day24:ビニールプール


 屋内の納戸から見つかったビニールプールは、小学生ほどの体躯の少年ふたりを遊ばせるには少し小さく――もっとも、ふたりともそこまで水に入って遊びたい欲があるようでなく、また泳ぐならいっそ近所の町営プールに連れて行ってやるところなので、もっぱら庭に引っ張り出した縁台の足元で涼をとる為に利用されていた。


 ぱしゃり…浅く水を張り、縁台からおろした足の指先で弾けば――跳ね上がる飛沫は放物線を描きながら、月や星の瞬き始める頃合いの天然と人工と双方の光を含んできらきらと控えめな主張をする。

 それは、昼間の陽の光を受けたダイアモンドのような開放的な煌めきとは異なるもの――ささやかな硝子細工のようで、いつぞや文学的表現の素養の不備を指摘されてしまった堯之たかゆきをしても見飽きないと思わせる。


「なぁ、これさ――今夜、このままにしててもいい?」

 ぱちゃぱちゃぱちゃ…堯之の両隣でそれぞれ足を冷やしていたこがねしろがねが、ひとしきり楽しんだ後の水を庭木に掛けてまわる堯之の背にねだる。

「へ? プールを?」

「今夜は、月が早く沈むから――池を作ってやったら、水を飲みに来ると思うんだ」

 なにが?……主語が不明なように思わないでもなかったが、彼らの言うことであれば――そろそろ、なんとなく察せなくもない。

 実際のところ、姿どおりの子供のような口調ではあるが――彼らは充分な意識を持って、てにをはを操る。

「じゃぁ、新しく水を張っておいたらいいの?」

 こういう時は、ひとまず了解して――なりゆきを預け、待ってやるのがいいらしい。

 縁台だけガレージに片付けて、庭の真ん中に残したビニールプールに改めて水を張ってやれば――来たら起こすね……しろがねが、袖を引いた。



「タカユキ、起きて――来てるよ」

 寝入って二時間ほど経ったろうか――囁き声に意識を引き戻された。

 長い髪に水干姿のふたりに急かされて、玄関わきの寝室から十畳間を通って縁側へ。

 レースのカーテン越しの掃き出し窓から、庭を窺えば――最寄りの街灯も消えてしまった時刻、表がほんのり青白いのは、今夜に限っては星明りのせいばかりではないらしい。


 ぱたた……。


 羽音は、聞こえた気がしただけだろうか?

 輪郭だけが白く光を放つ、透明な小鳥が数羽――あるものは水を飲み、あるものは水浴びをし、ビニールプールに遊んでいた。


 ぱしゃり……。


 小鳥たちの羽に、飛沫が煌めく。



 翌朝、ビニールプールには――山で咲く白い花が、たくさん浮かんでいた。


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