day15:解く
ねこの声が聞こえた――。
住宅地といっても畑や倉庫代わりの空地の方が多いかもしれず――さらに、既に空き家になっていると思しき建物も多い。
勢い静かな道端であれば、か細いねこの声もよく響いた。
近年では、さすがに田舎であっても野良猫は少ない。地域ねこを養うにしても、ねこが渡り歩けるほど民家が密集しているわけでもなく、住居の多い場所というのはどうしても車の出入りが多くなる。さらに言えば、野良猫は喧嘩やシーズンでもなければ、そうそう鳴かないものだ。
にぃ…にぃ……。
立ち止まってあたりを窺えば、もう随分と鳴いていたらしい……声は弱々しくとぎれとぎれに。
今しがた通り過ぎたあたりの……庭先を細い排水路を挟んで道路と接した廃屋から聞こえてくるだろうか?
振り返り、しばし迷って引き返してみれば――そろそろ傾きはじめ玄関先の軒が潰れて、滑り落ちた瓦の破片の隙間に白い塊が蠢いていた。
遠目になるが、とても小さい――声の高さからも、まだ親がかりの子猫なのではないだろうか?
無人になった家の床下あたりに住み着いて、親猫のいない間に這い出してきただけならいいが、親猫になにかあって一匹で彷徨っているなら放っておくのは気が咎める。畑が近くにあれば、烏を見かけることもある。気付かれたなら、狙われるだろう。
とは言え――
白い物体が正しく子猫であることを視認する間にそれだけ考え――失礼します!…結局、疎らに草の伸び始めた庭に踏み込んだのは、子猫が首周りから延びる赤い紐で自由を妨げられていることに気づくから。
ひどいことを……とっさ、捨て猫を疑い憤慨しかけたが、近づき手を述べようとして、首周りのそれが紐ではなくリボンであることがわかって、少しだけホッとする。ねこ自体もさほど汚れているようではない。リボンの長く伸びた端が、瓦礫にはさまっているようなので――捨てられたわけではなく、近所で飼われている猫が迷い込み、ひっかかってしまったのだろう。ともかく、可哀想なことになってしまう前に堯之が通りがかることができてよかった。
にぃ……。
やはり、ひと慣れしている――こんがらがって固結びができてしまったリボンを解いてやろうと手を差し伸べれば、すりり…小さな頭を摺り寄せてくる。
「少し大人しくしておいで」
手にじゃれつこうとする子猫をそっと制して、縮こまった結び目に爪をかける。
二度三度――リボンにありがちなもともと滑りのよい生地は、上手く捕まえられず引っ掻くうちにも緩み。
「解けたぞ」
するり…まもなく、子猫の首から滑り落ちた。
に……?
突然の戒めからの解放に驚いたのかもしれない――ぺたりと尻餅をつきながら目を丸くする仕草が愛らしい。
「自分で家に、帰れるか?」
にぃ……!
問うても伝わるとは思っていなかったが、子猫はひとつ強く鳴くと――ゆっくりと堯之に背を向けた。
そして、二歩三歩――軽く跳ね上がると……。
ふわり――。
煙のようにかすれて、消えた。
手元を見返すと、解いたはずのリボンもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます