第3話

「ここで……いいんだよね……。」


 メモに書かれている地図を頼りに辿り着いた、1軒の診療所。


「鷹目医院だから……、ここで合ってるはず……。」


 カナが診療所の扉に手をかけようとした、その時


「え……?」


 なんと、独りでに扉が開いたのだ。


 そこから出てきたのは、目の下に大きなクマをこしらえ、スーツの上に白衣を纏い、口にタバコを咥えた黒髪の女医だった。


「おー?なんだ、来てたのか。」


 女医はそう言うと、カナをまじまじと見つめた。


「えっと……、鷹目……麻衣さん……?」


 カナがそう問いかけると、女医……鷹目 麻衣が頷いた。


「おう、よろしくなー。」


 麻衣はそう軽い感じに挨拶すると、言葉を続ける。


「あまりに遅いから、道に迷ったのかと思ってなー?駅まで迎えに行こうかと思ってたところだったんだよ。

 ちょうど時間も出来たしなー?」


 麻衣はそう言うと、タバコの煙を吐く。


「すみません……、色々あったので……。」


「色々?」


「はい……。」


 カナが頷くと、麻衣は彼女の顔を覗き込む。


「疲れたって顔してるねぇ。とりあえず上がりなよ。コーヒーくらい出すよ。」


 麻衣はそう言うとカナを診療所の中へと招き入れた。


 診療所の中に入ると、中は薄暗く誰もいない待合室が広がっていた。


「今は誰もいないよ、ちょうど休憩時間なんだ。もう少ししたら……また人が来るから、仕事に戻らないとなんだけどね。」


 麻衣はそう呟くと、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたドアのドアノブに手をかける。


 そこを開けると、階段があった。


「こっちだ、入りな?」


 麻衣はカナに向かってそう言うと、カナは女医の言葉に従うように階段を上る。


 階段を上った先にはまたドアがあり、カナは麻衣に促されて扉を開けた。


「ぁ………。」


 扉を開けると、そこにはリビングが広がっていた。


 テレビにソファ、キッチン、本棚が視界に広がる。


「ここは診療所と住居が一体化してるんだ。だから、今日からここがお前さんが生活する家だよ。」


 麻衣はそう言うと、リビングの隣にある一室をカナに見せる。


「この部屋、好きに使ってくれて構わないから。何かあったらあたしに言いな?」


 麻衣はそうカナに告げる。


「ありがとうございます……麻衣さん。」


 カナは女医に深々と頭を下げた。


「いいってことさ。リランにお前さんを預かるって言ったのはあたしなんだから。」


 麻衣はタバコをふかしながらそう言った。


『リラン』というのは、カナの母親の名前だ。


 女手ひとつでカナを育ててきた。


 麻衣とは幼少期からの幼なじみで、カナが羽座間市の高校に進学することが決まった時に『ウチで面倒を見る』と言ってくれたのだとか。


「荷物はその部屋に置いてゆっくりしてな?今、コーヒー入れてくるから。」


 麻衣はそう言うと、キッチンへと向かう。


 カナはカバンを床に置くと、ベッドの上に腰掛けた。


「柔らかい……。」


 柔らかくてふかふかで、とても寝心地がよさそうなベッド。


「今日から……ここで生活するのか……」


 天井を見つめながら、カナは呟く。


「砂糖とミルクはいるかい?」


 麻衣がコーヒーの入ったマグカップをリビングのテーブルの上に置くと、カナにそう問いかける。


「お願いします……。」


 カナはそう答えると、麻衣はスプーンを手に取り、片方のカップに砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。


「ほら。熱いから気をつけな?」


 麻衣がカナにマグカップを差し出した。


「ありがとうございます……。」


 カナはそれを受け取る。


 温かな温もりが、両手に伝わってきた。


 カナは一口、コーヒーを啜る。


………苦い。


 砂糖とミルクは入っているが、それでも彼女の口には苦く感じた。


「…………で、何があったんだい?」


 麻衣がそう問いかける。


「そんな疲れた顔してるんだ、何か余程の事があったんだろう?」


 麻衣がそう言うと、カナは俯き、口を開く。


「…………嘘みたいな話ですけど、信じてください……。」


 カナはそう言うと、ここに来る前の出来事を麻衣に話した。


『カートリッジ』を拾ったこと。


 仮想空間に迷い込んだこと。


 モンスターと遭遇したこと。


 謎のスーツを纏った少女に出会ったこと。


 そして……自分もまた、そのスーツを身にまとい、モンスターを戦ったこと。


 最後は命からがら逃げてきたこと。


 一通りの出来事についてカナが語ると、麻衣はそれを黙って聞いていた。


「信じてもらえないとは思うんですけど……、ホントにあった話なんです。」


 カナはそう言うと、ポケットの中に入れていたカートリッジを麻衣に見せた。


「これが……その証拠というか……」


 カナがテーブルの上に置いたカートリッジを、麻衣は手に取る。


「これが、カートリッジ……ねぇ……」


 麻衣はまじまじとカートリッジを見つめると、言葉を続けた。


「お前さんの話、あながち嘘って訳でもないらしいねぇ……?

 実は、この街では最近妙な失踪事件や殺人・傷害事件が相次いで起こってるんだ。

 ウチにも怪我した人が来たりすることもあるんだけど、患者が言うんだよ。

『怪物を見た』とか『変な空間に引き込まれた』とかね。」


 麻衣はそう言うと、コーヒーを一口飲む。


「それと関係しているのかもしれないねぇ。」


 麻衣はカナにカートリッジを返すと、こう告げた。


「もし、お前さんの言う通りなら、護身用くらいにはなるんじゃないか?

 肌身離さず持ってた方がいいかもしれないな?」


「……わかりました。」


「今日はもう休みな?慣れない街でそんな事があったんだ。疲れただろう?」


 麻衣がそう言うと、カナは頷いた。


「はい……、お言葉に甘えさせていただきます。」


「おー。」


 麻衣はカナの頭に手を乗せ、わしゃわしゃと撫でる。


「じゃああたしは診療所に戻るよ。何かあったらすぐに言いな?」


 麻衣はそう言い残し、診療所へと戻って行った。


「鷹目……麻衣さん、か……。」


 カナはそう呟くと、微かに微笑んだ。


「そんなに悪い人じゃないのかもしれない。」


 カナはカートリッジを手に取り、じっと見つめる。


「護身用に……か。」


 そして、ポケットに入れると足を伸ばして少し背伸びをした。


「んー…………。」


 そのまま、コロンと横になる。


 そして彼女の意識は、そのまま夢の中へと落ちていった。

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