day22:賑わい


 夏の露天風呂も悪くない。


 夏祭り前後にかけて「町内お買い物スタンプラリー」として行われたくじで、町内の温泉宿泊施設の一泊券が当たった。利用日は、何日かの候補の中から選ぶことになるが、同行者にも大幅な割引が適用されるとのことで、せっかくなので母親と――興味津々であったので、この際、こがねしろがねも伴って利用することにした。

 国道を南下し、途中から県道に入り――町役場や町立病院の並ぶ通りを抜け、車で二十分ほど。

 すぐ近くにある寺の名の添えられた施設は、駐車場に面した白壁の蔵をイメージしたデザインの玄関方向を除く三方向を深い緑に囲まれて建っていた。

 靴箱に靴を預けて、フロントで部屋の鍵と共に館内着と脱衣所ロッカーの鍵をもらう――館内がぼんやりと賑やかに思われるのは、他の客は少ないものの大きな団体客がいるのらしい。

「団体さん用のお部屋とは離れた部屋にさせてもろうとりますけど、なんぞ不都合ありましたら言うてつかーさい」

 ご年配の同窓会のような集まりらしく、夜遅くまで再会にはしゃいでいるかもしれないから……受け付けの女性が肩をすくめるように謝罪する気持ちは、聞けばわからないものでもない。年齢を重ねれば重ねるほど、久しぶりに会う旧友との時間は楽しく嬉しいものであるだろう。

 幸いと言うか……自分も母も就寝時の物音に神経質な方ではないし、現状、聞こえている騒めきは祭りの日の参道の雑踏めいて気持ちの浮き立つような思いがして、むしろ心地よく――また、団体客の方でも家族連れや友人同士の客に気を遣ってくれているのだろう、混雑しているだろうと覚悟していた浴室は、予想を違えてがらんとしていた。


 大浴槽に露天風呂をはじめ、薬湯。打たせ湯、寝湯、サウナなど一部は時間での交代制で九種類の風呂を備えた施設は、日帰り入浴も可能で男女別の脱衣所の前には広い畳敷きのごろ寝スペースや中庭を眺めながら使えるマッサージチェアなども配置され、宴会場はもちろん食事処では地元の食材を使った料理や地酒が楽しめるようになっている。国道を南に下りきった県内第二の都市からの定期的な送迎バスもあり、外部からの利用者も多いが、町民にも親戚の集まる冠婚葬祭や帰省のもてなしに利用する場合も多いようだ。

 件の団体客もいずれこの地に縁を持っているのだろう。


 遠慮なく手足を伸ばせる広々とした風呂は心地よく――山の木々の間をすり抜けてきた風を感じながら湯につかる露天風呂はかえって爽快で、堯之たかゆきは温泉は冬のものとしていた認識を改める。

 さわさわと、建物全体の賑わいに包まれながら――気配わりに人のまばらな風呂は、ほんのり落ち着く思いがした。



「ふたりともどうしたの? それ」

 いつになく長湯をしてあがってみれば、マッサージチェアの並ぶ廊下のベンチで扇風機の風を受けながら――さきにあがっていた、こがねしろがねは揃ってアイスキャンディーを咥えていた。

「団体のオッチャンが奢ってくれた」

「それは、お礼を言わなきゃだな」

「俺たちが、もう言った」

「まぁ、そうなんだけど――俺、保護者だしね。君らに良くしてくれたひとに、俺もお礼を言いたいもんだよ」

 がやがやとした声の様子からすると、彼らは既にすぐ脇の一間を借り切って宴会を始めているものらしい。

 さすがに、仲間内の集まりの邪魔をすることはできないが――ちょうど通りがかった、配膳台車で料理を運んでいく従業員に託を頼んでみると、快く請け負ってもらえた。


 すぐそこでありすぎたために、従業員が開いた襖から、覗くつもりなどなかったのにちらりと見えてしまった宴会場には――煌びやかな古めかしい装束と朧げな影が、ご機嫌な様子で揺れていた。




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