day9:肯定


 赤垣あかがき日和ひよりにとって、真砂まさごはるきは憧れのお兄さんだった。

 父親は年子の兄弟の長男、母親はひとりっ子という環境にある小学四年生の少女には、親の世代と自分や従兄弟の世代の間に位置する年頃の身内はなく――さらに言えば、少々距離のある隣近所にも二十代の若者は男女問わずいなかった。

 ごくまれに、教育実習で数週間ほど若い先生が来ると聞くことはあったが、中学校や高等学校の話であることが多かった。

 だので、巫女舞の舞い手を務めてくれないかと依頼のあった時、家を訪れた白衣に浅葱袴の青年の姿に、日和は驚いた。

 漫画に出てくる『お兄さん』みたいな年頃の男性と知り合いになってしまうとは思ってもみなかったうえに、はるきはいつも朗らかで人当たりよく、さっぱりしていて物腰は穏やかかつ快活、小学生の日和にも丁寧な言葉で話しかけ、じっくりと返事を聞いてくれた。背は、大人の中ではそれほど大きくはないようだが、すっきりとバランスの良いスタイルで、無造作気味に伸ばしてひとつに縛った髪も清潔感を損なうことはなかった。


 それこそ、『漫画に出てくるお兄さん』みたいなんじゃもん……。


 それからきっと――学校の友達でもなく、親を経由し続けるわけでなく……一人前の大人が、日和自身と知り合いであることが嬉しかった。


 だから。


 それは、日和にとっては、由々しき事態であったのだ。

 去年の夏――背の高い若者が引っ越してきた。中学高校で、理系の教員をしているのだと聞いた。

 気が付いた時には、いつもはるきの隣にくっついていて――それよりもむしろ、はるきの方が、べったりかまいたおしているように思われて……。

 確かに、年の近い同性がほぼ皆無であったことを思えば、はるきの方も興味津々なのだろうとは……わからなくもないが。

 じっ…観察する視線に気付くと、たじたじと表情をこわばらせて怯む――。


 かっこわる……。

 あんな弱虫、はるちゃんに相応しゅうないんじゃけぇ。


 そう、思っていたのだけれど――。


 秋祭り――神儀を打つ、彼を見た。

 大人たちをさりげなくフォローし、高校生ふたりを気遣う姿を見た。


宇積うづみセンセイ、あないなとこ見たら、かっこええよね」

 ふんにゃり…嬉しそうに頬を染めた、ひとつ年下の友人の囁きを否定できるほど、意地を張れる日和でもなく。

 そうなると、これまでなんだかひどくいじわるな態度を取っていたような気がしてきてしまい――いたたまれず、帰り支度を済ませた長身ゆえに目立つ背中を呼び止めていた。



「あ…あんなぁ……あたしも……『タカユキくん』て呼んで、ええ?」



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