day20:甘くない


「やっぱちょっと早かったねぇ」

 鮮やかな緑に揺れる濃緑の筋模様を持つ丸い果実――ドッヂボールほどの大きさのそれをさっくり包丁で割れば、内側は見事なピンク色をしていた。



 堯之たかゆきら母子の入居時の田畑は、好意的な表現をしたとして――すこぶる野趣に溢れていた。

 田圃はともかく、庭を挟んで家屋のすぐ前に位置する畑がうっそうとした叢になり、かつて祖父が趣味で育てていたという葡萄棚まで埋もれてしまうありさまは、うらぶれ感さえ漂い――うっかり広さがあれば、真夏の暑さをぎりぎり耐えきった緑が秋に色と勢いを失い始めた頃にはさすがに少々精神衛生面での心配を覚えるほどで。

 ひとまず、家のことなので伯父に連絡を取ってみると、これまでにも遠方に住む伯父たちの手の回らない部分を気にかけてくれていたという曾祖母の親戚筋の誰某に応援を頼めることになったのだが――予定していた数日前に、同じようによそで土手の草刈りをしていた際に草刈り機が弾いた石が思いがけず鋭利だったために、親戚筋の誰某氏がしばらく静養を余儀なくされる事態が発生。

 誰某氏も祖父と母の間の世代とあれば、けっして若いわけではなく――充分な養生をしてもらおうと、自力でどうにかしてみるので安心してほしい旨を伝えに見舞いに行かせてもらったのだが……実を言うと、伯父も具体的な繋がりを把握していないらしい彼との関係は、直接に会ったところで堯之なんぞにわかろうはずもなかった。それでも、気のいい気遣いの細やかな人物であったので、たいそう頼もしく感じられ――親戚と言えば両親の兄弟と従姉妹たち…というレベルでしかなかった堯之には、曾祖母までさかのぼり枝分かれした末端同士まで繋がりを維持し意識し続けていることは、ただ素直に驚きだった。半面、それがしがらみとなって反りの合わない者同士が離れられないままでいなければならないとしたら、それは怖いことだろう……とも、感動が落ち着いた頃、思い至りもしたが。

 畑の草刈りについては、その後、職場の方で――役場経由で紹介してもらえるかもしれない……との情報をもらって問い合わせたところ、しかしながら、町の取り組みとしての移住システムを利用したUターン・Iターン者向けのサービスであるとのことで、個人的な縁故で引っ越してきた堯之の場合は利用できないのだと、電話対応してくれた職員は幾分事務的に「申し訳ない」を繰り返した。

 それはそれ、公的に行っていることであればルールの守られるのは良いことだろう――了解した堯之は、礼を言って通話を終えたわけだが……翌日、件の情報をくれた教員が、また別の連絡先を持ってきた。どうやら、彼の親戚が町役場に勤めているらしく――結果的に間違った情報を教えてしまったと早くも知り、埋め合わせとその親戚の方の個人的な移住者への好意的活動を兼ねて、営繕や庭仕事の依頼を募っているというIターン者を紹介してくれようというのだった。

 そのIターン者が、堯之も興味深く拝見していた――田舎に購入した空き家をDIYで見違えるほどお洒落にリフォームしたWeb動画の投稿主であったことは、また別の話として。

 ともかくもまた――『親戚』を介した情報の速さと量と質に驚かされた。

 同じく、それが裏目に出てしまうことがあれば……と、移住の失敗談を小耳に挟むにつけ考えさせられもしたわけだが。


 とはいえ――既に高齢者であっても町の外を知らない者はいない、と言っていい、現代。

 この地に長く住む町民と移住者への相互理解の橋渡しを務める公私の住人も少なくなければ――良い一面はより豊かに、よろしからざる部分はこれからの世代を苦しめぬようにと心砕く人々もいる。

 はるきが、好きだと言い、大切にしたいと言うのは――そういう、ある種のしたたかさであるのかもしれない。



 そして――。

「あ!」

 せっかく地面が見えたのだからと、ほんの気持ちばかりの片隅でみことが慣れぬ世話をしたスイカは――。

「スイカの味がする……!」



 色のわりには思いがけず、甘かった――。


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