day19:爆発


 ボン――!


 通りに爆発音が響き渡る。

 ひゃぁ!……幾人かの悲鳴があがり、通りを歩いていたけっこうな人数が振り返りはしたが――ふわりと立ち上る白い煙を認めたとて誰も慌てていないのは、その正体を知っているからだ、

 嗅覚のよいものは、風に運ばれる蒸気の匂いを感じたであろうし、そうでなくとも――間もなく、とろりと甘い蕩ける砂糖の香りを覚えるだろう。

 米を膨化させ、さくさくとした触感を楽しむ――ポン菓子。その名の由来でもある爆発音は、加圧した釜の蓋を開放する際に発生する音だ。

 昨夜の宵祭りでは作り置きの物しか売っていなかったが、今日は日中――夕方ごろまで屋台が並ぶ。年季の入った圧力釜は、朝からたびたび景気よく威勢の良い音を響かせていた。


「食べる?」

「ん~。それじゃったら、かき氷にする」

 あんまり熱心そうだったので問うてみれば、本当にただ製造工程を面白がって見ていただけであったらしい――あれ、口乾くもん……浴衣姿の日和ひよりは、ポン菓子と同じテントで地元の青年部が出展している氷の旗を視線で示す。そちらもまた、大きな氷の塊から削り出す古めかしいスライサーが現役の活躍を見せていて、しゃりしゃりと白い氷の山を使い捨ての小鉢に盛り上げていた。

「お兄ちゃん、うちもかき氷買うてええ?」

「ええけど……お前ら、もう着替えに呼ばれるんじゃなぁんか?」

 こちらも浴衣姿のまみが兄を見上げれば、法被姿のまなぶは件のテントの背後に控えた店舗にかけられた時計を透かし見る。

 昼が近い。県内どころか国内でも有名な神社の分社である小さな社の夏祭りは、今日の午後が本祭りだ。

 昼から祭礼が行われ、その後――神様をお乗せした『船』と神輿が、神儀じんぎに先導され神職と巫女を従えて古くからの氏子の住む地域を周遊する。

 既に朝から、建物の一階分程度高い場所にある社にのぼる階段近くの路肩には、手漕ぎボートほどの全長に簡易的な社と車輪を備えた木製の船が控え、祭神の搭乗を待っていた。以前は、氏子の家庭の幼い子供たちが船首に結ばれたロープに連なり船を曳いていたという話だが、過疎と少子化の進んでしまった近年では、町内の保育所で参加者を募っているそうだ。

 船を引く子供たちや神儀の男たちの出番まではまだ時間があるが、巫女は祭礼にも参列する。白衣朱袴におみごろも――巫女装束を整え、さらに薄く化粧も施してもらうそうであるから、確かにそろそろ支度を始める頃合いだろう。

 なお、覚もまた大胴の運び手として神儀に参加するが――堯之たかゆきは、今回は参加しない。堯之の住む木ノ瀬きのせ家は、この地域の南の端に位置する家であるため、御旅所として一行を迎える役目があるためだ。


「マミちゃん、日和ちゃん――準備しようやぁ」

 はたして、かき氷を食べきるだけの時間があるか悩み始めたる少女たちに気づいた青年部の店番の厚意により、ひとつに二種類のシロップをかけてもらい――なぜか、堯之の手に持たせて左右から食べていたふたりを呼ぶ声のしたのは、ほんの間もなく。


 ボン――!


「きゃぁ!」

「わぁ!」

 そちらに気を取られたタイミングで発生した爆発音には、さすがに驚かされ。

「びっくりした……」

 思わずプラスチックスプーンを取り落とし堯之の腕にしがみついた少女たちに、さらに驚かされた堯之は――だから、気付けなかった。


 ふたりのうち、ひとりの腰のあたりで何やら、ふっさりした影が震えたことに――。



 周囲を通りがかったうちにも……頭に三角のなにかが見え隠れしたり、頬に長いなにかが伸びて縮んだりした者が数名紛れていたことに。

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