day25:報酬


 沢渡さわたりまなぶは、身長こそ高校生男子の平均を少しばかり下回るが、柔軟性に富み脚力に長け基本的な運動能力が高いうえに試合運びの勘が良いため、部員数ギリギリの運動部に一時的な協力を求められることが多い。本当は、どこの運動部も入部を熱望するところではあるが、バス路線からも少し離れた遠い距離を通学し、かつ同じ道を通う小学生の妹の登下校の時間に合わせてやりたいのだと言われれば、いずれ強要できようはずはなかった。

 むしろ、最近では部長会で彼の独占禁止の取り決めがなされ、さらに――当初は菓子パンや掃除係の交代程度であった謝礼についても昨今しだいにエスカレートしかねない気配が見え始めていたため、負担に思った覚が各部への協力を辞退してしまわないレベルを考慮して、明文化されたルールが制定された。


 一回の協力につき、謝礼は一件まで――特に、今後を期待しての供物は禁止。

 練習など一定期間を拘束する場合は、一日につき一件まで可。

 参加競技の成績における公的な記念品以外の物品は、不可。


 育ち盛りの男子高生のこと、もとよりなにがしかの品物よりも飲食物に寄りがちであったのも確かで――手配の際の金額の上限、衛生管理について、利用可能な飲食店、また利用の際には校則を遵守し一般常識に照らして恥ずかしくない行動をとること…など、抜け駆けを防がんと事細かに意見と提案が出され、話し合われ、まとめ上げられた。

 各部長、思うところがあったのか――衛生面についての注意書きは、特に入念に作成され……その分、誰も言及しなかったが、近年ならば充分ありそうな禁止事項が、暗黙のうちに許可を与えられていた。



「沢渡くん、今回も助かったよ――お礼のお弁当だ。たまご焼きは甘めでよかったんだったね?」

「来週の試合、ぜひに助けてくれまいか? お礼に、朝積み梨のタルトを焼こう」

「沢渡くんが参加してくれると練習にも気合いが入るよ。部室の冷蔵庫にプリンがあるから食べて帰ってくれ」



 ほどなく――休憩時間ごと、熱心にレシピ本をめくる運動部員が、そこかしこにあふれた。


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