day29:名残


 神事が行われ巫女の舞った奥の六畳間の祭壇の供物を下げ、一間にするために外していた襖や雪見障子を嵌め直す。

 船を引く子供たちに振る舞った飲み物の空き瓶、神儀の打ち手運び手に振る舞われたお神酒の杯を裏口の水道に運んで洗う。

 午後遅くの夏祭りの御旅の接待を終え、後片付けの終わる頃には――まだ充分に明るいが、すっかり夕方の時間になっていた。


 見慣れた空間に戻っただけであるのに、ほんのり覚える――親しみありながら優しいよそよそしさは、祭りの名残りであるだろうか。


 いつも通りの夕食に、いつも通りの入浴後の団らん――。

 いつもより少しだけ……こがねしろがねのお行儀が大人しいようにも思ったけれども。


 充分に緊張もしていたのだろう――早めに就寝した堯之たかゆきは、その夜、短いが妙に実感のある夢を見た。

 そう、夢……だったと思う。


 つんつん……。

 つんつんつん……ぺちん。


 堯之の額に触れ、目覚めを要求したのは――こがねしろがねの纏う水干よりももっと古い、大陸の匂いの残る艶やかな装束姿の少女だった。

「よい祭りであった」

 豊かな黒髪の黒目がちな少女は、花びらのような赤い唇をゆったりとした袖口で隠しながら笑みを刷く。

「また、楽しみにしておる」

 そうして、彼女が縁側から庭へと下りると――あたりは、二重写しのように海の水に覆われていて。

 二歩三歩、海面を歩く間に現れた楽師の居並ぶ朱塗りの船は――ふわり…風に乗るようにくうに跳んだ彼女を迎え乗せ、海面を滑るように去って行った。

 坂の上へと向かう道を――。


 彼女のやしろへと。


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