day28:方眼


 雨が降っていた。

 明け方までドードーと響くほどの大雨だったが、日が昇ってからはさらさらと――この時期には、むしろありがたく感じる明るい雨に変わり、降り続いていた。

 非常勤講師として務める高等学校の特別教室棟の四階から、堯之たかゆきは雨に濡らされた校庭を眺めていた。

 主に物理と化学を担当する堯之としては、特別教室棟に出入りすることは多いが、理系の特別教室のある一階から三階まではともかく、通常教室より広く作られた視聴覚教室と授業用のパソコンの並ぶ二部屋のコンピュータ室で占められる四階を訪れたのは、校内を案内されて以来、数えるほどしかない。

 夏休みが始まってしまったので、補習授業や夏期講習を行っている通常教室と、専門家の生徒が自主研究を進めている作業室以外は、至って静かだ。さらにいってしまえば、特別教室棟の四階など常から人影に乏しくもある。

 ものさびしささえ覚える殺風景な廊下の西の端の窓際、階段の位置からもわざわざ足を向けることもない忘れ去られたような一画に、硝子の貼られた展示箱が二基。いかにも発掘された様子の甕の欠片や割れた皿、鉄でできた刃物であっただろう塊や綿の敷き詰められた浅いシャーレに並べられたくすんだ貴石か硝子玉や管――この学校の建設時の出土品であるという。

 堯之はたまたま、母からなにかの話のついでに聞かされたことがあったので――あぁ、これか……と興味深く覗き込んだのだが、学生にわざわざ紹介されることもないようで、知らないまま三年間を通い、知らないまま卒業していく生徒も少なくないだろう。実際、母も子供の頃に小耳に挟んだ程度で、在学中に聞かされたことはなかったようであるし――母の時代よりずっと前から展示されている出土品に気付く同級生もいなかったそうだ。


 今日のような明るい雨の降る日に、雨音に似せてさやさやと――囁く声の気配は、この一角であったか…と、堯之は最近ようやく知覚した。


 こがねしろがねを認識し共に過ごすようになって以来、少しずつではあるが、この手の感度が高まってきている気がしなくもない。


 ここにいるの……。

 ここにいたの……。


 もしかしたら、大雨の日もただ聞き取れないだけで、目覚めてはいるのかもしれない。

 ほんのり薄明りのような、淡い優しい囁き――。


 雨に濡れた校庭には、方眼の目のような――遺構の影が浮かび上がっていた。


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