day10:ぽたぽた


 ぽた……。

 ぽたぽた……。


 藁ぶき屋根の縁から、したたる雫。

 もう百メートルほども道をたどれば家なのに――開けた谷間であれば、すぐそこに家屋が見えているのだけれども……さすがに、この土砂降りの中を走り抜けるだけの勇気はない。

 雨を遮るものがないならまだしも、こうして軒があるわけだし、座れる床もあるのだし……夕立ならばそう長く降り続くものでもなかろうし、潔く諦めてしまえば、こうして雨足を眺めているのも夏の風情に思われて、そう悪いものでもない。

 三方向の開けた東屋のような辻堂ではあるが、茅葺の屋根の深さに加え、山肌に寄り添うように建っているため、さやさやと吹込む風ほど雨は降りこまない。

 灰色にくすんだ古い木造の御堂には、少しばかり高いところに棚を設けて赤い頭巾や前掛けを着せかけられた石仏が大小数体安置されていた。

「雨が止むまで、お世話になります」

 手を合わせてから、地面より一段高く乾いたままの沓脱石にスニーカーを揃えて、もう少し奥へと上がらせてもらう。

 地面から離れたためか、乾いた木材のおかげか――そっと足下から冷えるような雨模様のなか、衣類越しに足や尻に触れる床板は、意外にもほっとするほど温かい。


 ぽたぽた……。

 ぽたぽた……。


 銀色のカーテンのような外界を背景に、ガラス玉のような実感を持って、雫がおちる。

 まばらに、競い合うようでもありながら、のんびりと。


 ぽたぽた……。

 ぽた……。


 思いがけなく、文字通り降ってきた――ひとりきりの静かな時間。

 けれど、ひとりで味わうにはもったいない……などと思いめぐらす堯之たかゆきは、気づかなかった。


 棚から降りてきて共に雨垂れと静寂を楽しむ気配が、彼の背を囲んでいることに。



 ぽたぽた……。

 ぽたり――。

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