熱いなぁ」


 そう呟くと、マグカップにふー……と息を吹きかけ紅茶を冷ます。


「もしかしたら、あの子はお前さんにお礼言ったかもしれないけど、あたしからも言わせてもらうよ。


 ありがとうね。」


 麻衣がそう言うと、フタバは照れくさそうに頬を赤らめて言った。


「そ……そんな……!別にあたし……」


「おー?なんだ、照れてんのか。」


 麻衣がからかうようにそう言うと、フタバは「えっ」と慌てる。


「ははは、冗談だよ、冗談。」


 麻衣はそう言うとケラケラと笑う。


「でも、よかったよ。」


「え……?」


 フタバがそう聞き返すと、麻衣は言葉を続ける。


「心配してたんだ。カナはよその街からこっちに来たから、友だちできるか心配してたんだ。」


「カナって、よその街から来たんですか?」


 フタバの問いに麻衣は頷く。


「なんでも、親元を離れて暮らしてみたいって欲が強かったみたいでね。」


 麻衣がそう言うと、フタバは質問を投げかける。


「両親とは仲が悪いんですかね……?」


 フタバの言葉に、麻衣は首を横に振った。


「いいや、そこまで悪くないよ。むしろ仲良しさ。

ただ、大人になってみたかったんだと。」


「大人……?」


 フタバが首を傾げると、麻衣は言葉を続けた。


「3年間っていう高校生活で、親元を離れて生活してみて……自分がどれだけ成長できるのか。確かめてみたいってリラン……母親によく言ってたらしいんだよ。」


「それで、今はここに住んでるってことですね?」


「そういうこと。」


 麻衣はそう言うと、カナの方を見る。


「この羽座間の町には初めて来るようなものだからね?あたしは小さい頃に会ったことあるんだけど、それも忘れてるだろうし。

 不安も大きかったと思うぞ?友だちできるかなとか、ちゃんとやっていけるかとか、あたしと上手くやれるかとか。」


 麻衣はフタバの方を見る。


「そんな時、偶然にもお前さんと出会ったんだ。」


 麻衣の言葉を聞いたフタバは、口を開く。


「カナは……私をエネミーから守って、あんなボロボロになったんです。あたし、友だちになるとかそんな事ほとんど思ってなくて、あの時はたまたまカナがいたから……つい……」


 フタバはそう言うと口ごもる。


 麻衣は息をひとつ吐いた後、フタバに向かって言った。


「少なくともカナは、お前さんを友だちって思ってるんじゃないか?

 そうじゃなきゃ、身を呈してまでお前さんを守ったりしないだろ?」


「友たち……」


 フタバはベッドで眠るカナの方を観る。


「友だち、か……。」


 そう呟くと、フタバは微かに笑った。


 何か、言葉では言い表せない温かいものが込み上げてくる。


「あたし、今まで友だちっていうの一人もいなかったんです。

 だから、他人の家にこうして来ることもないっていうか……」


 フタバはそう言うと、麻衣の方を見て笑みを向けた。


「なんか……嬉しいですね。」


「生まれて初めての友だち、か。大事にしなよ?」


 麻衣がそう言うと、ベッドの方から声がした。


「…………ん……」


 もぞもぞ、と掛け布団が蠢くと、カナが目を覚ましたようでベッドから起き上がった。


「おはようさん。」


 麻衣がそう言うと、カナは周囲を見回す。


「帰ってきたんだ……。」


 ほっ、と胸を撫で下ろすと、カナはフタバの方を観て言った。


「ありがとう……フタバ。」


「べ、別に礼なんて必要ないわよ。」


 フタバが照れくさそうにそう言った時


 ぐぅぅ〜。


「「あ。」」


 2人は同時にお腹を抑えた。


「やれやれ、忙しい子たちだねぇ?」


 麻衣はそう言うと、言葉を続けた。


「ご飯にしようかねぇ?お前さんも食べていきな?」


 麻衣はフタバに向かってそう言うと、フタバは慌てる。


「そ、そんな!悪いですよ!!」


「いーんだよ、1人も2人も3人も大して変わらないんだからさ。食べてきな?」


「じ、じゃあ……お言葉に甘えて……」


 フタバがそう言うと、麻衣にくす、と笑った。





 食事を終えたカナとフタバは、カナの部屋で寛いでいた。


「あの、さ……。」


 フタバはカナに向かって恥ずかしそうに言う。


「あ、ありがとね……。あたしを守ってくれて。」


 フタバがそう言うと、カナは頷いた。


「……大したことしてない。友だち守るのは……当たり前でしょ……?」


 カナがそう言うと、フタバの頬が赤くなる。


「そ、それはそうとさ……!」


 フタバは慌てて話を変えた。


「学校の屋上であたし言ったこと、覚えてる?」


 フタバがそう問いかけると、カナは頷く。


「確か……、ファイターがあの高校に2人いるって話……だったよね……?」


 カナがそう言うと、フタバは言った。


「そう。そのファイターっていうのが誰かって話なんだけど……」


 フタバは一呼吸置くと、他のファイターについて話し始めた。


「一人はあたし達と同じ学年の子。名前は『神山 ユウ』」


「神山……ユウ……」


 カナがそう呟くと、フタバは言う。


「ただ、あの子昔から不登校気味でね。学校はどうでもいいと思ってるっていうか。だから、今日も来てなかったし。


 かなりの変わり者だけど、ファイターとしてはかなり強いわよ。自分の興味のある相手としか戦わないけどね。」


フタバはそう言うと、言葉を続ける。


「そして、もう一人が……あの高校の3年生。名前は『早乙女 レナ』

 …………今の生徒会長よ。」


「生徒会長が、ファイター……?」


 カナがそう言うと、フタバは頷く。


「表向きは、勉強も出来てスポーツ万能で凄い美人で優しい人格者って事になってるけどね。

 ……本性は性悪女よ。」


 フタバは不快そうにそう答える。


「今日の戦いも、もしかしたら隠れて観てたかもしれないわね……。」


 フタバはため息をつくと、カナは問いかける。


「ファイターって……全員で何人いるの……?」


 カナの言葉にフタバが答える。


「あたしとカナを入れて5人ね。あと一人は……あんま関わりたくないわ。」


「関わりたくない……?」


 カナがそう問いかけると、フタバは言った。


「あいつ、ちょっと頭のネジが抜けてるっていうか……とにかくヤバい奴なの。

 出会わないことを祈るしかないわね。」


 フタバはそう言うと、時計を見た。


「やばっ、もうこんな時間!あたし、そろそろ帰るわ!」


「分かった。」


 カナはそう言うと、診療所の出入口までフタバを見送った。


「ご飯ありがと、美味しかった。」


「うん。」


「それと……」


 フタバは少し恥ずかしそうにカナに向かって言った。


「友だちになってくれて……その……ありがとね。」


「…………うん。」


 カナは微笑むと、フタバはニッと笑う。


「それじゃあね!」


 フタバはそう言うと、診療所を後にした。


「この街で出来た……初めての友だち、か……」


 カナはフタバを見送りながら、静かにそう呟いた。





 フタバは夜道を一人歩いていた。


 外灯が真っ暗な夜道を明るく照らす。


「すっかり長居しちゃったな。」


 そう呟きながら歩いていると……


「あら……?こんな時間に珍しいじゃない……。」


 凛とした声がフタバを呼び止める。


 フタバは険しい顔つきになり、その声のする方を振り向いた。


 そこにいたのは……


「早乙女……レナ……!」


 フタバの前に姿を現したのは、制服姿の黒髪ロングヘアの女生徒。


 高校の生徒会長であり3人目のファイター、早乙女 レナだった。


「あんたこそ、こんなとこで何してんのよ。」


 フタバが不快そうにレナに向かって問いかける。


「私は塾の帰りよ……?貴女こそ、こんな時間にこんな所歩いてるなんてね……?」


 レナはクスクスと微笑みながらフタバに向かって言う。


「あぁ……、もしかして……例の新入りさんの所に行っていたのかしら……?」


 レナはそう言うと、フタバの元へ近づいてくる。


「あんたには関係ないでしょ……!」


 フタバはレナに敵意を剥き出しにしながらそう言い放つと、レナは足を止める。


「新入りに付け入って、仲間と思い込ませて不意を突いて仕留める……。」


 レナが言った言葉にフタバは目を丸くする。


「貴女がいつも使う手じゃない……。新人狩りは貴女の専売特許だもんねぇ……?」


 レナは嫌味ったらしい笑みを浮かべながらフタバに向かってそう言う。


「あの子も殺るんでしょう……?仲良くなったフリして、油断してる所をサクッとね……?」


 レナはそう言うとケラケラと笑った。


「まぁ、精々頑張りなさい……?フフッ……」


 レナはそのまま後ろを振り返りフタバの元を去っていった。


「あたしは……どうしても『UNKNOWN』を倒さなくちゃならないの……!!」


 フタバは一人、夜道で俯き拳を握りしめた。






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